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国際人権ひろば No.65(2006年01月発行号)
特集 アジアの子どもの人権 Part2
カンボジアの子どもの人権~性的搾取や人身売買と子どものエンパワメント
甲斐田 万智子 (かいだ まちこ) 国際子ども権利センター共同代表
■「騙されてニワトリのように売られた」
この言葉は、人身売買の被害にあったカンボジアの少女が実際に発したものである。
カンボジアは、人身売買の送り出し国であると同時にベトナム少女たちの受入国、経由国となっている。また、カンボジアでは国内の村から観光地や首都プノンペンへ売られるケースも非常に多い。人口の35%が貧困ライン(1日0.5ドル)以下
[1]で暮らしており、特に農村の貧困の深刻化と都市との格差の拡大が原因の一つとして挙げられる。しかし、より大きな要因としては、中国人や韓国人、そして、日本人が処女に対して支払う'値段'の高さや、犯罪組織が人身売買で得ている巨大な利益が少女の性に対する需要を生み出していることが挙げられるだろう。
また、観光産業の急成長に伴い(2004年度の外国人観光客数は、1,055,202人
[2])、セックスツーリストが流入してきたことも大きい。アジア人が買春宿で子どもを買うのに対して、欧米人は路上で子どもを買う傾向がある。後者の場合は、子どもたちに対して優しく接し、子どもと親双方に対してモノを提供し、信用を得たあとで、性的搾取するという方法をとる。このため、このことを親が知っても訴えにくくなるという。こうした被害に遭うのは、15歳以下のストリートチルドレンの少年が多い。特にドラッグ中毒になり、ドラッグを買うお金が必要であることから、こうしたおとなから性交渉の申し出を受けてしまう
[3]。
性的目的でカンボジアの少女や女性がタイに売られるのが急増したのは10年ほど前からだが、3年ほど前から、マレーシアへ売られる少女・女性たちが増えている。この問題を調査しているカンボジア女性クライシスセンター(CWCC)によると、03年から05年までに36人の少女と女性がマレーシアからカンボジアに送還された
[4]。問題は、人身売買の被害者であっても、不法入国者ということで、刑務所や収容センターに入れられてしまうことである。
■カンボジアで活動するNGO
カンボジアには、この問題に取り組んでいるNGOがこのCWCCのほか数多くある。エクパット・カンボジアのメンバーNGOは32団体あり、COSECAM(Coalition to Address Sexual Exploitation of Children in Cambodia コセカム)というネットワークには、23のNGOがメンバーとして参加している。
エクパット・カンボジアが活発に活動を始めたのは、ここ1~2年のことで、04年は、カンボジア政府のCSEC(児童の商業的性的搾取)に関する第一次行動計画(00~04年)を見直すワークショップを開催したり、子ども買春・ポルノは犯罪であることを示したポスターを作成したりした。05年はセックスツーリストから子どもたちを守るキャンペーン活動を観光省などと共に実施している。
COSECAMは、01年11月に設立され、(1)アドボカシー、(2)調査研究、(3)組織強化・人材育成、(4)被害者の回復・社会復帰の4つの事業を関心のあるNGOが委員会をつくって実施している。
CSECの防止活動を実施している二つのNGOの活動を紹介したい。一つは、子どものためのヘルスケアセンター(HCC)というNGOで、農村における意識啓発と収入向上活動を特に熱心に行っている
[5]。HCCは、人身売買の多い地域(主にプレイベン州)で、地域のキーパーソンに対して意識啓発するワークショップを行い、地域をベースにした防止ネットワークをつくってきた。その結果、それらの地域で人身売買業者に騙されることだけでなく、やみくもに出稼ぎに行くことや、人身売買業者が村に入ってくることがほとんどなくなっている。また、05年度からは国際子ども権利センターの支援により、コミュニティベースのネットワークに加えて、学校ベースの人身売買防止ネットワークづくりも行っている。プレイベン州のコムチャイミア郡にある14の小・中・高校で10名のメンバーが、学校内で友達から友達へ人身売買の危険や子どもの権利を伝える活動を行っているのである。そして、非常に貧しく、片親しかいない家庭など、人身売買にあうリスクの高い家庭の少女を対象に、牛や豚のローンを提供し、貯金グループをつくっている。
もう一つのNGOの取り組みは、ストリートチルドレンをセックスツーリストから守る活動で、フレンズ/ミッサムランというNGOが実施している。具体的には、1)子どもたちには、セックスツーリストの誘いを受けて性交渉をもつと、性感染症にかかったり、家族から受け入れられなくなったり、さまざまな問題が起きるので、誘いがあっても断ること、2)バイクタクシーの運転手には、子どもを性的に搾取している観光客を客として乗せないことを啓発している
[6]。
■政府の取り組みと課題
カンボジアの子どもの性的搾取や人身売買の問題において、最大の課題として指摘されることが、政府や司法の汚職である。警官、検察官、裁判官が子どもの性的搾取の加害者から賄賂を受け取るケースが非常に多く、このために子どもへの性的搾取、人身売買の加害者が有罪にならずに釈放されてしまうのである。中でも、政府役人本人あるいはその親族が加害者とかかわっているときは、加害者が罰せられることはほとんどない。この点が、今年、カンボジアが米国国務省の人身売買報告書で「努力が見られない国」として再び第3群という最下位のランクがつけられてしまった理由の一つとなっている。特に、04年12月にAFESIPというNGOが運営するシェルターが襲われ、保護されていた少女・女性たちがすべて連れ去られた事件
[7]に対して、政府がきちんと真相究明をしなかったことも評価が下がった原因とされている。05年9月にこのホテルの支配人が逮捕されたものの、この事件にも政府高官が共謀していたことが指摘されている。
しかし、カンボジア政府も人身売買・未成年保護対策部門を設置し、取り締まりを強化する努力をしていないわけではない。例えば、96年1月から99年12月までに子どもに対する性犯罪と人身売買による逮捕者数は342人だったが、01年1月から05年10月までの逮捕者数は1,021人まで増加した。この内訳は、性的搾取は149件(10.4%)、人身売買は193件(13.5%)、レイプと性的虐待は1,021件(71.6%)である。しかし、同じ時期に、人身売買・未成年保護対策部門に報告のあったこれらの犯罪件数は2,367件であり
[8]、逮捕された数は、6割にしか過ぎない。しかも、逮捕後に有罪判決を受けた件数はこれよりかなり少ないだろう。
■子どものエンパワメント
この問題における子どものエンパワメントというとき、被害者のエンパワメントと防止活動にかかわる子どもたちのエンパワメントがある。まず、被害者自身がエンパワーされた例として、あるワークショップを紹介したい。これは、03年にCOSECAMによって開催されたワークショップで、人身売買と性的搾取の被害に遭い、シェルターに滞在している少女17人が参加し、被害体験を自ら話したものである。現在、カンボジアには性的搾取の被害にあった子どもたちを保護するシェルターが20以上あるが、それまでこのような被害に遭った少女たちに対して、過去のことや意見を聞くことはできないとされていた。心の傷に触れることになるという理由と、十分な教育を受けていない少女たちに意見を尋ねても答えられないだろうという理由からだった。しかし、01年の「第2回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」(横浜会議)で子ども参加の重要性を学んだカンボジアのNGO関係者は、問題解決のプロセスに被害当事者の子どもの意見も取り入れるべきだと考え、初めて被害少女たちから話を聞くプログラムを実施した。
その結果、少女たちは、実は自分たちの身に起きたことを話したがっていたこと、そして、人に話したり、意見を聞いてもらったりすることでエンパワーされることがわかったのである
[9]。冒頭の「騙されてニワトリのように売られた」という言葉は、このワークショップに参加した少女のものである。
人身売買の防止活動にかかわる子どもの間でもエンパワメントが見られる。前述のプレイベン州で人身売買防止トレーニングを受けた子どもたちは、この問題に対してどのように解決したらいいかの知識を身につけることで、自信をもち積極的に地域にはたらきかけるようになった。以下は、そうした一人の発言である。「人身売買の危険についてよくわかった。自分たちは、もう親たちよりも理解しているので親たちやほかの学校の生徒に教えることもできる」。
[10]
そして、04年9月には、人身売買の被害にあった子どもたちと子どもの権利について活動している子どもたち、および、人身売買の被害に遭いやすい地域の子どもたちが一堂に会し(メコン子どもフォーラム)、どうしたら人身売買をなくせるかについて話し合い、政府などに提言を行った
[11]。
性的搾取・人身売買を防止する上でも被害者を保護する上でも、当事者である子どもの声を聞き、子どもたちと共にこの問題に取り組もうとしているカンボジアのNGOの動きに対してこれからも注目していきたい。
1. 'World Bank:Local Poverty Down Sharply The Cambodia Daily'05年11月4日付
2. 観光省のChild Safe Tourism Commissionの05年12月7日発表による。
3. 05年12月7日開催されたチャイルド・セーフ・ツーリズム会議における調査報告発表(Action Pour Les Enfantsのディレクター Ms.Beatrice Magnier)より。
4. 05年8月18日にCWCCが開催したマレーシア人身売買ワークショップ報告より。
5. 国際子ども権利センターHP および、
国際子ども権利センターのブログカンボジアだより 参照
6. 同上。
7. その前日に人身売買と性的搾取の行われていたチャイフアIIホテルから83名の少女と女性が救出され、AFESIPのシェルターに保護されていた。
8. Unicef Cambodia, Fact and Figures on Child Protection in Cambodia.2005
9. Sandy Hudd,'Sold Like Chickens: Trafficked Cambodian Girls Speak Out'COSECAM, 2003. COSECAMは、被害少女たちを保護するシェルターが満たすべき最低基準を提案したガイドブックを発行している。Minimum Standards for Residential Child Care, COSECAM, 2003
10. ILO,'First Hand Knowledge: Voices across the Mekong',2005.
11. 提言書の内容については、国際子ども権利センターの会報「子夢子明49号」(2004年12月15日号)を参照。