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国際人権ひろば No.55(2004年05月発行号)

アジア・太平洋の窓

開発と軍事化に抗して-第2回アジア先住民族女性会議報告

藤岡 美恵子 (ふじおか みえこ) IMADRグァテマラプロジェクトコーディネータ・大学非常勤講師

 2004年3月5日から8日、アジア各地の先住民族女性が11年ぶりにフィリピン、ルソン島北部のコルディリエラ地方にあるバギオ市に集まり、第2回アジア先住民族女性会議が開かれた。オブザーバーも含め、13カ国から集まった約100名が参加した。日本からはアイヌの女性たちが参加を検討していたが諸事情で結局断念せざるを得なかった。私は参加予定だった女性の依頼を受け、アイヌ共有財産裁判問題について報告する機会を得た。
 この会議を通して私がもっとも強く感じたのは、先住民族の土地での開発と軍事化がいかに連携しているかということ、また、先住民族としてのアイデンティティを維持しながら、女性として自らの社会をどう変えていくのかを模索する試みだった。本稿ではこの2点を中心に、いまアジアの先住民族女性が何を問題にし、何と格闘しているのかを報告したい。

開発・軍事化・反「テロ」


 会議の大きなテーマの一つが、グローバル化や開発の影響であった。フィリピンのコルディリエラ地方では、中国などからの安い野菜の輸入によって野菜農家が打撃を受けていることが報告された。急速な市場経済化が進む中国の雲南省からの報告では、換金作物の生産が政策的に先住民族に強制されているが、生産に成功する人々は少なく、結果として共同体を捨て都市部に移住せざるを得なくなるケースが増えているという。こうした報告に共通しているのは、市場経済の浸透によって先住民族共同体のサブシステンス経済(非市場的な自立した経済)が失われ、現金収入への依存が高まり、経済格差が生まれることにより、それまでの基本的に互恵的な社会システムが崩壊していくプロセスが進行しているという点だ。この過程では独自の文化も著しい変容をこうむる。
 このプロセスは女性にも大きな影響を与える。先住民族女性は伝統的な経済の中では、生産や生産物の管理、森林などの資源管理に重要な役割と位置をもっていたのが、市場経済化に伴ってそれを失い、同時に共同体の中で女性の地位が低下するというプロセスをたどることも多くの地域に共通している。
 グローバル化は開発の推進とも連動している。ダム建設などの大規模インフラプロジェクトの多くは先住民族の土地で、住民の同意を得ないまま行われている。フィリピンでは大規模ダムのほとんどは先住民族の土地に建設・計画され、インドでは開発プロジェクトによって強制移転させられた人々の40%~50%は先住民族だという。
 例を挙げれば、現在、インド北東部のナガランド州で計画が持ち上がっているドヤン水力発電所プロジェクトを止めるために力を貸してほしい、という訴えがインドの参加者からなされた。ドヤン川には1983年にドヤン・ダムが建設されたが、これにより3万人が影響を受けた。
 人々は土地を失い、森林や湿原に頼ってきた伝統的生計手段を失い、賃金労働者となり、共同体の社会組織が破壊された。第2期計画が実施されれば共同体の破壊がさらに進む、と女性たちは訴えた。また、開発は観光開発なども含み、先住民族の土地への権利の侵害は国立公園や自然保護区によっても起きている。
 こうした開発プロジェクトの推進には、住民の反対を抑えるために多くの場合軍事力が使われている。そのもっとも顕著な例はビルマ(ミャンマー)だろう。先住民族の住む領域での軍事化は、先住民族の自決と自治を求める運動を暴力的に抑え込む(たとえばナガランドなど)目的からだけでなく、政府や多国籍企業が計画する開発プロジェクトを進めるためにも行われている。軍の駐留が住民の経済活動を妨げ、移動の自由を奪い、環境を破壊し、女性と子どもへの性的暴力を生んでいる。
 軍事化に関してここ数年さらに問題なのは、「9.11」以降の反「テロ」戦争によって、先住民族の正当な抵抗運動が「テロ」のレッテルを貼られ弾圧されているという事態だ。たとえばフィリピンでは、米国がフィリピン共産党とその武装組織である新人民軍を「テロ組織」に指定したことで、フィリピン政府による新人民軍への攻勢が強まり、その影響を受けているとされた先住民族の村に国軍が駐留するといった形で軍事化が進行している。
 インドでも「9.11」後に反「テロ」法が制定され、土地や資源への権利を求めて闘う先住民族団体が「テロリスト」のレッテルを貼られていると報告された。会議全体を通じて、グローバル化と開発、軍事化が密接に絡み合いながら、先住民族の自決と尊厳の回復を阻んでいる状況が鮮明に浮かび上がってきた。

「伝統」と固有の文化の維持・発展


 私は慣習法と伝統的慣行・文化に関する分科会に出席したが、そこでの討議やその後の全体会でのこのテーマについての議論は数々の論点が噴出し、活発な意見が交わされ、刺激と示唆に富むものだった。各地の報告からは、伝統的慣習は土地や森林などの資源を保全するのに役立ち、資源管理に中心的役割を果たすことの多い女性たちの社会的地位は相対的に高かったことが分かる。
 また、共同体内でのもめごとや犯罪に対して共同体の慣習法で対処することも、一般には女性の権利侵害につながるのではないかという危惧があるかもしれないが、必ずしもそうではない。たとえば、コルディリエラではかつては女性への暴力は共同体全体の関心事になり、さまざまな介入によって悪化を防いだり、男性を説得したりすることができた。しかし社会の西洋化に伴って女性への暴力は私的なこととみなされるようになり、周囲からの介入がなくなってしまったという。これらの点からは、女性の社会での位置を高め、その尊厳を守るためには、伝統的な経済や慣習法、価値観を維持することが望ましいといえる。
 一方で、財産相続や婚姻において女性たち自身が強く抑圧を感じている制度も存在するという報告があった。会議全体を通じて浮かび上がってきたのは、女性差別をなくすためには近代的な価値体系や法制度への移行が望ましいことのように思えるが、むしろ伝統的システムが壊れることによってさまざまな問題が生じ、それらが女性の社会的な位置を低め、尊厳を侵害する結果になることも多いということだ。また、女性たち自身が抑圧的と感じている制度・慣行を変えていくことは、なにも維持すべき制度や価値観、固有の文化を破壊してよいということではない。女性たちは固有の文化と価値観を次代に継承していく役割を担っていることに強い誇りを抱いており、彼女たちを「伝統の犠牲者」とみなすことは的外れだ。
 実際、そうした見方が当の女性たちにどう受け止められているか、あるネパールの女性が痛烈に指摘してくれた。ネパールのある民族には一人の女性が複数の男性(兄弟)と結婚する制度が存在し、それが欧米の女性らから、許されざる差別として批判の的になってきた。しかし当の先住民族女性はそうした批判に強い恥の意識をもち、誇りと自信を喪失してしまうという。「それでは女性が制度変革の主体になることを阻んでしまう」とそのネパールの女性は指摘した。

アジアでの連携のこれから


 この11年の間にアジアの先住民族女性の組織化は相当程度進んだ。インドネシアでは、先住民族女性ネットワーク「APAN」が2000年に結成された。バングラデシュでも2000年に「Hill Tracts NGO Forum」が結成されたが、そこには11の先住民族女性組織が参加している。ネパールには8つの先住民族女性組織があり、さらに9つが設立準備中という。2003年には南アジア先住民族女性フォーラムが結成された。会議では、今後アジア先住民族女性ネットワークを活性化させてくことが決議された。
 こうした動きや女性たちが直面している問題を日本に伝えることは重要だ。日本の先住民族の運動にとって必要なばかりでなく、開発や援助の問題を通じて日本とアジアの先住民族女性は深いつながりをもっているからだ。このためにヒューライツ大阪など日本の団体が、情報発信活動などにおいて役割を果たしてほしいと思う。
(IMADRグァテマラプロジェクトのウェブ http://www.imadr.org/japan/project/guatemala.html)