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国際人権ひろば No.56(2004年07月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

苦難を受けても、人は笑顔を取り戻せる ~カンボジアのスタディーツアーに参加して~

波田埜 雅子 (はたの まさこ)

笑顔が輝いていた


 飛行機の丸窓から見えたカンボジアの土地は、荒れ野、畑はモザイク、蛇行した川はまるで三日月湖だった。
 ところが、隣国タイの上空になると、見事に長方形の水田が並び、川は治水され、舗装道路が走っているのが見えた。<同じアジアでも違う!>...動乱の痛手を回復しかねているカンボジアという国を痛いほどに感じた瞬間だった。この数日間に体感したカルチャーショックが納得できた。同時になつかしい気持ちにもなる。
 街でも村でも、人は元気に見えた。プノンペン近郊の保護センターで出会った少女たちの笑顔は輝いていた。
 今回、私は、初めてアジアを旅した。
 国際子どもの権利センターのカンボジア・プロジェクトのひとつで、支援している現地NGOを訪問するスタディーツアーだった。

苦難のカンボジア


 カンボジアは、140年くらい前までは豊かな国だったのだという。アンコール遺跡群で知られるように、歴史的にも栄えた土地柄であることは一目瞭然だ。
 雨季には、そこいら中、水浸し状況になるカンボジア。洪水は、肥沃な土を運ぶ。移動するバスの車窓から見渡す草原には、牛が点在していた。農村には、ヤシの樹木が茂り、鶏がひよこを何羽も連れて、高床式の家のまわりを横切っていた。のどかな田園風景にみえた。...ただし、<地雷>が埋まっているのだ!‥
 1975年から数年間のポルポト政権下で行われた住民の強制移住・強制労働。そして教師や僧侶、知識層を始め、疑わしき者を徹底して殺害、その数は当時の人口800万人のうちの100万人~300万人とも言われている。その後もカンボジアでは武力紛争が続いた...。
 現在、人口の51%を子どもが占めるカンボジアでは、アジアの中でも人身売買の被害が深刻な国だといわれている。1人当たりの国民総所得が年300ドル程度という最貧国の1つであり、複雑な要因のなかで、多くの問題を抱えている。

にぎやかな街と暮らしの不安


 プノンペンの街は、さすがにぎやかだ。活気がみえる。3人乗り4人乗りのオートバイがびゅんびゅん走る。...交通事故は多いらしい。「救急車は来るよ。病院までは運んでくれる。でも現金を持ってなければ治療は放棄だ。火事になれば消防車は来るけど、金を差し出せないと火を消してもらえない。それがカンボジアの法整備の限界なんだ。」そう聞いて、びっくりした。日本では当たり前の社会保障がないのだ。暮らすには、ちょっと不安だ。

子どもが売られる!子どもの商業的性的搾取!


 プノンペン市内のある通りでは、安食堂の屋台の続きに買春宿が並ぶ。昼間から、それとわかる白い化粧の女性が数人、客を待っているのが見えた。裏には、もっと小さな子どもが隠されているという。小さい子どもほど割高で売れるそうだ。エイズ防止も性感染症のことも知らないまま、連れてこられる子どもたち。
 子どもは、最初に裕福な客や外国人に200~300ドルで売られ、1週間から1ヶ月間、その客1人を相手に性的虐待を受ける場合もあるという。その後、子ども買春宿に100~200ドルで売られる。1ヶ月経つと「商品価値」が急落し、1回1ドルで買春の相手をさせられる。(国際子ども権利センター会報『子夢子明』46号、P.6参照。)
 貸し切りのマイクロバスで、それらの店の前をゆっくり通過した時、異様な叫び声を聞いた気がした。貧しいからって、知識がないからって、こんな苦痛に、こんな屈辱に、人間が人間を追いやっていいの!「お金で成り立つ、これは商売だ」と正当化していいはずがないよね?! 私のなかで、憤りが充満してくる。
 地元の新聞には、しょっちゅう、子ども買春の記事が載るという。加害者が日本人であることもしばしばだそうだ。
 カンボジア政府は、買春の温床であったカラオケとディスコを閉鎖したり、人身売買を罰する法律を既に制定している。だが警官の給与は安く、賄賂が日常化している。せっかくこの処罰法があっても、買春加害者や人身売買業者が賄賂を払って釈放されてしまうことも多く、衰える様子が見えないそうだ。法の執行力も必要だ...
 巨大ビジネスと過酷な現状の大きな落差!カンボジアの深刻な状況に、おじけづいてしまう自分を感じる。しかし...

「パワフルな人」の存在が温かい


 カンボジアには、HCC(子どものためのヘルスケアセンター)を始め、少女たちの救出に尽力している勇気あるNGOのスタッフたちがいた1。保護し、治療し、職業訓練を行い、家族に再統合するという具体的なプログラムを開発し、英語を駆使して海外のNGOと連携するスタッフ。人身売買業者から何度も脅迫され、命の危険を冒しても活動を続けているNGOのご夫妻の話も聞いた。また、人身売買防止などのパンフレットを作成して、学校に配布するNGOもあった。とてもパワフルで茶目っ気とユーモアに富んだ女性の代表者の明るい話っぷりに、私は痛く感服した。...この貧しいカンボジアで、貧しいカンボジアだからこそ深刻に生じている問題に立ち向かう「パワフルな人」の存在。温かい、そう感じた。

コミュニティーの力を喚起


 HCCでは、人身売買予防ためのワークショップを広範囲に展開している。すでに4つの県で実施され、被害の多かったプレイベン州のある地域では注目すべき実績をあげているという。村でのワークショップは、いろんな段階があるそうだ。村のキーパーソンを集め、最初はゲームをする。真面目そうな? 村長さんたちまでも笑わせて楽しい雰囲気をつくる。次にグループディスカッションを取り入れる。私たちは、HCCのスタッフが、子どもの権利や人身売買業者の手口などを、識字率が低いために絵を使いながら説明している研修を見学したが、皆真剣そのものの表情だった。
 また、HCCの研修を受けた後、村のリーダー・警官・校長先生・女性団体や高校生、小学生の代表などが集まり、どのように現場で広めたかを発表する報告会があった。ある村長さんは「以前は人身売買がたくさんあった。しかし、研修を受け、見知らぬ人が村に入ってきたら、皆で注意するようにした結果、自分の村では売られる子どもは一人もいなくなった」と誇らしげに話し、拍手を受けた。小学生の男の子は「見かけたら、警官に話すよ!」と言い、警官は「同僚には、人身売買について業者がつくり話をしたら見抜くよう話した」と語る。いろんな立場の住民が顔をあわせ、地域の問題を解決するプロセスへのHCCによる援助が、コミュニティーの力を喚起したのだ。

みんな、アジアの仲間、いっぱい温かい


 経済大国日本の性産業は10兆円とも言われ、歪んだ性情報を流出させている加害国でもあるのだ。もう優等生の顔はできないだろう。心が冷える思いがする。
 でも、ほんとは皆アジアの仲間なのにね。現地で、美味しい香草のスープをいただき、カンボジア人のひかえめな笑顔に出会うと、心が温まる思いがしたのは確か!
 そして、国際子ども権利センターのカンボジア・プロジェクトのメーリングリストでは、日本とカンボジアをメールが飛び交っていて、カンボジアへの募金活動や学習会を企画する日本の人たちの温かさをいっぱい感じた。少女たちの手工芸品に販売ルートを開拓しようと練っている人もいた。
 みんな、温かい、みんな、にんげん、アジアの仲間。日本が優しい国に変わるためには、私もアジアの一員にならなくちゃ! なにかを始めよう!

1. HCCについては国際子ども権利センターのホームページ内 参照。

編集注 金額については、固定的な相場が存在するわけではない。