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国際人権ひろば No.54(2004年03月発行号)

国連ウオッチ

子どもの権利委員会による第2回日本政府報告書審査を検証する ~強調された「権利基盤型アプローチ」

平野 裕二 (ひらの ゆうじ) 子どもの権利条約NGOレポート連絡会議

 2004年1月28日、国連・子どもの権利委員会(第35会期、以下「委員会」)は子どもの権利条約(以下「条約」)の実施状況に関する日本の第2回報告書を審査し、翌々日の1月30日には日本政府に対する勧告を盛りこんだ総括所見を採択した。前回の審査(98年5月)に続き、日本における子どもの権利保障の状況が総合的に検証された2度目の機会である。
 今回の審査にあたっては、筆者がコーディネーターを務める「子どもの権利条約NGOレポート連絡会議」などいくつかのNGOからかなり包括的な情報が提供されるとともに、審査が行われたジュネーブにも130人近い傍聴者が押しかけた。一部NGOの情報提供・ロビイングのやり方には問題もあったものの、条約に対する日本の市民社会の関心の高さが如実に示されたことは確かである。
 残念ながら、日本政府が同じような熱意をもって誠実な態度で委員会による審査に臨んだとは評価できない。そもそも委員会による前回の勧告はほとんど実施されておらず、今回の所見でもそのことに対する懸念が表明されている。第2回報告書や委員会の事前質問に対する文書回答(04年1月提出)の内容もきわめて不充分であり、審査における政府代表団の答弁も形式的なものに終始した。
 政府のこのような姿勢が容易には改められない以上、委員会による報告審査の積み重ねを通じて子どもの権利保障を向上させていくためには市民社会による努力が鍵となる。本稿では総括所見の概要を紹介するとともに、所見を通底する理念である「権利基盤型アプローチ」について若干のコメントを行う。

委員会による勧告の概要


 今回の総括所見は全部で58パラグラフから構成され、そのうち27パラグラフが勧告に充てられている(以下、[ ]内の数字は総括所見のパラグラフ番号)。児童買春・児童ポルノ法や児童虐待防止法の制定、政府開発援助拠出額の多さなど評価された点もあるものの[3~5]、多くの分野でさらなる努力を促された。主な勧告は以下のとおり。
(1)実施に関する一般的措置
・前回・今回の勧告の誠実な実施[7] ・留保・解釈宣言の撤回[9]
・国内法の包括的見直し[11] ・「青少年育成施策大綱」(03年12月)の全面的・継続的見直し[13] ・独立した効果的な監視を確保するための人権擁護法案の見直し[15]
・データ収集体制の強化および子ども関連の公的支出の評価[17]
・市民・NGOとの制度的協力[19] ・広報・研修の強化および評価[21]
 これらの勧告を実施していくにあたっては、委員会の一般的意見5号(実施に関する一般的措置)および2号(独立した国内人権機関)を参照することも求められる。
(2)子どもの定義
・女子の最低婚姻年齢(16歳)および男女の性的同意年齢(13歳)の引上げ[23]
(3)一般原則
・婚外子差別解消のための法改正[25]
・マイノリティなどその他の被差別集団に対する差別解消のための積極的措置[25]
・反人種主義・差別撤廃世界会議「ダーバン宣言および行動計画」(01年)のフォローアップ[26]
・子どもの意見表明・参加の促進、評価および制度的保障[28]
 これらの勧告のうち、とくに人権教育や子どもの参加に関わるものを実施していくにあたっては委員会の一般的意見1号(教育の目的)を参照することも求められる。
(4)市民的権利および自由
・子どもの表現・結社の自由に関する制限の撤廃[30] ・無国籍の完全防止[32]
・プライバシーの保障[34] ・体罰の禁止、防止および救済の強化[36]
(5)家庭環境および代替的養護
・児童虐待・ネグレクト対策の充実[38] ・養子縁組の監視の強化[40]
・親による子どもの奪い合いへの対応[42]
 ただし、この分野では家庭環境を奪われた子どもの施設措置の問題が抜け落ちている。
(6)基礎保健および福祉
・障害児の統合の促進[44] ・思春期の子どもの健康に関する包括的な政策の策定[46]
・若者の自殺に関する行動計画の策定[48]
 後二者の勧告を実施していくにあたっては、委員会の一般的意見3号(HIV/AIDS)および4号(思春期の健康・発達)を踏まえた対応が必要である。
(7)教育、余暇及び文化的活動
・教育制度の競争的性質を緩和するためのカリキュラムの見直し[50,以下同]
・高等教育への平等なアクセスの保障 ・学校暴力に効果的に対応するための措置
・東京都による定時制高校閉鎖方針の再検討 ・マイノリティの子どもの母語教育等の保障
・歴史教科書問題への対応
 これらの勧告を実施していくにあたっては、委員会の一般的意見1号(教育の目的)に加え、いっそう踏みこんだ内容である社会権規約委員会の勧告(01年8月、パラ58~60)も考慮することが必要である。
(8)特別な保護措置
・子どもの性的搾取への対応の強化[52]
・関連の国際基準にのっとった少年法の包括的再改正[54]
 ただし、この分野ではいわゆる「不法滞在」の子どもの入管施設への収容や退去強制の問題が抜け落ちている。
(9)その他の勧告
・条約の選択議定書の批准[56]
・総括所見等の関連文書の普及[57]

強調された「権利基盤型アプローチ」


 今回の所見の基調をなしているのは「権利基盤型(rights-based)アプローチ」である。わずか3か所で言及されているにすぎないとはいえ、条約実施全般に関わる立法措置[11]、総合的政策[13]および広報・研修[20]との関係でこの言葉が用いられているということは、他のすべての分野でもこのようなアプローチが貫かれねばならないということを意味する。
 委員会は、「権利基盤型アプローチ」の定義を明確な形で示したことはない。委員会の報告審査をすべて傍聴してきた経験や他の国際的な場におけるさまざまな議論を踏まえ、筆者はこの言葉を次のように定義している(拙稿「国連子ども特別総会における子どもの権利の争点」子どもの権利研究創刊号・日本評論社・02年7月も参照)。
「(a)国際人権法の目的および諸原則を充分に踏まえ、(b)条約締約国としての実施義務・説明責任を前提として、(c)条約および関連の国際人権文書の規定をホリスティックにとらえながら、(d)対話、参加、エンパワメントおよびパートナーシップの精神にのっとって、(e)子どもの人権および人間としての尊厳を確保しようとするアプローチ」
 権利基盤型アプローチをこのように定義すれば、委員会が多くの課題について総合的政策・行動計画の策定を促したことも、すんなり納得できよう。人権の普遍性・不可分性・相互依存性・相互関連性は国際人権法の重要な原則のひとつであり、そのためには総合的対応が必要不可欠だからである。
 同様に、子どもの意見表明・参加について具体的な勧告[28]が行われたことをはじめ、さまざまな主体との協議・協力の必要性が多くの箇所で強調されたのも当然の帰結と言えよう。人権条約上の権利を保障する最終的な責任は政府・国会にあるが、子どもを含む市民社会とのパートナーシップなくして効果的な権利保障はありえない。
 日本の第3回報告書の提出期限は、条約で定められている通り06年5月21日とされた[58]。委員会が強調した権利基盤型アプローチをどのように実践していくか、ひきつづき議論を深めていくことが必要である。

*総括所見の日本語訳をはじめとする委員会関連の資料・情報、本稿で充分に触れられなかった点に関する筆者の見解等については、筆者のウェブサイト「ARC 平野裕二の子どもの権利・国際情報サイト」参照。