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国際人権ひろば No.69(2006年09月発行号)

アジア・太平洋の窓 【Part2】

ユネスコ「反人種主義・差別撤廃アジア・太平洋地域都市連合」が発足 ~バンコクでの設立会議に参加して

藤本 伸樹 (ふじもと のぶき) ヒューライツ大阪研究員

■アジアの自治体の共通のコミットメント


  ユネスコ(国連教育科学文化機関)は2006年8月3日(木)と4日(金)にタイのバンコクで、バンコク都庁との共催による「アジア・太平洋におけるインクルーシブな社会[1]をめざした地域都市会議」において、「反人種主義・差別撤廃アジア・太平洋地域都市連合」[2]を設立した。
  05年の10月に同じくバンコクで開かれた準備のための専門家会合で作成された宣言(案)と10項目のコミットメント(行動計画)の草稿が、会議に参加した都市の代表者などによって議論され採択された。この会議に参加した自治体のうち、バンコク、プノンペン市(カンボジア)、スバ市(フィジー)、マカティ市(フィリピン)、クルネガラ市とマータレ市(スリランカ)の6都市が「意思表明書」(Statement of Intent)に署名し加盟した。バンコク都庁が、ユネスコ本部および同バンコク事務所と協力しながら「都市連合」のリードシティを務める。ユネスコは、署名の随時受付を開始した。加盟に際しての入会金や会費は不要である。[3]
  署名した都市は今後、第2ステップとして10項目のコミットメントの趣旨に同意することを約束する「加入およびコミットメントの文書」(Act of Accession and Commitment)に署名をし、実施に向けた具体的な施策を明らかにしていくことが求められている。
  10項目のコミットメントの骨子は、次の通りである。
  1. 人種主義と差別に関する現状把握および自治体政策のモニタリングを行う。
  2. 差別や社会的排除の問題と取り組むために、自治体および地域社会における政治的リーダーシップを実践する。
  3. インクルーシブな社会の促進。
  4. 人種主義や差別の被害者に対する支援の強化。
  5. 情報へのアクセスを通じて市民の広範な参加とエンパワメントを促進する。
  6. 機会均等の雇用者およびサービス提供者としての都市(行政)を促進する。
  7. 機会均等実践の積極的な支持者としての都市(行政)を促進する。
  8. 教育を通じて人種主義や差別に対抗する。
  9. 文化的多様性の促進。
  10. 人種主義者による扇動および関連する暴力を予防し克服する。

  以上のコミットメントには、それぞれ4~10の具体的な行動例が示されており、「都市連合」に加盟した自治体は、その力量にあわせて、最低ひとつを実施すること、あるいはコミットメントの趣旨に沿った独自の計画を策定すること、そしてそれらを市の施策に盛り込んでいくことなどが求められている。
  換言すれば、行動例はそれぞれの都市がヒントとして使える柔軟性のあるものだ。各自治体は、これらの行動例からもっとも適当、あるいは緊急性の高いと判断する行動を選ぶ、また過去および現在実施中の施策にしたがって、他の行動を考えてもよいのである。
  日本からは、堺市(大阪府)が専門家会議および今回の設立会議に代表者を2名ずつ派遣して議論に加わっており、加盟に向けて検討している。また、世界各地の自治体が加盟する「都市自治体連合」(UCLG)のアジア太平洋支部[4](事務局:インドネシアのジャカルタ市)のピーター・ウッズ事務局長が今回参加し、今後の同支部としての関与および加盟都市に対する参加の呼びかけをする意向を示した。同支部には、地域の主要な都市が加盟しており、日本は浜松市のみであるが、東アジアでは中国や韓国の大都市も入っている。

■「ダーバン会議」から「世界都市連合」へ


  「都市連合」発足の直接のきっかけは2001年に遡る。国連が01年に南アフリカで開催した「反人種主義・差別撤廃世界会議」(ダーバン会議)において、国連機関や各国政府による差別撤廃に向けた世界的な方策が議論され、会議の合意文書として122項目の宣言と219項目の行動計画[5]が採択されたのだが、その行動計画のうち、8項目にわたりユネスコに対して取り組みを要請していたのである。
  以来、ユネスコではパリ本部の人権・反差別部を事務局に、人権、メディア、教育など異なる分野の専門家や関連機関、NGO、マイノリティ・グループの代表などを招いて、世界の各地域で協議を実施し、地域の優先課題を議論してきた。また、外国人排斥やグローバリゼーションに伴う新たな形態の差別に関する研究などを続けてきたのである。
  ユネスコが03年6月4日と5日に大阪で、世界11カ国から22名を招いて「人種主義・人種差別・外国人排斥および関連する不寛容に対する新たな闘いに関する国際専門家会議」(反人種主義教育国際会議)を開催したのもその一環である。ヒューライツ大阪と反差別国際運動(IMADR)が、ローカル・パートナーとしてこの会議の受け入れを担ったという経緯がある。
  現在、ユネスコではヨーロッパ、アジア・太平洋、北米、ラテンアメリカ&カリブ諸国、アラブ諸国、アフリカの6地域を対象にそれぞれ都市連合を結成し、07年に「反人種主義国際都市連合」の結成をめざしている。
  すでにヨーロッパでは、04年12月に「反人種主義ヨーロッパ都市連合」がドイツのニュルンベルグ市がリードシティとなって結成されており、約60都市が加盟している。さらに06年9月にケニアのナイロビにおいて「アフリカ地域都市連合」が、10月にはウルグアイのモンテビデオで「ラテンアメリカ&カリブ諸国都市連合」が結成される予定である。

  ユネスコによると、人種主義と闘うために都市の連合体を構築するという方針は、「都市というのは共に生きることを学ぶ実験室である」という考えに基づいている。つまり、都市は複雑な場所であり、文化的な相違の対立によって非理性的な恐怖を生み出したり、差別的なイデオロギーや慣行を助長したりする。しかし、共に生活することを学び、民主的市民を育むことに貢献するとともに、そのための意見交換ができる場所であるのだ。
  したがって、都市(地方自治体)は、政府が採択した国内法および国際人権法・文書に基づき、それらに基準を実施していく現場なのである。同時に、都市は、意思決定の自治を有し、市民との双方向のやりとりを通じて、反人種主義のための効果的な取り組みを可能にする手段や支援のネットワークを有しているのである。

■アジアの脈絡と、今後の期待と課題


  しかし、アジアではヨーロッパなどとは異なり、現実には先住民族や移住労働者、女性、障害者などに対する排除や差別が存在するにもかかわらず、市民社会から政府レベルにわたり人種主義や差別の存在そのものを否定する傾向がみられる。また近年、地方分権化は多くの国で進んでいるものの、中央集権の強い国も存在しており、そうした国の自治体では独自に施策を立てる余地が極めて限られているという制約に直面している。バンコク会議に参加したプノンペン市の副市長もそのような事情をしきりに説明した。
  ダーバン会議以降、アジア・太平洋では人種主義と向き合う国際地域的な連携は、あまり進まなかった。そうしたなか、今回、「反人種主義・差別撤廃アジア・太平洋地域都市連合」の設立という大きな一歩を踏み出したのである。しかし、6都市の署名というごく少数の船出に留まった。
  「都市連合」の存在が知られていないだけに、広報を強化する必要がある。幸運なことにUCLGは、「世界各国における民主主義及び地方自治の促進」「グッド・ガバナンス、持続可能な発展、ソーシャル・インクルージョンという原則の基に、経済、社会、文化、職業、環境における発展を促し、公的サービスを促進すること」「人種及び男女平等を促進し、あらゆるかたちで現れる差別や偏見に立ち向かうこと」などの目的を枠組みとして掲げた連合体である。それだけに、同アジア太平洋支部の加盟都市が、ユネスコの「都市連合」に連携・加盟することを通じて、域内の「反人種主義・差別撤廃」に向けた強力な推進力となるであろう。ユネスコは、軌道に乗るまで、加盟自治体やUCLGアジア太平洋支部などを核に推進委員会を組織する計画だ。
  歴史的に引き継がれ深く社会に根付いている人種的偏見、および相次ぐ差別的な慣行などから判断すれば、人種主義と差別に対する闘いは、長期間の努力を要するものだ。そのためには、国際、国内、自治体などさまざまなレベルにおいて協力していくこと、とりわけ反差別の政策を、各自治体が経験交流を通じて、市民社会と協力しながら定期的に見直していく作業が必要なのではなかろうか。その役割を、この「都市連合」は担っている。

1. インクルーシブな社会とは、少数者など社会的弱者を排除せず、あらゆる人びとの平等な参加を保障する社会
2. 英語名は、"Coalition of Cities against Racism and Discrimination in Asia and the Pacific"
3. 詳細はユネスコのサイト
4. 日本では浜松市が加盟している。
5. 宣言と行動計画の翻訳全文