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国際人権ひろば No.68(2006年07月発行号)
特集 フォトジャーナリストがみた現実世界 Part3
「土地は命そのもの」~米軍基地の拡張に反対する韓国農民たちの闘い
中井 信介 (なかい しんすけ) ビデオジャーナリスト
「何てことだ、これがお上のやることか!」
校舎の壁に容赦なくショベルを振り下ろすショベルカーを目の前にして、一人のおばあさんが大声で泣きながらその場に倒れ込んだ。
06年の5月4日、韓国のピョンテク米軍基地拡張予定地であるピョンテク市ペンソン邑のファンセウル平野において、地元住民の反対意見を無視した土地の強制収用が行なわれた。この日、反対派住民の活動拠点であるペンソン邑テチュ里の旧テチュ小学校に集まった人権団体員、労働組合員、大学生など約1,000名の米軍基地拡張反対派は、強制収用の対象である水田地帯と旧小学校において、総勢約10,000人にものぼる機動隊員・軍人・用役業者職員と対峙することとなった。午前10時頃、阻止線が崩れて旧小学校内に機動隊の黒い群れが一斉に雪崩れ込み、機動隊と基地拡張反対派の間で激しい衝突が起こった。棍棒を振りかざして容赦なく襲いかかる機動隊に基地拡張反対派は竹の棒で応戦し、その際に多くの反対派の人々が頭や顔を殴られて重傷を負った。そんな衝突の最中、顔面を血で真っ赤に染めながら機動隊幹部に抗議する青年を見た。その青年は果たして犯罪者だったのか? 政府の決めた方針に反対した事が暴力による弾圧の対象になるとしたら、「そんな国は民主主義国家じゃない」と言わざるを得ない。そして、この日の無慈悲な弾圧によって米軍基地拡張反対派500人以上が連行され、200人以上が負傷して病院に搬送された。そして、全ての抵抗する者たちが排除された旧テチュ小学校は、その日の内に取り壊された。
■ 基地拡張に反対する人びと、賛成する人びと
土地の強制収用が決まったのは05年9月8日。国防省はこの日、「京畿道平澤ピョンテク米軍基地移転予定地であるピョンテク市ペンソン邑と烏山空軍飛行場一帯予定地349万坪の内、229万坪は協議買収が完了した」とし、協議買収が終わっていない土地120万余坪に対する強制収用手続きに着手したと明らかにした。そして06年3月初旬?4月初旬に1億2千万ウォンの経費をかけて3回行われた農地および活動拠点の強制収用が地元住民や外部団体の激しい抵抗にあって失敗に終わった後、国防省はピョンテクの米軍基地移転予定地域を軍事施設保護区域に指定することを発表した。しかし、未来の基地に対する軍事施設保護区域設定は違法だ。そして無理やり鉄条網を設置しようとすれば、基地の移設に反対する地元住民や外部団体と機動隊または韓国政府軍との間で更に大きな衝突が起こることは避けられない状況になった。
そもそも米軍基地の拡張予定地であるファンセウル平野は、日本の敗戦後に入って来た米軍による過去の基地拡張計画によって土地を追い出された住民たちが干潟だった土地を苦労して干拓した農地だ。テチュ里在住のキム・ソッキョンおじいさん(78歳)は言う。「日本軍の占領時代から数えれば三度目の強制収用であり、あまりにも酷すぎる。そして、この土地はわしらが死ぬほど苦労して干拓した農地。一坪たりとも渡すことはできない」。
5月4日に大半の農地が強制収用されるまでの反対派住民は、既に国防省に売られた農地も含めたファンセウル平野の全ての農地で農業を行う計画を立てていた。そして国防省から営農禁止を通告されている中、今年も2月下旬から本格的に農業を始めた住民たち。苗代の型に土を盛る作業をしていた初老の女性は「私たちはまだ一銭の補償金も受け取ってはいないのだから農業をする権利がある」と言って、今後も農業を続ける決意を示していた。ところが4月7日に機動隊50個中隊が動員されて行われた農地の強制収用の際には、用水路の水道管や農道がショベルカーによって破壊されるなど、国防省による農業の妨害も激しく、前途多難であることは誰の目にも明らかだった。
農民たちが米軍基地の拡張に反対するのは、自分たちの土地を守りたいからだけではない。現在まで600日以上続けられているロウソク集会では、時折、米軍基地の拡張がもたらす弊害についての演説が行われ、これまでの北朝鮮からの攻撃に備えて韓国を防衛する機能しか持たなかったピョンテク米軍基地が再編によって北朝鮮と中国に対する予防的・先制的軍事介入及び「テロ戦争」などの東北アジア地域外への円滑な移動及び作戦遂行ができるようになることが話されている。農民たちはロウソク集会での学習によって、基地の拡張がテロ戦争への加担や北朝鮮のみならず中国との間にも軍事的緊張をもたらすことを知り、その意味でも基地の拡張に反対している。そして、基地の拡張がもたらす環境汚染や税金の無駄遣いなどについての演説もあり、米軍基地の拡張を食い止めることが韓国の国益にも繋がるという視点からも基地の拡張に反対している。テチュ里在住の農民、ホン・ミンウィン氏は「米軍基地の拡張が本当に韓国の国益に繋がるなら俺たちは喜んで譲歩する、だけど現在おこなわれようとしている基地の拡張は韓国をアメリカの植民地のように利用するためのものだ」と主張する。
一方、基地の周辺に暮らす人たちの中には基地の拡張による経済的効果に期待を寄せる人たちもいる。アンジョン里にある米軍基地K-6正門前の商店街のてんぷら屋「mama's shop」のママは、「イラク戦争が始まってから米兵の多くが戦争に行ってしまって客が減った。基地が拡張されて客が増えれば良いんだけどねえ」と顔を曇らせた。商店街を見渡せば、確かに米兵の姿は目立つが行き交う人は少なく、活気はない。不景気で閉めた店舗も目立つ。農民たちが生死を賭けて土地の引渡しに抵抗を続ける僅か数キロ先では、基地の拡張に町をあげて賛成する人たちがいるのである。
現在、国防省によって軍事保護地域に指定されたファンセウル平野は、水路と三重の有刺鉄線に囲まれ、境界を越えて農地に侵入することは不可能になった。テチュ里在住のパン・ヒョテおじいさん(70)は、それでも有刺鉄線の外の僅かに残された農地で、毎日草むしりをしたり、野菜を植えたりしている。「田んぼに植えることはできるが、収穫できるかどうかは分からない。機動隊の仕事がわしらの土地を奪うことであるように、農業はわしらの仕事だ。だから、どんなことがあっても農業をする。収穫できるかは二の次で、これは農民の基本だ。わしらは金のために闘っているんじゃない。土地を守り、ここで一生暮らすために闘っているんだ」。土地に根を張って生きる農民のひたむきな生き様がここにある。パン・ヒョテおじいさんを見ていると、ここで農業を続けることへの執念と、農業が奪われることの残酷さを感じる。それはおじいさんから生きる意味を奪うことにもなりかねない。
■ 信じられない夢のような話
パン・ヒョテおじいさんをはじめ反対派の住民たちは、農業をする事が米軍基地の拡張を食い止める道だと信じて農業を続けている。そして、私のように村で衣食住の世話を受けながらドキュメンタリーを撮っている人間にとっては、絶好の恩返しの機会であり、撮影と同じくらい大切な仕事である。苗代運びなどの簡単な仕事しかできないが、少しでも役に立っていると思うと本当に嬉しい。そして、天気の良い日の休憩時間に農民たちと飲むにごり酒が最高にうまい。初夏の爽やかな風が輪になって飲んでいる農民たちの間をすり抜け、笑い声が空に溶けていく。信じられない話だが、そんな日には機動隊の幹部までが農民たちの輪の中に入って一緒に酒を飲むことがある。そして農民たちからの訴えに真剣な表情で耳を傾けている。それを見ながら、こんなふうに農民たちとノ・ムヒョン大統領も青空の下で酒をくみ交わしながら話し合えたら、今のような状態にはならなかったのではないかと思った。本当に夢のような話だけれど、そんな世の中になることを心から願う。
(※編集注:筆者による写真は、プリント版の本誌にのみ掲載しています。)