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国際人権ひろば No.62(2005年07月発行号)

特集:戦後60年のいまと未来を考える Part3

より自由な世界をつくるために国連改革の焦点

清水 奈名子 (しみず ななこ) 国際基督教大学大学院・行政学研究科

なぜいま国連改革が議論されているのか


 過去10年以上にわたって議論されてきた国連の「安保理改革」が、2005年になってふたたび新聞各紙の紙面を賑わす話題となっている。特に日本では、「国連改革」といえば「安保理改革」、すなわち日本が常任理事国入りを果たすこと、という限られた文脈で議論されることが多い。しかし、このような議論には次の二つの点で問題がある。第一は、安保理の改革は国連改革という大きな問題の一部でしかなく、他の重要な項目が見過ごされがちな点である。そして第二は、今なぜ、何のために国連の改革が必要なのかという、国連改革の「目的」が見えにくくなっている点である。
 なぜこの時期に、安保理改革を含む国連の改革が議論されているのか。そしてこの改革によって、どのような国連を実現しようとしているのか。これらの問いに答えるためには、まず今日の国連が直面する問題を理解することから始める必要があるだろう。改革することによって乗り越えようとしている課題を見極めることが、改革論議の出発点となるからである。

創設60周年の国連が抱える課題


 2005年の今年、国連はその創設からちょうど60周年を迎える。第二次世界大戦によってもたらされた多大な犠牲を前に、「言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う(国連憲章前文)」ため、1945年4月にサンフランシスコに集まった50カ国の代表は、多くの見解の相違を超えて新たな国際機構の創設を決意した。
 60年後の現在、その加盟国数は191を数え、国連は文字通り世界で唯一の普遍的な国際機構となった。そしてこの60年の間に増加したのは、加盟国の数にとどまらない。機構の活動分野も、多様化する地球的問題群に対応して増加の一途をたどってきた。国連憲章には想定されていなかった国内紛争への対処や紛争後社会の再建、難民・国内避難民の保護、環境問題への取り組み、HIV/AIDS対策から国際テロ、大量破壊兵器の拡散防止にいたるまで、今日国連が関与しない問題はないと言えるほどその活動は広範な分野に及んでいる。
 このように活動分野が増加し、60年前には考えられていなかった機能を国連が果たすようになる一方で、その主要機関の構造は国連憲章に定められたままほぼ変わらずに今日に至っている。増え続ける多様な機能を実効的に遂行するための機構改革が長らく求められてきたものの、実行に移されたものはごく一部であり、また機関間の機能の重複や調整の不足が指摘されてきた。さらに1990年代以降東西対立の緩和を受けて、主要機関のひとつである安保理の活動が活発化したが、その実効性や信頼性を掘り崩すような事例も少なくない。数十万人が犠牲となったと言われるジェノサイドを阻止できなかった1994年のルワンダの事例や、安保理での議論を打ち切って開始された戦争を止めることができなかった2003年のイラクの事例などが、その代表的なものである。こうして60年前に創られた国連は、21世紀の世界においてはたして有効に働きうるのか、という重い課題を突きつけられることになった。

アナン事務総長による改革提言:開発・安全保障・人権


 これらの課題を踏まえて、アナン事務総長は2005年3月に『より大きな自由のなかで(In Larger Freedom)』と題する報告書を提出し、創設60周年を契機に実行可能な国連改革案を提示した。この時期に提出された背景には、9月に「ミレニアム宣言」の進捗状況を検討するために各国首脳が国連に集う首脳会議が予定されており、その際採択される合意のたたき台を提示するという目的があった。
この報告書のなかで主張される「自由」とは、「欠乏からの自由(freedom from want)」、「恐怖からの自由(freedom from fear)」、そして「尊厳をもって生きる自由(freedom to live in dignity)」の三つであり、それぞれ開発、安全保障、人権、というキーワードによって表現されている。国連改革はこれら三つの価値の実現と促進のためになされるというのが、この報告書全体を貫く目的意識となっているのである。
 この三つの価値に関して注目されるのは、それらの相互連関性の指摘である。なかでも人権は、開発および安全保障双方の基礎であることが強調されている。たとえば開発に関しては、人権が蹂躙されている状況では開発は滞り、または後退することが指摘される。また安全保障に関しても、テロ対策の名の下に人権侵害が行われることがあってはならず、対テロ対策と国際人権法の両立が主張されている。「人間の尊厳への敬意をその基盤としないかぎり、いかなる安全保障上の課題や開発の促進も成功することはない」というのである。
 開発や安全保障の問題がしばしば国家がいかなる政策をとるか、という国家レベルの議論が多くなるのとは対照的に、人権問題はつきつめれば個々の人間の苦しみに注目した問題である。このような人間の次元に注目する傾向は、2000年に提出された事務総長の『ミレニアム報告書(Millennium Report)』から一貫して続いている傾向である。そのなかで、国連は主権国家によって構成される機構ではあるが、究極的には世界中の人々のニーズに応えるために存在する、という国連の位置づけが示されていた。それが今回の報告書においても、ふたたび繰り返されている。ひとり一人の人間が、その尊厳を否定されることなく安心して生きていける社会を実現すること、そのために開発や安全保障の課題を解決していくことが、今回の改革によって強化されるべき国連の機能とされたのである。

機能強化のための機構改革:21世紀の国連像


 報告書の最後に、これらの機能を国連において強化するための機構改革が提案されている。日本で注目されている安保理改革も、こうした提言の一環として示されているが、それは50数ページある報告書のなかの1ページ半を占めているに過ぎない。そしてどの国を常任理事国とするか、非常任理事国の数をどうするか、拒否権の有無など、これまで行われてきた安保理改革に関する議論に欠けているのは、理事国数の増加が、安保理のいかなる機能の強化につながるのか、という視点であろう。ジェノサイドが起きているルワンダに、数千人規模の平和維持軍でさえ派遣できなかった安保理に新たな理事国が加われば、これらの紛争国に駆けつける要員も増えるのだろうか。安保理の議論を置き去りにして戦争を始めようとする国の行動を、拡大した安保理は抑制できるのだろうか。こうした機能強化につながる議論なくしては、自国の国益に固執する理事国が増えるだけという事態になりかねず、それは安保理の機能低下を意味するだけとなろう。
 実際には加盟国間の意見の集約は進まず、特に米国が安保理の拡大自体に消極的であることを明確にしたために、早期の決着は困難となった。そこで問題となるのは、安保理改革が行き詰まることで、他の機構改革も停滞してしまうことである。世界各地で欠乏と恐怖に囚われ、尊厳を否定される人々がいるかぎり、国連はその機能を強化し、それらの人々のニーズに応え続けることができる機構へと改革される必要性は続いているのである。
 そのための大胆な改革提案も、今回の報告書には含まれている。既存の人権委員会に換えて、新たに「人権理事会(Human Rights Council)」を設置しようという提案である。総会の3分の2の多数によって選出される理事国から構成されるというこの理事会を、安保理などに並ぶ主要機関のひとつとするか、総会の付属機関とするかは加盟国の判断に委ねられたものの、その意図は機構内における人権問題の重要性を高めることにあるという。こうした提案も含めて、21世紀の国連が究極的には世界の人々のために有効に機能できるのか、という人間の次元に注目した国連改革の議論が、今後9月の首脳会議にむけて深まることを期待したい。