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国際人権ひろば No.74(2007年07月発行号)
人権の潮流
拷問等禁止条約に基づく日本政府報告の審査
■ はじめに
2007年5月9日・10日の両日、ジュネーブの国連人権高等弁務官事務所において、拷問禁止委員会第1回日本政府報告書審査が行われた。私は、日本弁護士連合会代表団のひとりとして、審査過程に参加したので、審査の模様と結果を報告したい。
■ 拷問禁止委員会の政府報告書審査とは
拷問禁止委員会は、拷問等禁止条約の批准国における実効的実施状況を監視する目的のもと、同条約に基づき設置された国際機関である。
「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約」、略称「拷問等禁止条約」は、「拷問」を公務員等が情報収集等の目的のために身体的、精神的な重い苦痛を故意に与える行為と定義し、各締約国が「拷問」を処罰すること、拷問被害者の救済、残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い等が公務員等により行われることを防止すること、拷問を受けるおそれのある国への送還禁止などについて定めており、国際連合において成立し1987年に発効した。日本は1999年に加入している。
同条約19条第1項は、締約国に対し、条約加入後1年以内および以後4年ごとに、条約遵守のために取った措置について国連の拷問禁止条約委員会に定期的に報告書を提出する義務を課している。この政府報告書は、すべての締約国に公開された上、委員会によって検討される。
報告書の検討の結果、委員会によって見解が発表される。これは、条約の履行について懸念とされる事実を指摘し、勧告をし、また履行のために前進した点を評価するなどの内容となることが通常である。裁判所の判決のような、執行機関によって強制されるような効力はないが、権威ある国連人権機関による見解として、締約国政府に課題を示し、条約の履行を促す機能がある。
■ 審査に至る過程
日本政府は、締約国政府として、条約加入後1年以内、つまり2000年には報告書を提出しなければならなかったが、大幅に遅れて、2005年12月20日、日本政府報告書が提出された。同報告書は外務省のウェブサイトに公表されている
[1]。
政府報告書の提出を受けて、日本弁護士連合会は報告書を作成、2007年4月に委員会に提出をした。同報告書は日弁連ホームページの国際人権ライブラリーで公開している。
他にも、アジア女性資料センターとOMCT(拷問防止を目的とする国際NGO)の共同報告書、CAT NET(報告書作成のための、監獄人権センター、入管問題調査会などのNGOのネットワーク)、国際人権活動日本委員会などのNGOが報告書を提出した。これら報告書は国連によっても公表されている
[2]。
■ 審査
拷問禁止委員会による審査は、スイス・ジュネーブの、レマン湖のほとりにある、パレ・ウィルソン(国際連盟本部跡の建物を、国連人権機関施設として使用しているもの)で行われた。
5月8日にはNGOと委員会との公式ミーティングが設けられ、日弁連を含むNGOがプレゼンテーションを行う機会となった。
そして5月9日、10日両日には、日本政府代表団が委員会に出席し、プレゼンテーションと質疑が行われた。委員会は建設的対話を求め、また実態を示す統計や事案の報告を求めた。日本政府の報告は法令を羅列する部分が多くを占めていた。
■ 最終見解
国連拷問禁止委員会は、2007年5月21日、審査を踏まえた最終見解を発表した。全文が31項目、11頁に及ぶ大部なものである。同見解は国連ホームページで公開されている
[3]。
委員会は、入管法の改正、並びに、受刑者処遇法とその改正である刑事被収容者処遇法の施行・成立、とりわけ、刑事施設視察委員会、刑事施設の被収容者の不服審査に関する調査検討会、留置施設視察委員会設置、法務省矯正局による矯正職員に対する人権教育の取り組みを、積極的に評価することができるものとした。
他方で委員会は、諸点について厳しい見解を示している。なかでも委員会がもっとも強く懸念を示したのは、代用監獄と、そこで行われる取調べの問題についてである。委員会は、未決拘禁における警察留置場の使用を制限すべく刑事被収容者処遇法の改正を求め、優先事項として、a)捜査と拘禁の完全分離、b)国際基準に沿った警察拘禁期間の上限設定、c)逮捕直後からの弁護権、弁護人の取調べ立会いや起訴後の警察保有記録へのアクセスを確保し、かつ十分な医療を保障すること、d)留置施設視察委員会に弁護士会の推薦する弁護士を任命して警察拘禁に対する外部監査機関の独立性を保障すること、e)被留置者からの不服申立てを審査する独立した効果的制度の構築、などを挙げている。
また取調べと自白の問題について、a)警察拘禁中のすべての取調べが録画等や弁護人の取調べ立会いによって監視されるべきこと、b)録画等の記録は刑事裁判において確実に利用可能とし、c)かつ、取調べ時間につき、違反への制裁を含む厳格な規制を即時に行うことを求め、d)条約に適合しない違法な取調べの結果得られたものであっても任意性があれば自白を証拠として許容している日本の刑事訴訟法と裁判の実情に懸念を表明している。
刑事被拘禁者の処遇について、a)適切かつ独立した、速やかな医療の提供、b)刑務所医療の厚生労働省への移管の検討、c)すべての長期にわたる独居拘禁のケースについて心理学的・精神医学的評価に基づく組織的な検討を行うべきことなどを勧告している。
難民認定制度と入管収容施設における処遇については、a)条約3条(拷問の行われている国への送還の禁止)を明文化すること、b)難民認定についての独立の審査機関を設立すること、c)入管収容施設内の処遇に関する不服を審査する独立機関を設置すること、d)拘禁期間に上限を設けることなどを勧告している。
死刑制度と死刑確定者の処遇については、a)独居拘禁の原則と処刑の日時について事前の告知がないことなどについて国際最低基準にのっとった改善を行うよう求め、b)死刑執行の即時停止と減刑、恩赦を含む手続的改善を検討すべきこと、c)必要的な上訴制度を設けるべきこと、d)執行までに時間を要している場合に減刑の可能性を確保する法制度を作るべきことなどを勧告している。
さらに、委員会は、特別公務員暴行陵虐罪が条約に定められた精神的な拷問のすべてを明確に包含していないことへの懸念の表明、拷問と虐待についての時効期間の見直しの必要、すべての被拘禁者の訴えを速やかに、公平に、かつ効果的に調査する権限を持った独立の国内人権機関の設立、捜査官に対する人権教育のカリキュラムの公表、すべての法執行官と裁判官、入管警備官に対して、彼らの仕事が人権に及ぼす影響、とりわけ拷問と子ども・女性の権利に着目した定期的な研修を行うべきことなどを勧告している。さらに、司法の独立、女性に対する暴力、従軍慰安婦問題、精神障害者の拘禁制度などにも言及している。
そして、4年後の第2回報告とは別に、代用監獄と取り調べと自白、送還禁止原則については1年以内のフォローアップ情報の委員会への提供を求めている。
■ おわりに
拷問禁止委員会の最終見解は、日本の人権保障の状況が国際的に誇りうるものとなるための課題を投げかけている。委員会は、継続的な対話を求め、日本がこれら課題を建設的に解決することを待っている。日本政府が、最終見解を積極的に受け止め、建設的な対応をすることが、望まれる。
1. http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/gomon/houkoku_01.html
2. http://www.ohchr.org/english/bodies/cat/cats38.htm
3. http://www.ohchr.org/english/bodies/cat/docs/Advance Versions/CAT.C.JPN.CO.1.doc(MS-Word文書 135KB)
翻訳は日弁連ホームページ・国際人権ライブラリーに掲載予定(時期未定)。なお、7月30日には日弁連主催の、公開報告会が予定されている。