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国際人権ひろば No.69(2006年09月発行号)
『裁判官・検察官・弁護士のための国連人権マニュアル-司法運営における人権-』を読む4
「第6章 公正な裁判に対する権利I:捜査から裁判まで」 「第7章 公正な裁判に対する権利II:裁判から最終判決まで」について
1.「第6章 公正な裁判に対する権利I:捜査から裁判まで」について
(1) 捜査の過程においては、国家の刑罰権の行使、そのための捜査の必要性を旗印として、往々にして被疑者の人権が侵害される。これは、どのような国でも多かれ少なかれ同様であり、したがって、捜査過程における基本的人権の保障のために、グローバル・スタンダードとしての国際人権法の学習は、大きな意味がある。
また、その課程において、無罪推定の原則の意義は重要であり、単に証拠法の問題で捉えるばかりではなく、被疑者・被告人の基本的な地位、権利の問題として考慮されるべきである。
(2)通信傍受の問題
近年、テロリスト犯罪の防止のために司法機関の令状によらないか、よるとしても包括的な形での通信傍受が活用される傾向にある。日本においても通信傍受法が制定されている。テロリスト犯罪の防止のための捜査の必要の名の下にプライバシーに対して不必要かつ不相当な介入が行われることは厳に慎まなければならないところであり、その意味からこの点における国際法の原則・裁判例を知悉しておくことは、必要不可欠である。
(3)弁護士等との通信の秘密
拘置所・刑務所に収容されている者との接見交通・文書の差入れ等の通信は、逃亡の防止・施設の安全の確保を理由とする施設の管理権からの制約が常に予想される分野である。日本においてもようやく旧監獄法が改正され、弁護人以外においても弁護士との秘密による接見が認められつつあるが、まだ制約が多い。弁護士へのアクセスを十分に確保せしめるためには、弁護人と被疑者・被告人との信書の秘密は絶対的なもので、内容への検閲は許されるべきではない。例えば、弁護人との接見をした直後に被疑者・被告人を取り調べて直前に行われた接見の内容を問い質すようなことは、まさに弁護人とのコミュニケーションの権利の侵害そのものである。
(4)自己が理解する言語で被疑事実を告げられる権利
外国人の被疑者の場合に、十分な通訳人を用意しなければならないことは当然のことであるが、この通訳は被疑者が十分な防御をできるようにするために必要不可欠なものであることを考慮するならば、通訳人が通訳する以上に、捜査側の立場に立って被疑者を追及するようなことがあってはならない。警察の通訳を職業的に行っている者においては、捜査官がいる前で、またいない場面で、被疑者に対し、とにかくやってもやっていなくても犯罪事実を認めろ、と説得する者がいるという話しもあるが、それでは被疑者の権利保障のために設けられていることに真っ向から反することとなる。また供述調書は、母国語で作成された上でその供述調書の内容を十分に理解したことを前提として署名押印がされるべきで、日本語の調書を通訳人に翻訳させて署名押印させている運用は改められるべきであろう。
(5)黙秘権
「黙秘権は絶対的権利か」との項目は興味深い。日本においては、憲法上保障されているものであるが、その黙秘権の範囲(自己の氏名にまで及ぶのか)、黙秘していることが被疑者・被告人に不利に扱われて良いのか、については、問題がある。捜査においては、黙秘権の保障を告知した上で(この告知文言は浮動文字で供述調書に記載されている)、その次の瞬間には、やっているのかいないのかはっきりしろ、やっていないなら堂々と弁明しろ、と追及するのが常であり、「黙秘権を行使します。」と被疑者が告げても、それでもって取調べが打ちきられるわけではない。常に黙秘権の保障は危機にさらされているのである。
(6)取調べの可視化
黙秘権の保障が十分にはかられているか、取調べが野蛮に行われていないかにつき、尋問の記録を作成・保管するためからも、取調べの可視化は不可欠である。
2.「第7章 公正な裁判に対する権利II:裁判から最終判決まで」について
(1)裁判中の人権
ここではまず武器の平等の確立が注目される。捜査、それに引き続く裁判においては、訴追側が捜査権限を行使して十分な捜査資料を保持し記録を保管している。これに対し、弁護する側においては何らの捜査権限もなく自らを弁護する資料を収集することは困難である。したがって、一切の捜査記録への早期の段階でのアクセスは、被疑者・被告人の防御権から必要不可欠なものとなるはずである。しかしながら、日本においては起訴前にはそのようなアクセス権が認められておらず、起訴後も検察官が開示する証拠を閲覧謄写するのみである。2003年に改正された刑事訴訟法においてようやく、公判前整理手続が行われる事件においては、一定程度の証拠についての開示手続ができて、開示を請求することが認められてきている。武器の平等の原則が重要であることは、十分に認識されるべきである。
(2)陪審に対する説示
日本で施行される裁判員制度のより良き施行のために、この点における指摘は有益なものであろう。今後のより具体的な各国における事例の集積が期待される。
(3)死刑事件
死刑事件においては、弁護人の弁護権は、これが十分な他の事件と比較しても、死刑は取り返しが付かないだけに、絶対的なものである。死刑事件における効果的な法的援助を受ける権利を保障するためには、死刑事件についての弁護の研修制度も十分になされるべきである。また、死刑事件においては、上訴のために必要不可欠なものとして、理由の付された判決書面を妥当な期間内に受領する権利を有する、とするならば、現在行われているように、判決言渡し後、場合によっては数ヶ月後に判決書が完成されるような運用は改善されるべきであろう。