特集 グローバル化のなかの「ビジネスと人権」最前線
2016年11月14日から16日までの3日間、国連ジュネーブ事務局(パレ・デ・ナシオン)で開催された「ビジネスと人権フォーラム」に参加した。フォーラムには世界140の国と地域から約2500人の参加があったが、グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)としても今回初めて参加希望の企業・団体を募集し、現地からの参加も含めて総勢20名程度の訪問団となった。
今回のフォーラムの全体テーマは「リーダーシップと影響力(leverage)」であり、関連するテーマを中心に、朝9時頃から夕方、時に夜まで3つの全体会議と64のセッションが開催された。その内容は、サプライチェーンにおける人権への取り組み、金融セクターと人権、救済へのアクセス、人権インパクト評価、ベンチマーキング(取り組みの度合いの指標とランク付け)、政府調達、生活賃金のあり方など多岐に渡ったが、どれも満杯で、人気のあるものは入り切れないほどの盛況ぶりだった。
フォーラムの全体会議(写真は筆者撮影)
このフォーラムは、何と言っても、生きた、有意義な学びの場である。国連「ビジネスと人権に関する指導原則」から5年が経過した今回は、フォーラムも5回目の節目となり、それぞれの地域やセクターで様々な取り組みが進展している。その実際の取り組み事例について、最前線で関わっている企業、市民社会、政府や研究者などから発表が行われ、フロアからの忌憚のない質問にすぐに答える形で臨場感あふれる有意義な議論が行われた。企業が取り組みの遅れも含めて正直に発表すると、NGOも単なる批判ではなく、NGOの視点から補強する発言をし、研究者も専門的な知見から議論に加わった。全体として非常に建設的なダイアローグになっており、参加者にとっては、次の取り組みの方向性も見えてきたに違いない。例えばアムネスティとアップルが登壇したセッションは、こうした建設的な好事例であった。
アムネスティ・インターナショナルは、2016年1月、アップルなど世界の著名なICT企業が、コンゴ民主共和国で児童労働などにより不当に採掘されたコバルトを自社の製品に使用していた可能性があるとする調査報告書を発表し、大きな反響を呼んだ。金、タンタル等のように米国の法規制がある鉱物では、製品での使用を調査・報告する取り組みをしている企業も多いが、それ以外の鉱物は大手企業でも手つかずの状況だった。
その発表から10か月ほど経過したこのフォーラムのあるセッションで、アムネスティの「ビジネスと人権」のディレクターとアップルの調達責任者が席を並べ、この問題についてダイアローグが行われた。そこで分かったのだが、アップル社は、規制対象外のコバルトについても精錬所を100%追跡調査(アップル社発表)して評価を行っているとのことである。これはNGOが独自の調査により問題点を世の中に公表して社会的インパクトを与え、一方でアップルは求められた対応を「自主的」に行い、両者が人権侵害の問題として取り組んで一歩前進した好事例である。
「指導原則」では国家はビジネスにおいて人権を「保護」する義務が課せられているが、「ビジネスと人権」では国家も重要なプレーヤーであり、「指導原則」に則って国別行動計画(NAP)を策定することが求められている。2015年のG7エルマウ・サミットの首脳宣言にもこのことが盛り込まれたものの、日本政府は明確な方針を示していなかったが、今回、NAPに関するセッションの中で、在ジュネーブ日本政府代表部大使は、「指導原則」を強く支持すると共に、その実施に向けて今後とも努力し、近い将来に(in the coming years)NAPを策定することを表明した。策定過程で企業や市民社会の声を聞き、責任あるビジネス活動を奨励するためにバランスのとれた計画内容にしていくとの発言もあった。日本政府としても、GCNJなどからの参加者の多さに刺激され、このような前向きの発言になったものと思われる。
今回は日本からの参加者が増え、ディスカッションを通じて日本のプレゼンスもそれなりにアピールできたものと思われる。一般論としてやはり言語のバリアもあり、日本は国際会議で存在感を発揮することが苦手だが、今回は参加者が分散してセッションに参加し、質問などを通じて日本からの参加者の存在を多少とも感じてもらえたものと思われる。
このフォーラムでは、国連グローバル・コンパクト(UNGC)とローカル・ネットワーク(GCLN)主催のセッションも設けられ、GCLNのメキシコ、オランダと共に、日本からは住友理工株式会社CSR部CSR推進室の鈴木美波子さんに、自社の「ビジネスと人権」に関する取り組みについて発表していただいた。セッションでは質問も活発に出され、GCNJメンバー企業の取り組みを知っていただく良い機会となった。
フォーラム開催期間中は、実際に会場のいたる所で名刺交換や意見交換が行われ、日本と世界との「ネットワークング」の場としても非常に有意義なものになった。
フォーラムは回を重ねることに参加者が多くなっており、世界で「ビジネスと人権」の取組みが定着しつつある現れであることは間違いない。2017年も11月27日~29日に開催され、テーマも「救済(remedy)へのアクセス」とすでに決まっている。ただ、日本からの参加者は全体からみればまだまだ少なく、今後は、企業、市民社会、大学・研究機関はもとより、日本経団連や連合も参加を検討すべきである。実際に参加して世界の「ビジネスと人権」を肌で感じるのと、ただ報告書を読むのとでは大きな違いがある。ラギー教授が基調講演で言っていた「人権はビジネスへのリスクではなく、人びとへのリスクである」ことを肝に銘じながら、今後とも企業のみならず、様々なステークホルダーがこの問題に取り組んでいくべきであり、このフォーラムに参加することがその第一歩になるかもしれない。