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国際人権ひろば No.57(2004年09月発行号)
国際化と人権
「反人種主義ヨーロッパ都市連合」の結成に向けた ドイツ・ニュルンベルグでのユネスコ専門家会合を傍聴して
藤本 伸樹 (ふじもと のぶき) ヒューライツ大阪
「反人種主義国際都市連合」設立への第1ステップ
ユネスコ(本部・パリ)では、03年9~10月にかけて開催した第32回総会における決議に基づいて、人種主義・差別・排除・不寛容などと闘う世界各地の自治体政策の推進を図ることを目的とした都市のネットワーク「反人種主義国際都市連合」の設立を進めている。その最初の段階として、04年7月8日と9日にドイツのニュルンベルグ市おいてヨーロッパ各国の人権問題専門家や自治体関係者ら20数名が集まり、「反人種主義ヨーロッパ都市連合」(以下、「ヨーロッパ都市連合」を準備するための専門家会合を開催した。
オブザーバーとしてヒューライツ大阪から派遣された筆者が、会議の背景と概要を紹介する。
反人種主義をリードするニュルンベルグ市
「反人種主義国際都市連合」は、ヨーロッパをはじめ、アフリカ、ラテン・アメリカとカリブ、北アメリカ、アジア・太平洋の各地域においてそれぞれ「都市連合」を設立したうえで、世界全体をカバーする「国際都市連合」を組織するという計画である。各地域の連合では、他の加盟自治体や、人種主義に対する闘いに関わる大学・NGO・人権団体・芸術家・スポーツ団体・民間企業など様々な市民社会のパートナーとの調整を中心的に行うための「リードシティ」がそれぞれ選定される。「リードシティ」は、ユネスコと協力し国際会議を受け入れるなど、都市連合の推進役を担うのである。
ヨーロッパ地域では、ニュルンベルグ市が「リードシティ」を引き受けることを決めている。同市は、ナチス政権時代の暗黒を克服し、「平和と人権の都市」を目標に掲げている。
今回の専門家会合では、「ヨーロッパ都市連合」に加盟した自治体に実施が求められる10項目からなる行動計画(案)作成を中心に議論が行われた。参加した異なった立場の専門家のあいだから多様な意見が出たことから、10項目の最終的な表現や文言は2日間の会合では時間の制約上、確定することができなかった。その結果、「都市連合」の事務局を担うユネスコの人権・反差別部が持ち帰り編集・整理をし直すということで会合を終えたのである。編集版は8月上旬に筆者のもとにも郵送されてきた。
「ヨーロッパ都市連合」へのプロセス
04年12月9日~10日にかけてニュルンベルグ市において、「第4回ヨーロッパ人権都市会議」が開かれ、5つの分科会に分かれて教育や文化、保健などの分野をめぐる人権施策が議論される予定だが、そのときの第5分科会で「ヨーロッパ都市連合」の創設提案が行われる。
「ヨーロッパ人権都市会議」というのは、地域と国際レベルで人権文化を推進することを目的に、88年にスペインのバルセロナで開かれた会議で発足したもの。00年にフランスのサンドニで開催された第2回会議において、「都市における人権擁護のための憲章」が採択されている。これは、可能な限り多くのヨーロッパの人権政策のガイドラインになることをめざしている。同都市会議は、04年7月現在、21カ国の235自治体が加盟し、憲章に署名をしているという。
「ヨーロッパ都市連合」は、この「人権都市会議」の既存のシステムを活用することで、より効果的な取り組みをめざしている。
「第4回ヨーロッパ人権都市会議」では、「ヨーロッパ都市連合」の内容と「10項目行動計画」(案)が提示され、ヨーロッパ人権都市会議への加盟の有無にかかわらず、ヨーロッパ諸国のすべての自治体に対して、同連合への加盟が呼びかけられることになっている。
「ヨーロッパ都市連合」の行動計画(案)
04年7月末段階でユネスコ反差別・人権部がまとめた「10項目行動計画(案)」(コミットメント)は、以下の内容である。
- 都市レベルにおける反人種主義をめざした監視、警戒、連帯のネットワークを構築する。
- 人種主義と差別に関するデータ収集を開始し、あるいはさらに進め、達成可能な目的を設定するとともに、自治体政策の効果を評価するために共通の指標を設定する。
- 人種主義と差別の被害者を支援し、自分たちを人種主義から防衛するための能力強化に寄与する。
- 参加型手法を用いて、とりわけサービスの使用者と提供者による協議を通じ、都市住民に対して、権利と義務、保護と法的手段、人種主義的な行動や行為に対する処罰などに関わる幅広い情報提供を確保する。
- 市当局の既存の裁量権限を行使することによって、労働市場における雇用慣行の均等な機会を促進するとともに、多様性を支援する。
- 市当局は、均等な機会を提供する雇用主かつ平等なサービスの提供者であることに努め、この目的を達成するために監視、訓練、開発に取り組む。
- 市内において住居に関わる差別(入居、購入など)をなくすための政策強化に積極的な措置をとる。
- あらゆる形態の教育へのアクセスおよび享有に対する差別と闘う措置を強化し、互いの寛容と理解、異文化間の対話に関する教育を提供することを促進する。
- 文化的プログラム、集団の記憶、都市の公共スペースにおける都市住民の文化的な表現や伝統の多様性を公正に表現すること、およびそれを促進することを確保するとともに、都市生活における異文化を促進する。
- 憎悪犯罪(ヘイト・クライム)と紛争処理に対処するためのメカニズムの支援、または構築を行う。
各項目には、実施の指針となる3~4つの具体的な行動計画が例示されており、加盟都市は個別に優先順位をつけて、それらを徐々に実行することが求められることになる。
都市は共に生きることを学ぶ実験室
ユネスコによると、人種主義と闘うために都市の連合体を構築するという方針は、「都市というのは共に生きることを学ぶ実験室である」という考え方からである。ユネスコでは、都市は、複雑な場所であり、文化的な相違の対立によって非理性的な恐怖を生み出したり、差別的なイデオロギーや慣行を助長したりする。しかし、共に生活することを学び、民主的市民像という新たな形態をもたらすために貢献することができる信念や態度、ライフスタイルなどに関して意見交換ができる場所でもある、と解釈する。
したがって、都市は、人種主義や他の形態の差別、排除と闘うための特権的な空間でもあるのである。都市は、政府が採択した国内法および国際法・文書の実施を通して、レトリックから行動へとシフトさせていくことができる。同時に、地方自治体は、意思決定の自治を有し、市民との双方向の緊密なやりとりを通じて、反人種主義のための革新的で効果的な取り組みをもたらすことができる手段や支援ネットワークを有しているという考え方に基づいている。
これからの課題
しかし、ニュルンベルグでの専門家会合では、都市のそうした重要な役割に関する認識の点では異論が出なかったものの、とりわけ自治体からの参加者からは、実施に際する大都市と中小都市の力量の差を懸念する声も出た。小さな規模の都市がどこまで行動計画を実施できるのかという不安からである。
「ヨーロッパ都市連合」は、既存のシステムを活用しようという発想のもとで計画が立てられているものの、新しい制度や施策の構築(establish)、設置(set up)、組織化(organization)といった新たなアクションやメカニズムの実施が促されすぎなのではないか、という意見も出た。優れた理念や施策を掲げることに誰も反対はしなかったが、都市の数が限られてしまうのではないかという消極的な予想も出たのである。
とはいえ、会議において最終的にコンセンサスは得られた。ニュルンベルグ市を中心に人種主義と闘うためのヨーロッパにおける自治体ネットワークづくりという新たな挑戦が始まったのである。
今後は、世界の自治体をカバーする「反人種主義国際都市連合」を組織するために、このイニシアティブと並行して他の地域においても同様の取り組みが求められている。だが、「都市連合」に対する他の地域の動きとしては、北米やラテン・アメリカ地域で準備会合を開催する計画が進みつつあるが、アジア・太平洋地域などはまだ具体化には至っていないという。世界の都市が突きつけられている課題である。