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国際人権ひろば No.54(2004年03月発行号)
国際化と人権
多文化共生保育を考える
谷口 正子 (たにぐち まさこ) 大阪国際大学人間科学部教授
I 多文化を背景にもつ子どもの増加
近年、多くの人々が来日し、長期滞在化も進んでいる。法務省入国管理局による外国人登録者統計(2002年度末現在)によると、日本総人口の1.45%を占め、20歳台・30歳台の若い年代が全体の53.9%にものぼり、子育て中の保護者が高い割合で存在することが示された。さらに日本人との国際結婚の割合は20組に1組と言われるほどに増加している。そのため国籍を問わず両親あるいはどちらかが母語を日本語としない子ども、いわゆる多文化を背景にもつ子どもの数は増加の一途をたどっている。以下このような子どもを『多文化な子ども』とし、その保護者を「多文化保護者」と呼ぶ。
著者らが行った子どもを幼稚園・保育園(以後、園と呼び、保育士および教諭は保育者と呼ぶ)に通わせる多文化保護者対象の調査、および萩原元昭らの行った園対象の調査(日本保育学会要旨集、2002年)によると、大阪府ではおよそ700人以上、大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山を合わせると1,600人以上の園児が通園しており、その大半は保育園であることが示された。
II 多文化共生保育の第一歩は保育者の多文化な子ども・保護者への共感から
多文化共生保育を考える場合、園での多文化な子どもとその保護者に対して、保育者や周囲の日本の子どもがどのように関わっているのかがまず問われる。多文化をもつ子どもは園内では比較的早期に適応したかに見えるために、えてして保育者は「慣れたら問題なし」としてしまいがちである。ここからは多文化共生の保育は生まれてこない。「保育者の多文化をもつ子どもや保護者に対して、相手の文化を尊重する深い配慮をもった関わり方、それを周囲の子どもが見て学ぶこと」が多文化共生保育の重要なポイントの一つである。
さらに保育者が日常の保育上困ったこととしてあげていることには、多文化を持つ保護者との言葉・文化の違いに起因する様々な行き違いに端を発していることが多い。保育を行う上では保育者と保護者間の信頼関係の構築とそのための保育者の多文化理解が必須である。これこそが多文化共生の保育を行う上での重要な要素と考える。
III 園保育者の声:多文化保護者への厳しい見方から多文化理解へ
日本の各地で、こうした多文化な子どもたちが増えはじめた1980年後半~1990年前半にかけて、多くの園の現場では、初めての経験でもあったことから、言ってみればパニック状態に陥った経緯がある。保育者と多文化をもつ子どもやその保護者との間の言葉や生活文化の違いから、現場では特に多文化保護者への厳しい見方がなされた時期でもあった。
保育者からは、「子どもはすぐに適応するが親との関わりに困難さを感じる」といった意見が多く出され、保育者むけの研修会では「多文化保護者への望ましい対応方法」が課題として多く挙げられた。そのような中で、保育者は次第に『多文化保護者の文化を尊重し支援する態度を示さない限り、保護者からの信頼は得られず、その結果トラブルは永遠に続く』ことを実践を通して学び始めたのである。
適切な支援のためには、多文化保護者の、子どもの園での生活や日本における子育て生活全般についての心配事や要望を知る必要がある。著者らは以下に示す調査を行った。それまで言葉の壁もあって多文化保護者対象の調査は皆無に近かったからである。
IV 多文化保護者の声:『多文化子育て調査報告書』注1
調査時期は2000年2月~9月、東京都、大阪府を中心に、日本語を含め11カ国語の用紙を配布し、有効回収数は2,002通であった。膨大な調査結果の中から園生活に関してごく簡単にまとめると、(1) 多くの保護者は園や保育者の配慮を感謝し、保育者を育児の"相談相手"として捉えている、(2) 園生活での気がかりは「いじめ」がトップであり、「保育者はいじめには毅然とした態度で臨んでほしい」と同質性を重んじる日本社会での国際理解教育の充実を求めている、(3) 園からの連絡や説明など情報伝達方法に課題が残されており、保護者からは通訳や多言語の対話表などの有効な活用が望まれていた、などである。
V 保育者へのフィードバック:『多文化共生保育Q&A』注2の作成とその内容
大阪保育子育て人権情報研究センターが主催する「多文化共生推進プロジェクト」に参加した、多文化な子どもと日常関わっている保育者の質問に、筆者および多文化共生センター代表で、多文化を持つ人々に多くの支援を行ってきた経験豊富な田村太郎さんが答えるかたちで上記冊子が作成された。
以下((1)~(3))、簡単に記述内容を述べる。
(1) 情報伝達方法 - 日常の準備を
多文化保護者は園の実態が掴めず入園してくる場合も多い。後々の誤解のないよう「入園時の説明」はことさら大切である。日本語が不得手な場合は通訳を介しての説明と相手の文化をじっくり聴く態度を示して、保護者との信頼関係を築いて欲しい。緊急連絡時には定型文「用語集」や緊急連絡マニュアルの活用、また同国出身の先輩保護者にも応援を頼むなど日頃の準備が肝要である。「園からの連絡事項など日常の意思疎通に不安を感じる」場合も、対応表や単語カードを用いる、ワープロ文字を使い文章は簡潔に、箇条書きやルビを打つなど、まず園の誠意を示すことが大切である。園の意思の疎通を大切にする態度は多文化共生保育の第一歩である。
(2) 文化の違いから起こる問題解決法:あくまで許容と話し合い路線で
例えば「食事時の立て膝座りへの対応は」など文化の違いには「どこまでも相手の文化を尊重し日本流を押付けない」が原則ではある。しかし、特別扱いはせずにあくまで話し合いによって解決することが望ましい。「宗教の違う行事への参加、あるいは食材」も問題となる。信仰の自由にはもっと敏感になる必要がある。辿ってみれば園の行事には宗教的なものも多く含まれる。日本の文化・生活の一部になっていることを説明するなど信頼関係の上での話し合いが肝要であろうが、強制してはいけない。
(3) 園での多文化を生かした保育の実践
多文化をもつ園児の文化を大切にすることからはじめる。保護者をゲストに呼んで、日本人保護者も交えて話を聞くのも一つの方法である。また世界には多くの人々が住んでいて、いろいろ違うことなど多様性の大切さを幼児の発達に合わせて自然に伝えるために、多言語・多文化あふれる園にする工夫も大切である。「違いを認め理解することの面白さと、一方で同じことの方がはるかに多いことを知る」目的で、日常の保育の中に多様性を取り入れること、例えば、異なる国の歌、楽器、絵本、衣服、生活用品などを揃えたり、また多文化なあそびや行事の実践なども大いに薦めたい。
VI 多文化共生保育とは
「さまざまな違いを認めあい、すべての子どもが自分らしく生きるために必要な力を身につける保育」と上記冊子の冒頭に記した。多文化保護者の指摘する日本人保護者の異文化への不寛容さに対して、「多文化共生」の理念が園児から社会へ広がることを期待したい。未だ同質性を尊ぶ日本の暮らしの中で、子どもたちが誇りをもって自分らしく生きられるような力をつけてくれることを切に望むものである。
注1:『多文化子育て調査報告書』(多文化子育てネットワーク発行、2001年)の共同研究・執筆者は、関東地区が山岡テイ(情報教育研究所代表)と朴淳香(鶴見大学短期大学部)、関西地区が森本恵美子(大阪国際大学短期大学部)と筆者の谷口正子。この報告書は英語、韓国・朝鮮語、中国語による翻訳版も発行されている。
注2:同書は、田村太郎と谷口正子の共同執筆(大阪保育子育て人権情報研究センター発行、2003年)による。
参考文献:谷口正子「幼児教育における多文化理解」『在日外国人の母子保健』(李節子編、医学書院、1997年)、ボニー・ノイゲバウエル編著(谷口正子、斉藤法子訳)『幼児のための多文化理解教育』(明石書店、1997年)