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国際人権ひろば No.54(2004年03月発行号)
肌で感じたアジア・太平洋
日本女性のDV被害者をサポートするネットワークの立ち上げに加わって ~サンフランシスコ・ベイエリアから
石川 結加 (いしかわゆか) NPO日米コミュニティ・エクスチェンジ オークランド事務所
在米日本人女性が受けるDVの潜在化
ヒューライツ大阪を2001年3月に退職して、米国カリフォルニア州のサンフランシスコ・ベイエリアに来てほぼ3年が過ぎた。現在は、フリーモントという、南ベイのサンノゼから北に車で30分のところに住んでいる。このあたりは、ヒスパニック系や中国、フィリピン、南アジアの移民が多く住んでいる地域で、ほとんど日本人を見かけることがない。こんな環境の中で生活していると、ふと日本人と世間話をしたり、冗談を言い合うことがこいしくなったりする時がある。
私は現在、日米コミュニティ・エクスチェンジという非営利団体(NPO)に勤めている。この団体で、毎年日本から約25名のインターンをベイエリアのNPOに約2ヶ月間派遣する事業をしている。なので、日本と関わりを持つ仕事ではあるのだが、ベイエリアにおける日本人や日系コミュニティと関わることがこれまでほとんどなかった。しかし、つい最近、日本語を話し、日本の文化について理解している一人として、このベイエリアに住む日本人や日系コミュニティに関わらなければと実感したことがあった。
それは、不安感やストレス、アイデンティティ・クライシス、ドメスティック・バイオレンス(DV)などで悩みをもっている日本人が少なくない事実を知ったからである。
サンフランシスコ・ベイエリアには、病院や非営利のシェルター、精神保健機関が8団体ほどあり、日本人のスタッフが働いている団体もある。
一つは、ラムズという日本人/日系人を対象として、文化的背景を配慮したカウンセリング・サービスを日本語と英語で提供するプログラムを持つ精神保健機関がある。この機関でソーシャル・ワーカーとしてサービスを提供している日本人スタッフによると、現在、長期の治療に来ている日本人患者は5人いるという。
また、同じくサンフランシスコに、アジアン・ウィメンズ・シェルターという団体がある。この団体はNPOで、DVの被害者への情報提供やピアサポート(仲間同士の支援)、ワークショップなどを通して教育活動を日本語で提供するプログラムを実施している。この団体によると、プライバシーの保護の観点から、正確な日本人の数は公表できないが、03年1年間の利用者は25名で、その内4名は前年つまり02年からの利用者だという。この団体はホットラインも設置していて、03年1年間で730件の問い合わせがあったという。
数だけを見ると、大きな問題ではないように見える。しかし、DVの実態は、被害者が精神保健機関かシェルターを訪れた時に初めて表面化するので、実際何件のDVが発生しているのか正確な数字を把握することは難しい。ちなみに、サンフランシスコ・ベイエリアには、日本国籍を持つ人口は、24,208人(03年10月1日時点)と報告されている。
サンフランシスコの対岸に位置するオークランドにも、NPOの精神保健機関がある。この団体の日本人のスタッフは、精神保健の分野で長い経験を持つ人である。彼女によると、「日本人の患者は他のアジア人と比べて数は少ない。けれども、それはDVなどの問題があまり深刻でないという意味ではなく、DVの被害がなかなか表面化しないという傾向があって、表面化したときはすでに被害者の症状が非常に深刻になっているケースが多い」という。
彼女はこのように分析する。「ほとんどの場合、日本人は単独で米国に来ています。まず、留学を目的に米国に渡ってきて、その後、結婚をしたり、就職して米国で暮らすというケースが多いです。ですから、通常、日本人コミュニティには属していません。何か悩みを持つと、全部自分一人で抱え込んでしまう。他のアジア系移民の人たちは、DVの犠牲者をサポートする態勢がコミュニティ内にあるので、社会復帰できる確率が高い」と。
共同の取り組みが始まる
そうした実態を懸念し、少しでも改善したいとの思いで、アジアン・ウィメンズ・シェルター日本語グループが、シェルターや精神保健機関で働く日本人スタッフに呼びかけて、第1回目のネットワーク会議を04年1月30日に開催した。この会議に私も参加した。
この会議で、明らかになったことは、(1)日本人や日系人が利用できる機関がいくつかあるのに、組織間のネットワークがほとんどなかった。誰が、どの機関で働いているのか、この日に初めてわかった。(2)いくつかの団体では、日本人のスタッフがいるが、常時ではなく、かりに日本人が電話をかけてきた時、日本人スタッフがいないと取次ぎができないのが現状である。(3)DVを受けていることに気付いていない人が多いこと。(4)サポートが必要な人に、シェルターや精神保健機関の存在やサービスについて情報がいきわたっていないこと。(5)シェルターや精神保健機関の利用は、団体によっては、同じ市に在住していないと利用できない場合がある。例えば、サンフランシスコにある機関を、サンフランシスコ市民以外の人は利用できないことがある。
以上のような課題が明らかとなった。今後の対策として、長期的な戦略を展望しつつ、まず組織間の連携を確立し、広報活動を開始することが提案された。このような会議を継続して開催していくことによって、情報を共有していくことの重要性についてもみんなで確認された。
米国のDV禁止法を効果的に活用するために
次に、米国のDVに関する法律についてふれておきたい。DVとは、親子、配偶者やパートナーなど親密な関係にある人から受ける暴力だと定義されている。なので、同性愛、異性愛を問わず夫婦や恋人、親子などすべての親密な関係が対象となる。暴力は、身体的、社会的、経済的、心理的、性的虐待がその対象となる。
米国では、暴力を受けたら、まず、民法に則って裁判所に「拘束処置命令」を発令してもらうことができる。これは、被害者に近づかないことや、被害者に子どもの親権を一時まかせることなどを命じたものだ。
この「拘束処置命令」には3種類の処置命令がある。一つは、緊急保護命令といって、通報を受けて駆けつけた警察官が有効期間5日間の拘束処置命令を発行することができる。二つめは、一時的拘束処置命令といって、法廷日までの間、裁判官が発行する、被害者を加害者から守る一時的な拘束処置命令である。三つめは、拘束処置命令といい、裁判所で、被害者と加害者の出席のもとで決定するものである。有効期間は、最長3年間である。
では、国籍の違う夫婦やパートナーの間に起こった場合は、どのような対応がなされているのだろうか。例えば、被害者が外国人で、DVの状況の中で永住権を申請しているとき、加害者が被害者の永住権申請を拒否した場合でも、VAWA法(移民法の一部)に則り、被害者は引き続き永住権を申請することが認められる。
また、被害者が「不法滞在」している場合に、シェルターや精神保健機関にサポートを求めたとき、被害者のビザの状況を移民局に通報しないことになっている。
このようなDVやビザに関する法律の相談やサポートが必要な場合は、日本語で法的支援をしているNPOが存在する。米国では、このような社会的インフラが整備されている。
しかし、法やインフラの整備はすでに行われているものの、日本の文化や慣習にそった、法制度の有効な活用や他機関との連携という点では、まだ改善すべき課題が山積みである。
DVや精神保健に関わる日本人のスタッフのネットワークづくりは、今始まったばかりである。
(筆者注:DVに関連した法律の情報は、アジアン・ウィメンズ・シェルター日本語グループが発行した『ドメスティック・バイオレンスを知っていますか?』を参照させていただいた。)