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国際人権ひろば No.72(2007年03月発行号)

『裁判官・検察官・弁護士のための国連人権マニュアル-司法運営における人権-』を読む7

「第10章 司法の運営における子どもの権利」について

平野 裕二(ひらの ゆうじ) ARC=Action for the Rights of Children=代表)

  本書の他の章で扱われている諸権利および種々の法的保障は、そのほとんどが子ども・少年(ここでは子どもの権利条約の定義に従って18歳未満の者を指す)にも同様に適用される。本章でも、「子どもは刑事手続のあらゆる段階で成人と同じ権利を認められなければならない」(7節)と強調されているとおりである。しかし、子どもはその年齢・発達段階、身体的・精神的特性、社会的・政治的立場などに由来する特別なニーズを有していることから、ときとして成人とは異なる対応や成人よりも手厚い保障が必要となる。国際社会もそのことを認め、子どもの権利条約に代表される、子どもにとくに焦点を当てたさまざまな人権基準を採択してきた。
  本章は、これらのうち、司法の運営における子どもの権利に関わる主な国際基準について解説したものである。具体的には、(1)罪を問われた子どもへの対応、(2)子どもが被害者または証人として司法手続に関与する場合、(3)親子の分離手続、(4)養子縁組手続が取り上げられている。これらのすべての手続で、国連・子どもの権利委員会が特定した子どもの権利条約の一般原則、すなわち差別の禁止の原則(2条)、子どもの最善の利益の原則(3条)、生命・生存・発達に対する権利(6条)、意見を聴取される子どもの権利ないし子どもの意見の尊重の原則(12条)が尊重されなければならないことも指摘されている(4節)。
  とはいえ、本章の大部分を占めるのは、上述した4つの手続のうち(1)の少年司法手続(少年に適用される刑事手続も含む)に関わる解説である。まず、刑事責任年齢の問題(3節3.2)、少年司法の目的(5節)、少年司法制度を創設する義務(6節)といった、少年司法の原理原則に関わる問題についてまず概観されている。その後、拷問等からの保護(7.1)、適正手続上の基本的保障(7.3)、事由を奪われた子どもの権利(8節)についてやや詳細な解説が置かれる。その後、刑事制裁(9節)とダイバージョン(10節)の問題について言及されている。
  先にも触れたように、国際法上の一般的保障は、成人と子ども・少年との違いを踏まえてやや修正されている点が少なくない。本章の解説ではこの点にしばしば注意が促されており、参考になろう。たとえば、拷問等の不当な取扱いについては、「子ども特有の敏感さおよびとくに被害を受けやすい立場のゆえに、成人については不法な取扱いとならない行為でも、子どもの場合には容認できないものがある」ことが強調されている(7.1)。防御権との関連では、弁護士による法的援助のみならず「その他の適当な援助」も保障されている点が、国際人権法一般との違いである(7.3.3)。また、少年に関わる決定は「遅滞なく」行なわれなければならないのであり、「不当に遅延することなく」裁判を受ける権利を認めた自由権規約よりも保障が手厚い(7.3.4)。プライバシーの面でも、少年は「罪を犯した成人が享受する権利よりもはるかに手厚い保護を受けている」(7.3.8)。自由を奪われた子どもについても、その「取扱いのあり方はいかなるときにもその最善の利益にしたがって定められなければならない」(8.3)。
  なお本章においては、子どもの権利条約のほか、とくに「少年司法の運営に関する国連最低基準規則」(北京規則)、「自由を奪われた少年の保護に関する国連規則」、「少年非行の防止に関する国連指針」(リャド・ガイドライン)といった関連の国連文書が頻繁に援用されている。日本では、行政・立法・司法機関のいずれもこれらの文書をほとんど参照することがないが、「そこに掲げられた諸規則のなかには、児童の権利条約にも掲げられているために国家に対して拘束力を有するものもあれば、『既存の権利の内容をより詳細に』定めていると考えられるものもある」(本章1節)のであり、正当に重視することが必要である。本章は、これらの国際文書の内容を手続の流れに沿って簡便にまとめたものとして有益だが、さらに詳しい解説および関連文書の全訳を掲載した国連ウィーン事務所著『少年司法における子どもの権利:国際基準および模範的刊行へのガイド』(平野裕二訳、現代人文社・2001年)があるので、あわせて参照されたい。
  少年司法手続以外の手続については、本章の記述はごく簡単なものに留まっている。(2)子どもが被害者または証人として司法手続に関与する場合(11節)については、本書第15章「犯罪・人権侵害被害者の保護および救済」をあわせて参照し、子どもを対象とした被害救済のあり方について検討を深めることが必要である。なお、本章で言及されている「刑事司法制度における子どもについての行動に関する指針」についても、国連ウィーン事務所著・前掲書に全訳が掲載されているので参照されたい。法曹にとっては、「適正手続を保障されなければならない被告人の権利およびニーズも同時に尊重しつつ、このような〔被害者・証人である〕子どもの権利およびニーズを尊重する方法・手段に焦点を当てる」(11節)ことが課題となる。
  (3)親子の分離手続と(4)養子縁組手続については、子どもの権利条約の関連規定にもとづく簡単な解説が行なわれているのみである。監護権者の決定、養育費に関わる取決めなど、とくに離婚による親子分離にともなう重要な問題についても、なんら触れられていない。こうした点については、上述した4つの一般原則、とりわけ子どもの最善の利益の原則を指針としながら、実務的経験を積み上げていくことが求められる。
  なお、本書でもしばしば強調されているように、国際人権法は「静的なものではなく、社会で新たに生じ続ける人間にニーズにあわせて発展している」(第2章6節)ことにも留意しなければならない。とくに子どもに関わる国際的・地域的人権文書は近年になって急速に発展しており、本章では取り上げられていないものも多い。
  たとえば欧州評議会は、とくに家事審判手続において子どもの最善の利益および子どもの意見の尊重の原則をよりよく確保する目的で、「子どもの権利の行使に関する欧州条約」 [日本語訳(平野裕二訳)]を採択している(1996年)。分離後の親子の面会交渉についても、本書の出版後ではあるが、「子に関わる接触に関する条約」 (2003年)を採択した。また、国連では現在、「親のケアを受けていない子どもの保護および代替的養護」に関する国際基準や、「子どもの犯罪被害者および証人が関わる事案における司法についての指針」についての検討が進められているところである。後者は国際NGOであるIBCR(International Bureau for Children's Rights子どもの権利国際事務局)が作成した指針をもとにしたもので、国連犯罪防止刑事司法委員会第14会期(2005年)によってすでに承認されており、近い将来、国連基準として採択される可能性がある。これらの文書の内容も踏まえた実務が求められるところである。
  同時に、関連の国際文書の内容に精通することは重要だが、それだけでは十分ではないことも強調しておかなければならない。子どもに関わる司法手続では、「裁判官・検察官・弁護士および関連するその他の専門家が特別な知識とスキルを有している必要」があるからである(14節)。そのような知識やスキルは、本書を学ぶだけでは身につけることができない。ソーシャルワークや心理学についても学習し、子どもと接するさいの基本的スキルを身につけるとともに、これらの分野の専門家と連携・経験交流を進めていくことが必要である。