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国際人権ひろば No.133(2017年05月発行号)

特集 不寛容化する社会・グローバルな視点

韓国におけるヘイトスピーチの実態 ―国家人権委員会による初の調査報告より

イ・ジュヨン(Joo-Young Lee)
ソウル大学人権センター1 専門委員

調査の目的、対象者、方法

 2017年2月19日、韓国の国家人権委員会2は、「ヘイトスピーチ(嫌悪表現3)の実態と規制方策の実態調査4」の報告を公表した。筆者は、研究チームの一員としてヘイトスピーチに関する国際基準や他の国々の関連する法律について執筆したが、ここでは、実態を中心に報告する。

 韓国では、女性、性的マイノリティ、障害者および移住者を対象にした「ヘイトスピーチ」がオンラインでもオフラインでも頻繁に起こっている。さらに韓国での出身地、経済状況、宗教に基づいたヘイトスピーチがおきていることも明らかになった。

 韓国のヘイトスピーチは2010年頃、ウェブサイト「イルベ(「日刊ベストストア」の略)」上で、女性、全羅道出身者(1981年の光州民主化闘争の被害者やその遺族を含む)や民主化や平和運動を推進する人たちへの嫌悪や憎悪をあらわにしたり、煽動する投稿が懸念を引き起こして以来、大きな社会問題となった。保守的なキリスト教徒の「反性的マイノリティ」発言も強くなり、国や自治体による性的指向や性自認を含む差別禁止の制度化が阻まれた。

 今回の調査は、ヘイトスピーチの実態を明らかにし、規制措置を検討することを目的として行われた。計1,014人がオンライン調査に参加し、さらに、ヘイトスピーチの及ぼす影響を理解するために、ヘイトスピーチを受けたという20人に面接調査を行った。先行研究やメディアの報道をもとに、オンライン調査の主な対象者として性的マイノリティ、障害者、移住者および女性の4つの集団を選んだ。ヘイトスピーチやその対抗措置に関する考え方を明らかにするために、いずれの集団にも属さない男性206人も調査対象とした。

 研究チームは分析のために、表現を4つのカテゴリーに分類した。(1)差別的ハラスメント、(2)差別および/または憎悪を意図または示唆する表現、(3)公然と行われる侮辱、蔑視、軽蔑または脅迫、(4)憎悪の煽動である。4つのカテゴリーに分類されているが、共通するのは、差別が禁じられる事由、たとえば人種、民族、国籍、ジェンダー、性的指向と性自認、宗教や障害に関わった表現が行われていることである。

 また、この分類は異なる種類のヘイトスピーチにどのように対応するかを検討するためのものであって、必ずしも個人や集団がどのように「ヘイトスピーチ」を理解するかとは一致しない。

4つの集団に向けられたヘイトスピーチ

 女性を蔑視する表現には、韓国の女性一般を非難する「キムチ女」などの表現や、女性の外見、年齢、能力やセクシュアリティに関する侮蔑的表現が含まれていた。特に、女性を生殖器や性行動と関連づける軽蔑的な表現は、しばしば性暴力を示唆する表現を伴い、女性に対する差別および暴力を正当化し、煽動する効果をもつ。そのような表現は女性に性暴力の潜在的可能性に対する恐怖や不安をもたらす可能性が高い。

 性的マイノリティに対するヘイトスピーチはしばしば「汚い」「むかつく」「動物のような」という形容詞を含み、性的マイノリティを避けるべき、拒絶されるべきものと描写する。また、これらの表現はしばしば性的マイノリティを「病気」「精神病」「変態」または「罪」と関連づけ、性的マイノリティが病気を広めて、家族、教会および国家を破壊する人であって、治さなければならないという物語を広める。極端な表現には「追放しろ」「殺せ」などもある。このような表現は性的マイノリティの存在やアイデンティティの否定または差別や暴力を正当化または煽動する効果がある。

 障害者に対するヘイトスピーチは、しばしば障害を「気味が悪い、または臭う」もの、さらには「消してしまわなければならない」ものと関連づける。社会参加している障害者は「我々市民」に面倒をもたらすという偏見にさらされ、そのような考え方が障害者を市民社会から排除しようとする。精神病を患う人は危険で、社会に害をもたらすという中傷を特に受けやすく、しばしばその人たちには権利や自由を制限されてもよいという議論が起き、社会の中での孤立が続く。

 排外的な表現には、特定の外国人または移住者集団を「汚い」「うるさい」「臭う」と描写し、避けるべき人たちであると示唆することが多い。「文明的でない」「無知」「怠惰」と同時に「金が欲しくて仕方がない」というような形容も彼・彼女たちを軽蔑し、非難するために使われる。排外的な発言の例として移住労働者、結婚移住女性、国際結婚の子ども、イスラム教徒や肌の黒い人を対象とするものがある。極端な例では、特定の国の出身者を潜在的な「犯罪者」や「テロリスト」と呼び、韓国人の保護と犯罪防止のために彼・彼女たちを管理または追放しなければならないと主張する。このような表現は憎悪と差別の煽動である。

ヘイトスピーチのもたらす被害と回答者の望む対処法

 オンラインのヘイトスピーチは、対象となった集団の社会生活への参加に萎縮効果をもたらすことが見られた。女性、障害者、性的マイノリティの回答者の過半数がヘイトスピーチを経験したことによって、オンライン上の投稿などをやめたり、ヘイトスピーチにさらされたことのあるオンライン・コミュニティを訪れることをやめたと述べた。また、高い割合で5、自分たちのアイデンティティによって非難されることを恐れていると答えた。

 いずれのマイノリティ集団にも属さない男性を含む全ての集団で、回答者はヘイトスピーチの規制について肯定的であった。回答は、異なる規制手段の中から複数選択する方法を採った。ヘイトスピーチに対処する方法としてすべての集団が、差別禁止・是正する機関による規制が最もよいと答えた。オンラインのヘイトスピーチの対策として次に望ましいとされたのがプロバイダー業者の規制である。ヘイトスピーチの犯罪化を支持した回答者が、最も少なかったが、それでも回答者の60%以上であった。

韓国におけるこれからの方策を考える

 在日コリアンに対するヘイトスピーチの事件や裁判は韓国でも報道されている。調査のために2016年に制定された「ヘイトスピーチ解消法」と大阪市の「ヘイトスピーチ対処条例」を読む機会があった。同法および同条例はどちらも罰則規定がないし、教育や相談のための具体的な規定がないために、抑止の実効性について、また被害者の救済について批判を集めていることが知られている。同時に、少なくとも同法および同条例は市民にヘイトスピーチが決して許されるものではないという明白なメッセージを発するものである。韓国においてヘイトスピーチに対する法律がないことを考えると、日本における立法の取り組みはヘイトスピーチおよび人種差別に対する明らかな前進であろう。

 韓国の実態に戻ると、ヘイトスピーチに対する適切な対応はどのようなものか、国家人権委員会の役割は何か。国家人権委員会は調査研究チームの提案を検討し、ヘイトスピーチの蔓延を防止するための適切な措置を、関連する専門家および市民団体と協議して準備すると述べた。規制のためには、ヘイトスピーチの定義を再検討しなければならないが、ヘイトスピーチは国際人権法に沿って法律によって禁止されなければならない。ヘイトスピーチが引き起こす被害の深刻さ、および規制の目的を考慮して、異なる規制の方法が考えられる。第一歩として、包括的な差別禁止法を制定し、ヘイトスピーチに関する規定を入れることが考えられる。社会に根深く残るマイノリティに対する偏見や差別に対抗するために個人をエンパワーする人権教育の重要性を強調しすぎるということはない。

 

(翻訳 岡田仁子)

 

1:ソウル大学人権センターは2012年に設立。大学内の人権とジェンダー平等の意識向上、人権の研究や調査の拠点である。

2:韓国国家人権委員会は2001年、人権保護のための国家機関として設立された国内人権機関である。委員会の主な任務は、人権に関する調査、政策提言、差別および人権侵害の救済、人権教育、および国際人権諸条約の実施促進とモニターである。

3:「嫌悪表現」とは、韓国では個人、または特定の集団を侮辱、嘲笑、蔑視、威嚇、または攻撃する口頭および書面の表現を表す一般的な用語である。嫌悪表現とヘイトスピーチは同義語ではないかもしれないが、「ヘイトスピーチ」も法規制のためには定義が必要な緩やかな概念である。

4:報告書『ヘイトスピーチ(嫌悪表現)の実態と規制の在り方の研究』(国家人権委員会、2016年12月発行)
<韓国語>は下記サイトからダウンロード可
http://www.humanrights.go.kr/site/program/board/basicboard/view?boardtypeid=24&boardid=7600629&menuid=001004002001

5:性的マイノリティの84.7%、障害者の70.5%、女性の63.9%、移住者の52.3%。