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国際人権ひろば No.54(2004年03月発行号)
人権の潮流
アジア地域で次々と誕生する国内人権機関 「アジア・太平洋国内人権機関フォーラム」(APF)第8回年次会合に参加して
野澤 萌子 (のざわもえこ) ヒューライツ大阪研究員
多彩な顔ぶれが集まったカトマンズ会合
2004年2月16日から18日にかけてネパールの首都カトマンズにおいて、「アジア・太平洋国内人権機関フォーラム」(以下、フォーラム)の第8回年次会合が開催された。主催はネパール国家人権委員会、共催は国連人権高等弁務官事務所である。ネパールは02年の第7回年次会合を主催する予定であったが開催2ヵ月前になってインドに変更となった。また今回も当初03年9月に開催予定であったのだが、ネパールの治安状況が悪化したことから延期されていた。したがってネパール国家人権委員会にとっても満を持しての開催にこぎつけ、人材や予算が十分でないにもかかわらず、よく準備された会議であった。
会議の参加者は国際的に国内人権機関の設置が増えている背景もあって、前回の85名から大きく増加し150名を超えた。今回の会合において、「アフガニスタン独立人権委員会」と「パレスチナ国民の権利のための独立委員会」が準メンバーとして認められ、あわせてメンバー機関は、ネパール、オーストラリア、フィジー、インド、インドネシア、マレーシア、モンゴル、ニュージーランド、フィリピン、韓国、スリランカ、そしてタイの14カ国となった。
メンバー機関以外のオブザーバー参加としては、フォーラムの正式メンバーにむけて準備段階のモルジブ人権委員会や東ティモール、ソロモン諸島からの代表が参加した。またイランやヨルダンの関係人権機関からの代表やアメリカ地域国内人権機関ネットワークの代表、そしてILOやユネスコなどの国際機関も新規に参加し前回以上に多彩な顔ぶれであった。
注目すべきは各国の政府関係者の数が前回の8名から26名に増加したことであり1、国内人権機関を国際社会の単なる流行の一環として傍観するだけではなく、その動向や影響が政府として無視できない状況になりつつあるといえるだろう。政府参加の中では台湾の初参加に注目したい。台湾では人権委員会設置にむけて準備が進められているが、前回のインドでの会議ではインド政府の干渉により会議への出席が許可されなかった経緯があることから、今回の会議にはオブザーバー資格ながら研究者、弁護士、議員、官僚、NGOなど総勢12名もの代表団を派遣し、積極的に議論に参加する姿が印象的であった。
また韓国も参加姿勢を強化しており、フォーラムへの資金提供に加えて、参加者も前回は人権委員会から3名の参加であったが、今回は、政府代表とNGOをあわせて8名の代表を派遣していた。日本からは人権NGOや研究者など4名が参加し、政府からの参加者は例年と同じく無かった。
NGOからの参加者は前回の18名から38名に増加したが、これは前回の開催地が急遽変更されたため、NGO側の調整不備により参加者数が激減した影響である。したがって、実際は例年と同じ程度に回復したといえるだろう。
多国間にまたがる解決すべき課題
この会議では、メンバー機関及びイラン、ヨルダン、モルジブなど関連人権機関からの活動成果、アジア・太平洋地域での協力活動、採択から10年を迎えるパリ原則の重要性及び遵守の必要、国連で草案準備中の「障害者の権利条約」へのフォーラムとしての協力、そして法律家諮問評議会からの「法の支配と反テロ法制」についての報告などが行われた。また昨年の法律家諮問評議会からの付託議題である、「人身売買」、「死刑」、「子どものポルノ」についてメンバー機関が各国での状況及び取り組みについて報告した。
パリ原則についてはその重要性と遵守があらためて確認されると同時に、パリ原則を改革する提案も出された。例えばインドの連邦人権委員会からは、委員の任命手続きをより詳細に規定し透明性を保つ努力が必要であること。そして、人権委員会の立法、司法、行政のどこからも独立性を保つことは重要だが、司法との関係についてはより緊密にすることで、人権委員会の調査や勧告の効果にプラスになる面もあるという意見が出された。
テロリズムと法の支配の関係については、まさしく開催国のネパールがマオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)と政府軍の紛争のさなかにある。この影響によって96年からの累積で9,000人近くが政府又はマオイストによって殺害されており、毎週45人が殺されている計算になるという。ネパール国家人権委員会は、マオイストによる誘拐や虐殺についてだけでなく政府による恣意的な逮捕や虐殺などの人権侵害について壮絶な写真をまじえて報告・批判した。またネパール国家人権委員会は両者間の交渉の仲介役として行動綱領や人権協定を提示し、対話による和平の促進を進めている。
付託議題のなかでは人身売買についての報告及び議論が盛んであった。この分野において取り組みの進んでいるフィリピンは「人身売買禁止法」を制定している。またフィリピン人権委員会への申立の大半を占める、警察や軍による人権侵害に関連して、拷問の禁止に関する法案も準備されているとの報告であった。人身売買の問題についてもまた、開催国ネパールの状況は深刻である。
ネパールでは古くよりインドへの幼い子どもや女性の人身売買が問題であったが、近年は韓国、マレーシア、タイへの人身売買が増加しており、供給地としてのネパールの状況はより悪化しているという。この事態に対応するため、ネパール国家人権委員会はインド連邦人権委員会との連携プロジェクトを強化するだけでなく、02年12月に女性及び子どもの人身売買に関する特別報告官を設置した。そのほかの議論としては、人身売買を禁止する新法を制定することも意義があるが、刑法のような現行法の実効を高めることもまた重要であるという意見や、人身売買については犯罪処罰としての側面と人権保障としての側面があるが、後者の視点を重視していくことが今後必要であるとの意見もだされた。
最終声明
会議の最後に次のような最終声明がまとめられた 。
- 法律家諮問評議会に対して、拘禁中の拷問防止について報告書の提出を依頼した。
- 会合への関連機関や政府代表の参加を歓迎し、各国政府との発展的及び実際的な関係の必要を強調した。
- モルジブ、ソロモン諸島、東ティモールが、パリ原則に完全に合致した国内人権機関の設置を決定したことを歓迎し、それらの設置過程へのフォーラム事務局の支援を決定した。
- 国内人権機関の権限をより効果的に行使するために、国内人権機関の独立性と組織としてのキャパシティを強化することをフォーラムメンバー機関の政府に対して要求した。特に、国内人権機関は人権侵害の調査について広範で規制の無い権限を持つべきであること。各国政府はまた、国内人権機関の決定や勧告、そしてその効果的な実施に関して真摯に考慮するべきであることを要求した。
- 国連で草案準備中の障害者の権利条約へのフォーラムとしてのサポートの継続とワーキンググループの設置を決定した。
- フォーラムメンバー機関は、各政府に対して拷問等禁止条約の選択議定書への署名及び批准することを勧告した。
- ネパールの人権侵害を憂慮し、政府とマオイストを仲介し人権協定を進めるネパール国家人権委員会の活動を賞賛する。
人権機関の経験交流の活性化を
最初に述べたように今回の第8回年次会合の特色の一つは、参加者が国内人権機関だけでなく、政府、国際機関、NGOなど多彩なメンバーが数多く集まったことである。メンバー機関以外はオブザーバー参加であるが、各議題について意見表明の機会が保障されるため、NGOなどのオブザーバー参加者は、会議の前日に会合をもって議論し、会議での報告及び意見書を提出した。
またフォーラムでの議論については、前回はメンバー機関とオブザーバーの発言時間が区別されたが、今回はオブザーバーであってもかなり自由に参加できたことを歓迎したい。人権の保障には国内人権機関だけでなく、政府や議会、NGOなど社会の中のさまざまなアクターの参加によって確実となる。
したがって04年9月にソウルで予定される第9回年次会合においては、より多彩な顔ぶれが集まるように司法関係者や政府機関にも働きかけ、自由闊達な議論ができる真のフォーラムを形成してほしい。
また、フィリピンの人権委員会からフォーラムにおいては活動の成果ばかりを報告するのではなく、日々の活動で直面する問題についても報告し、お互いの経験からその対処法について学びあうべきではないかという意見が出されたが、確かに人権保障に関わる良い面だけでなく、悪い面、汚い面をも曝け出し議論していくことも、人権保障の現実化を促進するフォーラムの務めであろう。
1 政府参加国は、オーストラリア、インド、インドネシア、ネパール、ニュージーランド、韓国、ソロモン諸島、台湾、タイ、東ティモール、イギリス、アメリカである。
2 最終声明の全訳は
こちら参照。