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国際人権ひろば No.63(2005年09月発行号)
特集 「第7回アジア太平洋地域エイズ国際会議」を振り返る Part2
HIV感染とアジアの移住者
青木 理恵子 (あおき りえこ) (特活)CHARM[*] 事務局長
■ アジア太平洋エイズ国際会議が神戸で開催
2005年7月1日から5日まで神戸市のポートピア・アイランドにある国際会議場を中心に「第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議」が開催された。
7月2日から4日までの3日間が会議の中心で、会場及び近隣の施設では5つの分野で基調講演、シンポジウム、発表、サテライト・ミーティング、文化フォーラム、ポスター展示、ブース展示などが平行して行われた。(1)基礎臨床、(2)治療、感染者のケアーと支援、(3)予防と疫学、(4)文化、ジェンダー、セクシュアリティー、(5)HIVの政治、経済、社会的課題の5分野で発表や意見交換が行われた。
エイズ会議の特徴は、参加者の多様性である。医師や研究者の他に実に多くのNGOが参加していた。エイズ予防啓発に関わる団体、感染者支援を行っている団体、ゲイ(同性愛者)の団体、セックスワーカーの団体、先住民の団体、国際団体、アドボカシーやロビー活動を行っている団体など参加者を見るだけでエイズという課題の奥深さを感じた。
■ 移住者にとってのHIV感染の問題
国境を越えて働きに行った先でHIVに感染したことに気づく移住者が各国にいる。この人たちを支援しているNGOが一堂に会してその経験と課題を共有する会議が7月1日に行われたコミュニティーフォーラムで実現した。
CHARMは、国際団体CARAM-Asiaと共に移住者のセッションを担当した。この会議の中では移住者を"Mobile population"と呼んでいた。渡航目的や期間、在留資格に関係なく「国境を越えて動く人々」を意味する。「国境を越えて動く人々」のセッションに参加したのは、インド、ビルマ(ミャンマー)、ベトナム、タイ、カンボジア、マレーシア、中国、香港、パキスタン、フィリピン、インドネシア、ネパール、バングラデッシュ、日本の14ヶ国・地域から総勢45名であった。2時間の話し合いの中で参加者が共有した移住者にとってのHIVの課題は、医療へのアクセス、抗HIV剤へのアクセス、移住者を国民と同じように扱ってほしい、強制検査の中止、移住者が生きる権利を認めてほしい、HIVを移住者のせいにしないでほしい、などアジア各地からの生の声が上げられた。
アピールに共通しているのは、「国境を越えて動く人々」を受入国の人間と同じ人間として扱ってほしいという声である。「国境を越えて動く人々」を受け入れている日本などの国は、自国の労働者が嫌がる低賃金でキツイ労働に従事している外国人労働者に正当な社会保障と人権の保障を行う責任があるにもかかわらず実施していない。国境を越えた労働者の権利と保護を実現するためには送出国と受入国が二国間協定や合意書を締結することが必要であるが、「国境を越えて動く人々」の人権保護はどの国にとっても優先順位には入ってこない。
フィリピン、スリランカ、タイなどは、これから海外で働くために出て行く女性の労働者を対象に、行った先で安全に暮らすための研修やオリエンテーションを始めている。しかし、同じような内容のプログラムが受入国である日本でなされているかというと皆無である。日本に到着した「国境を越えて動く人々」はそれぞれの契約先に向けて乾いた土に降った雨のように吸収されていく。
社会保障制度へのアクセスの不備に加えてHIVは「外国人が持ってきた病気」という偏見がある。外国人を管理してHIV感染が分かったとたんに退去強制をしている国もアジアに存在する。そして在留資格がない外国人については、健康保険の加入を含めた社会保障を許さないため実質的には医療サービスから締め出すことになる。
■ 日本の「国境を越えて動く人々」とHIV
日本に暮らす約200万人の外国籍住民の半数以上が日本で生まれたのではなくどこかの国で生まれ育って日本に移ってきた人たちである。日本の社会保障制度は「国境を越えて動く人々」にも適用することを最初から念頭においていないため、永住または定住などの日本に定住していくことが明確な在留資格を有していないと社会保障の適用が制限される。長期の在留資格のない人がHIVに感染するとまず困るのが健康保険への加入である。安い労働力を求めて外国人労働者を雇用する零細企業や性産業の多くは従業員を社会保険に加入させることはまれなため、健康保険に加入するためには行政窓口に出向いて国民健康保険に加入しなければならない。
HIV診療は、免疫力が高い内は経過観察で済むため保険がなくても対応できない金額ではないが、HIVによって引き起こされる日和見感染(肺炎、ヘルペス、その他の症状)の治療、入院などになってくると莫大な経費がかかる。その上抗HIV剤の投与が始まると、月15万円の薬代を負担しなければならない。健康保険という最初の扉が閉ざされることでその後のサービスと支援につながることができない。しかし、国民健康保険は1年以上日本に滞在する人以外は加入が認められていない。
健康保険がない人が利用できる制度がほとんどない現在の社会保障制度の中で、結核予防法に基づく強制入院に伴う自己負担部の公費負担は大きな頼みの綱であった。HIVに感染している人は、免疫力が下がると結核を発症することが多い。これまでは少なくても結核の治療だけは公費負担で行えたため、HIVの悪化も食い止めることにつながっていた。しかし、2005年4月に厚生労働省は結核予防法の運用に変更を発表し、これまで行っていた全員の強制入院から一転、同居人がいる場合のみ強制入院を行うと方針を変更し、一人暮らしの無保険外国人は公費負担の治療が受けられなくなった、ということを今回の会議でSHAREの澤田貴志さんが報告した。
この他にも保険に加入していない外国人を救済するための制度は、関西地域では殆ど皆無である。「行路病人及び行路死亡人法」に基づく医療費の支給も関西の地方自治体は予算化しておらず、無保険外国人への適応は想定していない。医療機関に対する未払い医療費補填事業も厚生労働省の方針では各県に1~2ヵ所しか存在しない救急救命センターでの治療に限られており、すべての病院での診療が保障されているわけではない。
■ 日本の課題
「国境を越えて動く人々」の多くは日本社会の底辺を支える仕事に従事しており、経済面で大きな貢献をしている。労働者として働いている人たちは労働者としてその健康を守る保障が受けられる必要がある。重労働の強要の一方で人間としての最低限の保障が伴わない現実を解消していかない限り、日本社会全体の健康を保障することもできない。外国人が置かれている状況の実態と制度の間にある大きな溝を隠し、正当化するために様々なプロパガンダが使われるが、外国人に対する誤った情報や作られたイメージにまどわされることなく、まず市民が偏見を払拭していくことが必要である。その上で健康を守ることについては、日本人も外国人もなく保障していくことが社会全体を健康にする方法である。
日本は先進国で唯一HIV感染者の数が増え続けている国である。感染を抑えていくためには感染の予防、検査、そして初期の治療をすべての人が安心して受けられる社会環境をつくっていくことが不可欠である。
* CHARMとは、NPO法人 Center for Health and Rights of Migrants(CHARM)。
HIVを含む性感染症の予防と治療に関する多言語情報の提供、移住者が利用しやすい性感染症の検査の実施、医療機関の開拓と紹介、性感染症に関する電話相談、医療機関への通訳派遣、個別支援などを行っている。