ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします
国際人権ひろば No.60(2005年03月発行号)
Human Interview
草の根レベルから人権文化を創造していきたい
アニタ・マグビタン・チャウハン さん (Anita L. Magbitang-Chauhan)
フィリピン人権委員会 リージョン1事務所所長
プロフィール:
弁護士。事務所長就任以前は、ヌエバ・エシーハ科学技術大学で教鞭をとる一方で、ヌエバ・エシーハ州をベースに、法律や国際人権基準を市民にとって身近な存在にするための人権教育活動に取り組むNGOであるPANGKAT財団の代表を務めていた。コミュニティにおいて法律をわかりやすく学習するための研修会などを開いて、「パラ・リーガル」(はだしの法律家)の育成を行っていた。
政府から独立した人権委員会
フィリピンの人権委員会は、マルコス大統領による21年間の独裁政権時代における人権侵害に対する反省と再発防止をめざして、「ピープルズパワー」によってアキノ政権が誕生した直後の1987年に発布された新憲法で、人権救済・保護のために政府(行政、立法、司法の三権)から独立した機関とすることを規定した条文を根拠に設立されています。
人権委員会は、マニラ首都圏にある中央事務所と、全国で16からなる地域(リージョン)に各1ヵ所ずつの地域事務所と、2~3の出張所で構成されています。中央事務所には委員長を含めて5人の委員がおり、各委員はそれぞれ複数の地域を統括しています。また、中央事務所は「人権の保護」「人権の促進」「政府および市民社会との連携」「管理及び財務」の4つの機能を実施するグループに分けられており、委員が分担して統括しています。
一方、地域事務所は「人権の保護とモニター」「人権の促進と連携」「管理及び財務」の3つのセクションに分かれています。
リージョン1事務所の所長に着任して
私は、リージョン1と呼ばれるルソン島北西部に位置する北イロコス、南イロコス、ラ・ウニオン、パンガシナンの4州からなる地域の事務所所長として2004年に着任したばかりです。人権委員会は、基本的には中央事務所が政策決定を行うとともに全体を統括する一方で、地域事務所は基礎的サービスを実施するという役割を担っているのですが、私が入ったときには人権委員会全体が再構築(Re-engineering)のプロセスにあり、リージョン1事務所もそれを求められていました。
私たちの事務所は98年に開設されたのですが、活動は必ずしも行き届いていませんでした。リージョン1というのは、マルコス元大統領の出身地である北イロコス州を抱えていることから、故人となったいまでも熱心なマルコス支持者がいます。したがって、たとえばマルコス政権下での人権侵害の話をすると、人権という概念そのものに敵対的な態度を示す人々もいるといった雰囲気が残っています。
コミュニティ・レベルにおける人権教育の再構築
私たちはそうした風土のなかで活動しているわけですが、人権保障の基礎はなんと言ってもコミュニティにあります。そこで、人権委員会のコミュニティ・レベルでの機関として「バランガイ人権行動センター」(BHRAC)の設置が全国的に制度化されています。バランガイとは市や町をさらに細分化した最小の行政区なのですが、「バランガイ人権行動センター」はバランガイにおける人権侵害を監視し、被害者を救済するとともに人権教育を行うことなどを目的としています。運営にあたっては、バランガイごとに選出される「バランガイ人権行動オフィサー」(BHRAO)があたります。一方、全国一斉の選挙によってバランガイ議長が選ばれているのですが、彼ら/彼女らは政治に直結しているのでオフィサーにはなれないことになっています。
現実的には、リージョン1には3,000以上のバランガイがありますが、予算や人的資源の制約から「バランガイ人権行動センター」が実際に組織され、効果的に機能しているところはまだ少数に限られています。
私がリージョン1の再構築の中身として考えたのは、「バランガイ人権行動センター」を活性化させることによって、より広範なセクターに人権啓発を行っていくためには、パートナーとしての協力者が必要だということでした。パートナーとしての必要条件は、すでに地域で活動している機関で、コミュニティでもよく知られ尊重されていることです。それはどんな機関かといえば学校なのです。とりわけ、国立、私立を問わず大学などの高等教育機関が適役だと思ったのです。
特に教育機関の機動力に私は注目しました。大学は、従来からコミュニティにおける開発プログラムや識字教育を行ったりしているうえに、人的資源や設備や資金も有しています。
一方、従来から初等・中等教育においては、すでに人権委員会では教育省と協力して人権教育の教案などを作成し小学校や高校で人権教育を進めていますが、大学においては必ずしも十分に行われていないところも多かったのです。
そこで、リージョン1にある大学などに協力要請をしたところ、これを受けてくれるところが出てきました。その結果、「人権教育地域センター」という形で結実することに成功したのです。すでに12のセンターが設立されていますが、この大半は大学をベースにしています。当面の目標としては15のセンターまで数を増やすことです。
「人権教育地域センター」の活動は、まず大学教員や地域の有識者、また学生などを対象に人権研修のためのトレーナーを養成していきます。ちなみに、教員の研究分野は特にこだわらず工学や生物など理科系専攻の人もトレーナーたりうるのです。たとえば生物学を研究している人は、人権教育の実践者になったとき食料に対する権利などを語る際には他の人よりも説得力があるかもしれないからです。
トレーニングのあと、トレーナーとして適格だと私たち人権委員会が判定した人たちに対しては認定証を与えています。ひとたび認定証を受けると、他の人に人権研修を行うことができるようになります。そうでない場合は、ボランティアとして研修の際の運営や、終了後の評価をめぐる議論に参加してもらったりします。
このシステムを効果的に機能させるためには、まず私たち地域事務所のスタッフが中央事務所の主催する研修会でトレーニングを受け、地元に戻ってきてトレーナーを養成するといった「エコー・トレーニング」(こだまが反響するように周囲に伝えていく研修)を実践するところから始まります。
農村部への人権教育の普及
こうして養成したトレーナーの活躍によって、バランガイ人権行動オフィサーをバックアップしたり、「バランガイ人権行動センター」の設立や活動を促進していくことができるのです。
さらにいくつかのバランガイでは、人権行動オフィサーの活動を支えるために、ボランティアによる人権支援グループを組織しています。これは、新たに人々を集めるという方法をとらずに、女性、青年、高齢者などによるコミュニティにおける既存の組織やNGOを巻き込んだものなのです。
ところで、バランガイ人権行動オフィサーは予算の制約上ほとんど無給のボランティアとして働いてもらっています。しかし、着実にその仕事を継続していこうとすれば無給で働き続けることは困難な話です。したがって、オフィサーを選ぶ際には、すでに人権に関する教育を受けていると同時に、仕事を退職し特に自分で収入を得る必要のない人たちを選ぶなどして工夫しています。
これからの課題ですが、農村部における人権教育の普及です。都市の中心部には大学もあり、「人権教育地域センター」も設立されており人権教育は比較的行き届きやすいわけですが、農村部においてはまだまだ多くの人は人権についての知識が不十分です。これらの地域に「人権教育地域センター」を設立する、あるいはその活動を拡げていくことが大切だと考えています。
私たち人権委員会は、政府が施策を形成し実施していくうえで、人権が主流の課題になっていくことを望んでいます。同時に、市民が人権意識に目覚め、人権行使の主体として発展していくことをめざしています。そのためには、人権委員会の地域事務所の活動が地元に根付き、草の根レベルから人権文化が創造されていくことを願っています。
※チャウハン所長は、兵庫県立大学環境人間学部附設ゆりの木国際市民センターが05年1月29日に「グローバリゼーションと移住労働者の人権-フィリピンを例として」をテーマに、第9回ゆりの木フォーラムを開催したときのパネリストとして日本に招かれました。
(インタビュー・構成:ヒューライツ大阪 藤本伸樹)