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国際人権ひろば No.56(2004年07月発行号)
特集:女性に対する暴力 Part3
人身売買の防止をめぐる国際的動向と日本の課題
米田 眞澄 (よねだ ますみ) 人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)
■ 注目されはじめた人身売買
6月14日に米国務省から人身売買に関する報告書が発表され、日本が同報告書の中で人身売買の防止および被害者保護のために今後1年間に必要な措置を講じるかを見極める「監視対象国」に指定されたことが日本でも報道された。アメリカ合衆国連邦政府は2000年に人身売買および暴力の被害者保護法(以下、「2000年Act」という)を制定したが、同法は人身売買を根絶するために世界中の政府がどのような努力をしているかについて年次報告書を作成し報告することを義務づけており、同報告書は4回目の報告書となる。今回のアメリカ合衆国政府の報告書は自国を除く131ヶ国および地域を対象としており、それらの国および地域での取り組みを3段階で評価している。
2000年Actでは、「人身売買の根絶のための最低基準」が定義されており
1、報告書は、その基準を完全に満たしている国を「分類1」に、完全に満たしていないが、基準に合致させようと努力している国を「分類2」に、そして基準にまったく達しておらず、その努力を行っていない国を「分類3」に位置づけている。日本は同報告書の発表以来、「分類2」に位置づけられてきた。今回の報告書は「分類2」を細分化し、「今後1年間の必要な措置を講じるかを見極める必要がある国」として「監視対象国」を新設したが、日本はこの「監視対象国」に位置づけられた。
日本政府は05年度の通常国会で人身売買防止のための法整備を行う予定であるとの新聞報道もあり、今回の米国務省の報告書に対しても関係省庁による連絡会議の立ち上げ等の対策をさらに講じていく必要があると思ったとの官房長官のコメントや人身売買禁止議定書
2 の早期批准等の取組を強化しなければならないとの外相のコメントが紹介されている。
■ 明るみになる日本での人身売買の存在
現代の奴隷制である人身売買は今、国際的にも重要な関心事項となっており、日本政府もやっと重い腰をあげようとしていることも事実であり、日本の報道機関もこの問題を取り上げはじめていることが伺える。
たとえば、沖縄県那覇市ではストリップ劇場でダンサーとして働いていたコロンビア女性数名が人身売買の被害者だったことが6月16日までに県警の調べで分かったことが地元新聞により報道されている。また、山梨県でも03年12月にストリップ劇場などにコロンビア女性をあっせんしたとして通称「ソニー」と呼ばれていた日本人男性が逮捕され、04年3月に東京地裁で1年10ヶ月の実刑判決を受けている。コロンビア女性の日本への送り込みは日系人を労働者として受け入れるために出入国管理法が改正された1990年代以降から目立ちはじめている
3。
外国人女性のための民間シェルター「HELP」は、コロンビア女性のサポートをしているが、ソニー事件ではコロンビア人女性の被害者は68人にものぼり、青森県から鹿児島県までの23ケ所のストリップ劇場で働かされていたことがわかった。しかし、彼女たちは法令違反で逮捕され、そのうち45人が警察、23人が出入国管理局に送られてしまった。ソニー事件では、婦人保護施設に一時保護された
4 女性は1人もいないのが現状であり、HELP関係者は、被害者が被害者として扱われていないと訴えている
5。
■ 人身売買禁止議定書とは
今回の米国務省の発表による外相のコメントでは、人身売買禁止議定書の早期批准について言及されている。人身売買禁止議定書は、2000年11月に国際組織犯罪防止条約を補完する議定書として国連総会で採択された条約である。03年12月より発効している(04年現在、締約国数52ヶ国)が、日本は02年9月に署名を済ませてはいるが未批准である。
人身売買禁止議定書は、(1)女性と子どもに特に留意しながら人身売買を防止および禁止すること、(2)人身売買の被害者を、その人権を十分に尊重しながら保護し支援すること、(3)以上の目的を達成するために締約国間の協力を促進することを目的としている。
また同議定書は、はじめて「人身売買」を定義したことでも注目されている。それによると、人身売買には目的、手段、行為の3つの要件が含まれる。まず、搾取を目的とすることである。搾取には、少なくとも他人を売春させて搾取すること、もしくはその他の形態の性的搾取、強制的な労働もしくは役務の提供、奴隷もしくはこれに類する行為、隷属または臓器摘出が含まれる。そしてなんらかの強制が手段として用いられていることである。手段としては暴力あるいはその他の形態の強制力による脅迫もしくはこれらの行使、誘拐、詐欺、欺もう(相手がまちがえるように事実をいつわること)、権力の濫用もしくは弱い立場の悪用または他人を支配下に置く者の同意を得る目的で行う金銭もしくは利益の授受があげられている。最後に行為だが、これらの目的と手段を用いて、人を採用し、運搬し、移送し、蔵匿し(人に知られないように隠すこと)または授受することがあげられている。そして、強制の手段がある場合は、人身売買の被害者が搾取に同意しているか否かをとわず、18歳未満の子どもの場合は、搾取の目的があれば強制の手段がなくても人身売買となる。
同議定書は人身売買を犯罪とするための必要な立法措置およびその他の措置をとることを締約国に義務づけるとともに、人身売買の被害者を保護し支援することも義務づけている。ただし、被害者の保護および支援義務は、「適当な場合には」あるいは「○○の措置をとることを考慮する」といった比較的緩やかな義務規定となっていることも事実である。
■ JNATIPの立ち上げと活動
日本では03年10月に人身売買の被害者の保護に取り組んできたNGOが中心となって人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)を立ち上げ活動中である。JNATIPでは日本のNGO、日本で被害を受けた女性たちの帰国後のケアーをしている海外のNGOおよび在日大使館などを対象に、日本での外国人女性被害者の実態を調査し、その結果をまとめたデータブックの作成、および人身売買の防止・加害者処罰・被害者保護を定める法案作成に取り組んでおり、あわせて人身売買の問題を広く知らせるための啓発活動も行っているところである。
日本政府による法整備にむけた動きがここにきて急速に加速していることもあり、とりわけ被害者保護に重点をおいた法整備がなされるために法案作成と省庁および議員交渉を進めている。また、JNATIPの要請を受けて1月には日本弁護士連合会の中に人身売買禁止被害者保護法制検討ワーキンググループも発足している。現時点では、新たな法律の制定を政府が考えているかは不透明であり、人身売買の防止および加害者処罰については刑法を若干修正し、被害者保護については人身売買被害者に対する在留特別許可を出すことで十分と考えているのではないかと危惧している。
■ 人権高等弁務官ガイドラインの遵守を
国連人権高等弁務官は02年7月の経済社会理事会の会期において、人身売買の根絶にあたっては人身売買の被害者の人権確保が、すべての努力の中心に位置づけられるべきであるという認識の下に、「人権および人身売買に関して奨励される原則および指針」(E/2002/68/Add.1)を提出している。このガイドラインは、アメリカ合衆国をはじめ人身売買の被害者保護のための法整備を行っている国が加害者を処罰するために証人となって協力することを条件に被害者に対して不法入国やパスポート偽造、または資格外あるいは不法就労などで処罰をしない、あるいは在留許可を与えるなどの保護政策をとっていることに対して、すべての被害者が差別なく適切な保護および支援が受けられるようにすべきであると勧告している。
人身売買禁止議定書は人権条約というよりは犯罪防止条約としての性格が強いため、先に述べたように被害者保護についてはそれほど強力な規定をおいていない。そのため同ガイドラインは、人身売買禁止議定書の被害者保護規定を補完する重要な文書として位置付けることができる。ガイドラインに沿った被害者保護を中心とした人身売買防止および根絶のための法整備を実現させることが必要である。また人身売買について1人でも多くの人が関心をもち、人身売買受入大国の一つである日本の責任を果すように世論を形成し、ともに政府に働きかけていくことが必要である。
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1. 最低基準について、京都YWCA・APT編『人身売買と受入大国ニッポン その実態と法的課題』(2001年、明石書店)、p281-282を参照してほしい。同書には2001年の米国務省報告書における日本の評価部分についての翻訳も掲載している。
2. 正式名称は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補完する人身売買、特に女性および子どもの人身売買を防止し、禁止しおよび処罰するための議定書」という。同議定書の採択と意義については
ヒューライツ大阪ニュースレターNo.36(2001年3月)で解説しているので参照してほしい。
3. コロンビア女性が人身売買の被害者となって日本に送り込まれていることについては、ヒューライツ大阪ニュースレターNo. 30(2000年3月、同上サイト)でも紹介しているので参照してほしい。
4. 婦人相談所は、売春防止法に基づいて各都道府県に設置が義務づけられており、女性を一時保護する機能をもつ。今では売春に関連して保護の必要がある女性だけでなく、DV防止法に基づいてDVの被害女性も保護する等、一時保護を受けられる女性の幅は広がっているが、いまだに外国人女性に対しては門戸は非常に狭い。
5. 売買春問題ととりくむ会ニュースNo.161(2003年5月21日)を参照。