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国際人権ひろば No.68(2006年07月発行号)

人権の潮流

ネパールの平和構築における人権の重要性

ニラジ・ダワディ (Niraj Dawadi)
国連開発計画:ネパール国家人権委員会・キャパシティ・ディヴェロップメント

■ はじめに


  ネパールでは10年以上続いたネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)と政府との武力紛争によって、13,000人を超える死者と数千人の負傷者や国内避難民などの被害者をだした。しかしながら2006年4月の大きな政治的転換、つまり民主化運動の結果、国王は直接統治を諦めて主権を国民に返し、2002年に解散した下院を復活することを宣言した。それに続いて主要7政党からなる新政府とマオイストが和平交渉を再開したことにより、多くのネパール人はネパールに永遠の平和が訪れる日がそう遠くはないだろうと望みを抱いている。
  私は平和構築の過程において、人権の重要性を主張することにはいくつかの本質的な理由があると考えている。すなわち、人権侵害は紛争の原因でもあり紛争の結果として表出する症候でもあるため、紛争の根本原因を理解するには人権について考えることが重要となる。さらに紛争下で発生した多くの人権侵害を検討することは、正義と説明責任についても考えることになる。つまり、紛争下では人権侵害の加害者が刑事免責されることが当たり前となっていたが、本来はそうあるべきではないことを明確にすることによって、今後発生しうる人権侵害を減らすことができると考えている。
  また人権を「共通言語」とすることで、両紛争当事者らが論争的な「ハイ・ポリティックス」ではなく「ソフト・ポリティックス」に共通領域を見出し、信頼関係を醸成することにつながるとも考えている。そしてより重要なことだが、人権を重視することは市民社会や国際社会が人権の観点から平和構築の過程をモニタリングすることを可能とし、それがネパールにおける永続的平和の実現につながると考えている。
  ネパールの平和を永続させるためには、人権を重視することと同様に、過去の暴力や国際人道法違反についても真摯に取り組む必要がある。さもなければネパールのすでにぐらついている政治的、社会的そして経済的構造をさらに破壊する新しい紛争が勃発するであろう。したがって人権と正義の問題は、和平交渉と平和構築の過程において最重要課題とされるべきである。

■ ネパール国家人権委員会の平和へのイニシアティブ -包括的な和平合意文書と人権協定


  ネパールの政府とマオイストの双方は、人権と国際人道法へのコミットメントを幾度となく表明してきた。それ自体は歓迎できることではあるが、両者ともにそれを十分に守ってきたとはいえない。両者が最低限の人権尊重に関する基本事項とその実行方法を正式に文書化し署名することが不可欠である。今回の国王直接統治から議会制民主主義の復活という大きな政治的転換は、両者が人権を尊重するという正式文書に署名するよい機会である。
  2006年6月17日、政府とマオイストは暫定政権の樹立について合意したが、ネパール国家人権委員会(以下、人権委員会)や多くのステイクホルダーは、正式な文書によって停戦合意に署名することが最初に必要な手続きだと考えている。世界の他の紛争地域の例をみれば、正式な停戦合意文書の欠如ゆえに和平が長続きせず、再び紛争状態に逆戻りするということはよくあることである。06年4月の政治的転換を経て、新政府とマオイストは停戦を宣言したが、人権委員会は03年の停戦合意時に引き続き、市民社会からの意見なども取り入れた新たな停戦合意案を提出している[1]。現在のところ、新政府とマオイストはそれを受け入れず、独自に25項目の行動規範について合意しているが[2]、それは漠然としているだけでなく、武器の管理や武装解除などの重要な懸案を含んでいない。したがって現在の行動規範の内容では、永続する平和構築のための道筋をつけることは難しい。
  平和構築の強化のためには人権が重要だという認識を踏まえて、人権委員会は停戦合意案への署名に加えて人権協定の締結を両当事者に求めている。人権委員会が提出した停戦合意案と人権協定の2つの文書が政府とマオイストに受け入れられれば、和平促進の重要な柱となるであろう。
  このように人権委員会は、ネパールに永続的な平和を実現するために働いているが、すべてのステイクホルダーの参加と団結によってしか真の平和構築はなし得ないと強く信じている。平和構築では、刑事免責、政治的、経済的そして文化的差別や周縁に追いやられた人々といった、ネパールで長年にわたり続いている様々な問題にも取り組む必要がある。これらの問題には平和構築過程に人権アプローチを採用し、さまざまなステイクホルダーが関与することで取り組むことができる。

■ 人権委員会の新しいイニシアティブ -平和構築へのステイクホルダーの参加


  平和構築により一層貢献していくことは、人権委員会の新しいイニシアティブの一つである。人権委員会はネパールの平和構築におけるフレームワークを提案し、その中でステイクホルダーが平和構築へ参加するための広範なメカニズムを作ることも目指している。そのフレームワークをより包括的かつ参加型のものとするために、政府やマオイスト、そしてステイクホルダーにもこのフレームワークを議論してほしいと考えている。特に重要なのは、平和構築の計画や実行においてキープレイヤーとなる市民社会で議論されることだと考えている。
  人権委員会の考えるこのフレームワークの重要な側面は、紛争を平和的手法で解決するために、草の根から政治的な意思決定レベルまでのすべてのステイクホルダーを包括するというメカニズムである。過去の和平や平和構築の取り組みでは、参加するステイクホルダーが政治的な意思決定レベルの少数者に限られていたことが主な失敗の原因であった。またそれ以上に、ネパールの現在の紛争は、長期にわたる直接的、構造的そして文化的暴力の結果から生じており、それにより多数の人々が影響を受けてきた。よって平和構築の過程にあらゆる人々が関与することが欠かせない。したがってネパール中の草の根レベルから、すべてのステイクホルダーが平和構築の過程に参加する機会を提供するメカニズムが必要である。またこのフレームワークのユニークな特徴は、紛争だけでなくさまざまな政治的、社会的及び経済的問題に関して議論したり、人権侵害事例について解決する方策について議論するフォーラムを提供できることである。

■ 正義と説明責任


  短期的な政治的和解のために人権と正義について妥協するということは、ネパールの場合でもありうる。政治的交渉を容易にするために人権侵害の加害者の犯した罪を恩赦よって覆い隠すことは長期的視点でみれば深刻な影響を残す。つまり、人権侵害の加害者が訴追され、処罰されることで何が正義かということが明確にされない限り、被害者に正義がもたらされることはない。つまり真の平和が達成されない。
  最近のネパールでの大きな政治的な転換の過程で、説明責任は新しい政府の正当性や権威を強化するうえで何よりも重要なものとなっている。それゆえに、この10年に及ぶ紛争の中でネパールに蔓延した人権侵害の加害者を訴追しない、処罰しないといった刑事免責を拡大することは、説明責任をうやむやにし人権を軽視することに他ならない。
  活力ある市民社会とそこで人権に関わる人々が、そのような不正義を許さず、そして政府とマオイストに対して人権への真摯な配慮と、紛争の被害者に正義と救済を届けることを求めていく中で、社会のあらゆる領域においても人権に関する意識を高めていくことに重要な役割を担うことを期待する。もちろん人権委員会もそのために協同するだろう。こうした努力によって、ネパールに永続的かつ揺るぎのない平和をもたらすことが出来ると考えている。(2006年6月20日記)

(翻訳:野澤萌子・ヒューライツ大阪)

1. 2003年1月に当時の政府とマオイストが口頭ではあるが停戦に合意した際に、人権委員会は文書による正式な停戦合意と行動規範への署名を強く勧告した。その後両当事者は、停戦合意の定義などを定めた22項目からなる行動規範に署名したが、その22項目のうち13項目については人権委員会が提出した停戦合意案から取り入れられた。
2. 2006年5月26日に軍事行動の停止、市民への寄付の強要や新兵募集の禁止など25項目の行動規範について合意・調印。