国際化と人権
1.加害者の処罰
2005年6月に刑法の一部改正案が成立し、略取誘拐罪の処罰対象の拡大と法定刑の加重、人身売買罪の新設などがなされた(同年7月12日施行)。これにより国連人身売買防止議定書が定める「人身売買」の全てが処罰対象となった。刑事訴訟法も改正され、ビデオリンク方式(証人が別室でビデオモニターを通して尋問に応じることができる)等の対象犯罪とされた。
2.被害者の処遇・救済
1)被害者の法的地位
ア. |
在留期限超過(オーバーステイ)や資格外就労(「出入国管理及び難民認定法」違反:以下、入管法)、外国人登録の不申請(外国人登録法違反)、偽造旅券や偽造査証の使用(入管法違反及び刑法の偽造有印文書行使罪)、偽装婚姻の届出(刑法の公正証書原本等不実記載罪)、街頭等における買春者の勧誘(売春防止法の公然勧誘罪)などは、いずれも処罰対象行為である。これらの行為があれば、たとえ人身売買被害者であっても、法律上は処罰対象の「被疑者」となる。 近時は、比較的短期間の在留期限超過など軽微な入管法違反だけなら処罰しないという運用が行われているが、法律上は依然、処罰対象である。 |
イ. |
被害者が入管法で定められた手続に違反して日本に入国した場合や許可された在留期限を超過した場合、他の犯罪で1年以上の懲役または禁錮の実刑判決を受けた場合等は、退去強制の対象である。 2005年6月に入管法の一部改正案も成立し、人身売買の被害者であれば在留特別許可の取得が可能であることが明示されたが、その許否は法務大臣の裁量(入管当局の判断)により左右されるのであって、依然、退去強制の可能性が残る。 |
ア. | 被害者が公的機関に保護を求める場合に、政府はどんどん警察に来てほしいと言う。しかし、被害者が自ら加害者の下を逃げ出し警察に保護を申し出た場合は別として、風俗店への警察の強制捜査の際などに発見された者は、たとえ人身売買被害者であっても警察が直ちにこれを確認できなければ一旦、入管法違反等の法律違反を理由に逮捕される可能性が強い。その後の捜査により警察がその者を人身売買被害者と認めれば保護の対象となるが、そうでない限り保護の対象からはずされる。 |
イ. | また、人身売買は国境を越えて多くの加害者が関与する犯罪であり、少なくとも被害者の出身国と受入国の二か国には加害者がいるため、出身国と日本の双方で被害者及びその家族や関係者の安全を確保することが最低限必要である。しかし、そのための有効な対策は存しない。 |
ウ. |
人身取引被害者の心身の回復のための施策は乏しい。 DV被害その他の理由で保護を必要とする女性のための公的シェルターは、現在、都道府県が設置する婦人相談所だけである。政府は人身売買被害者の保護もこの婦人相談所で行うとして、各都道府県にその受け入れを要請している。しかし、婦人相談所は、DV被害者への対応においてすら人員や施設面での不備が指摘されているうえ、その滞在可能期間は原則2週間(延長しても4週間)程度に限定され、人身売買の背景や被害者の状況に詳しいスタッフや適切な通訳の常駐もなく、独自に医療やカウンセリングを提供する制度もない。婦人相談所は、人身売買被害者に関して衣食住の提供はできても、それ以上の保護・支援のためのプログラムや資金を持っておらず、ここでの保護には限界がある。 また、生活保護を始めとする社会保障制度は、原則として「国民」のみを対象とし、外国人には「定住者」など長期の安定した在留資格を有する場合にのみ準用されており、人身売買被害者の殆どは準用対象ではない。従って、被害者の医療費・生活費・住居費等は何ら保障されない。 実際に人身売買被害者を受け入れているのは民間シェルターであるが、継続的に受け入れているシェルターは全国で2箇所しかない。いずれも大変な努力と貢献をしているが、適法な在留資格のない被害者のためには公的助成も受けにくく、財政的に大変厳しい状況が続いている。2005年4月から、人身売買被害者が婦人相談所を経由して民間シェルターに入所した場合は、一時保護委託費として一日1人あたり約6,500円が政府と都道府県から民間シェルターに支払われることになった。しかし、これでは十分な保護ができないし、民間シェルターへの施設維持費・人件費等の直接的な援助は依然行われていない。 |
ア. | 被害者の行為が何らかの処罰規定に違反する場合であっても、それが人身売買の被害者として置かれた状況と直接的な因果関係のある行為である場合には、処罰は抑制的でなければならない。また警察は、何らかの処罰規定違反の「被疑者」であっても、その者が同時に「人身取引被害者である可能性がある者」である場合は、保護を優先させるべきで、被害者保護を行う専門機関にその者の保護を要請し、以後の捜査も慎重に行うべきである。 |
イ. | 適法な在留資格を有しない外国人が人身売買被害者である場合、その保護と自立支援のためには、適法な在留への変更は、法務大臣の裁量にその許否を委ねる在留特別許可制度によるのではなく、権利としての在留を認める制度が必要である。具体的には、(1)暫定的な仮滞在制度、(2)人身売買被害者認定を受けた者への「定住者」在留資格の付与、(3)入管から独立した第三者機関による不服申立制度、を内容とする人身売買被害者認定制度(仮称)の創設を検討すべきである。その際、加害者処罰への協力を在留資格付与の要件とすべきではない。 |
2)保護のための施策
ア. |
専門機関の設置 人身売買被害者は日本各地におり、被害者と地理的に近い機関が迅速に緊急保護を行うために、全都道府県にある婦人相談所を活用することには、意味がある。しかし、専ら婦人相談所で人身売買被害者の保護・支援を行うことには限界があり、あくまでも緊急保護のための施設として位置づけるべきである。その後の保護・支援のために、国はその責任と資金で、専門的スタッフを配置し被害回復に向けたプログラムと資金を持つ専門機関としての人身売買被害者支援センター(仮称)を設置すべきである。 また、民間シェルターは、同センターの設置前は被害者保護を担当する主要機関として、同センター設置後は同センターと連携して被害者保護を行う機関として、重要な役割を果たす。従って、国は民間シェルターに対し、施設維持費・人件費等の直接的かつ十分な財政援助を行うべきである。 |
イ. |
保護・支援に関する法律の制定 人身売買被害者の保護・支援は本来、国の責任においてなされるべきものである。そして、人身売買被害者支援センター(仮称)の設置、民間シェルターへの財政援助、一時保護中およびその後「定住者」等の長期の安定した在留資格を取得できるまでの間の住居・医療・生活費等の保障のためには、その根拠となる法律が必要である。これらは、被害者の保護・支援対策を包括した特別法として制定すべきである。 |
<以下は、第162回国会(2005年1月~8月)で改正された「人身売買」に関わる法律の条文の一部>
1.刑法
(人身売買)
第226条の二 人を買い受けた者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
2 未成年者を買い受けた者は、3月以上7年以下の懲役に処する。
3 営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人を買い受けた者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
4 人を売り渡した者も、前項と同様とする。
5 所在国外に移送する目的で、人を売買した者は、2年以上の有期懲役に処する。
(被略取者等所在国外移送)
第226条の三 略取され、誘拐され、又は売買された者を所在国外に移送した者は、2年以上の有期懲役に処する。
2.出入国管理及び難民認定法(入管法)
(法務大臣の裁決の特例)
第50条 法務大臣は、前条第三項の裁決に当たつて、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が次の各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる。
三 人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するものであるとき。
(一、二、四は省略)
2 前項の場合には、法務大臣は、法務省令で定めるところにより、在留期間その他必要と認める条件を附することができる。
3(省略)