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国際人権ひろば No.56(2004年07月発行号)
国連ウオッチ
「人権教育のための国連10年」から「人権教育世界プログラム」へ ~第60会期国連人権委員会での議論
藤井 一成 (ふじい かずなり) 創価学会インタナショナル ジュネーブ国連連絡所代表
「人権教育のための国連10年」フォローアップに関する議論
国連人権委員会は、2004年の年次会合で「人権教育のための国連10年」フォローアップのための「人権教育世界プログラム」を内容とする、決議2004/71を4月21日、コンセンサス(総意)で採択した。決議採択にいたるまで、決議草案担当国コスタリカ政府による積極的政府間交渉はもとより、ジュネーブのNGOネットワークが情報提供を中心とするコーディネーションとロビーイングの役割を果たしつつ、人権教育分野の世界三千名以上の個人および団体代表をオンラインで結ぶ「人権教育アソシエイツ(HREA)」
1との共同作業が進められ、日本国内NGOネットワークも含み、世界の市民社会の多くの声が決議草案協議会や個別交渉で反映された。
決議採択の10日ほど前までは、人権教育関係者の声として早くから要望が認識されていた「第二次国連10年」の設定案が検討されていたが、決議採択予定日が迫るにつれ、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ノルウェー、イギリス、欧州共同体
2らが、「第二次10年」案について反対の意思を表明するに至った。表現は異なっていたが、次のふたつの理由に集約される。
- 特定のテーマで10年という枠組みがすでにいくつも設定されており、二度目の10年設定が、人権教育の具体的推進に対して特別な意義を与えると思えない
- 人権教育という幅の広いテーマであるがゆえに、10年という枠組みでは具体的結果がわかりにくく、国家政府の努力の対象も絞れない
国家政府は真剣でない、10年をもう一度繰り返すべき、というのもひとつの見方であろう。日本や中国も含む大概の政府国家は「第二次10年」案を受け容れるか支持する方向にあったものの、結果として、(1)上記のような反対する政府国家の国際政治外交上の影響、(2)人権教育の意義の普遍的性質上、国際社会全体でその履行について共通合意が強く望まれる、(3)それ故に、コスタリカ政府は「投票ではなく、コンセンサス(総意)による決議採択」の外交方針を一貫して維持する、といった要素が浮き彫りとなり、採択予定日の10日ほど前には、「第二次10年」案を維持することは無理となった。仮に、第二次10年が多数決で押し通されていたとしても、多くの国家政府が二度目の「10年」設定を単に「受け容れる」という状況では、これまでよりも積極的な努力をそういった国家政府に期待するのは困難、というのが客観的見方であろう。国連人権高等弁務官事務所が発表した「国連10年」に関する「中間評価」ならびに本年2月に発表された「成果と欠陥」に関する両報告書
3をみても、実施されたアンケート調査に協力した国家政府の数は、国連加盟国191カ国あるなかで35カ国と28カ国であった。上述の、第二次10年案反対の二つの理由を言葉どおりに解釈するならば、大概の国家政府は、これまで国連会合などですでに公に表明してきたように、「人権教育の維持と発展に対する誠意と努力の意思はある」と読み取れる。ならば、「10年」という漠然とした枠組ではなく、適度な期間内において特定分野に焦点を当て、国家政府にとって努力手段をより具体特定化できるようにし、他方で、結果において、真剣かつ効果的な努力が行われたかどうかもより厳格に判断することが可能な「プログラム」へ、という方向に移行したのである。
特筆しておきたいが、会期中の協議過程で、人権教育の世界的枠組の維持と発展の必要性に関する説得力ある声として、NGO側からの次のような主張も反映された。
「現在の国連10年の期間を含む1990年代から2004年にかけて、旧ユーゴやイラクなどを最たる例として、世界のほとんどの地域の実に多くの国々が、武力紛争、内紛、社会混乱を経験し、人権教育の意識啓発など不可能であった。まさにいま進みつつある社会復興のさなかで人権教育が必要かつ可能となっており、そのために国連が国家間合意として世界的枠組を設定することが必要なのである。」
「人権教育世界プログラム」(決議本文第三段落~第五段落)
2005年1月1日開始を予定するこの世界プログラムの基本目的は、「すべての分野で人権教育の履行を維持し発展していく」ことである(決議本文第三段落)。この前提に立った上で、世界プログラムは、(1)連続する諸段階と (2)段階別行動計画を特徴とする。
時間的枠組として数年(2~3年)をひとつの「段階」として括り、「特定分野(a specific sector)」を設定し、あわせて「行動計画」を策定する。ひとつの「段階」が終了するごとに、新たに「特定分野」と「行動計画」を策定しなおし、数年ごとに繰り返していく。そして、各段階が終了するごとに、国連人権高等弁務官事務所がその結果を「評価(evaluate)」する。なお、財源については、国連による公式「通常予算」は特に用意されず、必要な場合は、その段階ごとに、ひとつのプロジェクトとして財源を確保していかねばならないことになる。
第一段階(2005~2007年)は「初等中等教育制度」
4 に特定されている。協議会での討議を想起しつつ決議原文どおりに解釈すると、焦点の対象は「学校制度」を意味し、その教育レベルを「初等中等教育」に特定していることがわかる。決議文は第一段階のみ特定しており、第二段階以降の特定分野は、開始前に、随時、設定されていくことになると思われる。
第一段階の行動計画は、国連人権高等弁務官事務所が国連教育科学文化機関(ユネスコ)、政府、NGOらと協力して準備し国連総会に提出することになっており、「少なくとも最低限度の行動指標」と「すべての関係者、特にNGOによって着手される活動を支援する規定」も含むこととされている。行動計画の準備はすでに始まっており、先に述べたHREAによる協力で国際地域NGOネットワークも加わり、英語、仏語、スペイン語、ロシア語、アラビア語で、インターネットを活用した国際オンラインフォーラムが6月14日より7月18日まで開催された
5。その結果は要約され、「行動計画」の内容に大きく反映されることになっている。
公的教育制度における人権教育に限っていえば、ユネスコが推進する活動のひとつ、「すべての人のための教育」のための「国内計画」と「世界プログラム」を統合していけるよう国内ユネスコ協会や委員会と教育関係省庁が協力していくことも一案
6 といえよう。
「人権教育世界プログラム」の開始に向けて
この決議は、国連経済社会理事会(経社理)の承認と、国連総会(9月~12月)での採択にかけられる。通常、経社理は人権委員会の報告書にまとめられる各決議をよほどのことがない限りそのまま承認し総会に送る。国連総会は、昨年の決議
7 に基づき、2004年、人権デーに当たる12月10日、国連10年の成果を再検討し将来活動を討議する。人権委員会の決議を踏襲し採択すれば、総会は「人権教育世界プログラム」を宣言することになる。
建設的対話を基調とし、前述のHREAオンラインフォーラムに加え、行動計画の策定に提案する立場にある政府関係者との意見および情報交換、メディアの活用などによる世論喚起など、市民社会の団体および個人として可能な限りの努力ができよう。多種多様な人権問題と対照的に、人権教育は、確かに論争の対象に最もなりにくい。しかしながら、それが、国際社会、国家政府、NGO、市民社会全体にとって、多大な努力を必要とする「挑戦」であることに変わりない。
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1 Human Rights Education Associates 数カ国の政府関係者や多くの学術関係者もオンラインネットワークに参加している。
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2 欧州共同体のなかでもポルトガルやドイツのように「第二次10年」案を受け容れる態勢にあった国家政府もあり、必ずしも統一見解であったとはいえない。
3 国連文書 A/55/360 (7 September 2000) および E/CN.4/2004/93 (25 February 2004) United Nations Decade for Human Rights Education (1995-2004): Report on achievements and shortcomings of the Decade and on future United Nations activities in this area.
4 "the primary and secondary school systems", 決議本文第四段落。
5 詳細は、前傾注1のHREAホームページ参照。
6 第一段階の特定分野が初等中等教育の学校制度となったことから、当初の決議草案では、「(国連人権高等弁務官事務所が)ユネスコと協議」となっていた箇所の「協議」が、ユネスコ代表自らの提案で「協力」に変更された(決議本文第四段落)。
7 国連総会決議A/RES/58/181(2003年)。