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国際人権ひろば No.134(2017年07月発行号)

じんけん玉手箱

IT時代の出会いとつながり

阿久澤 麻理子(あくざわ まりこ)
ヒューライツ大阪理事

 子どもたちが独立し、毎晩のあわただしい食事作りから解放されると、一人で外食をする機会が増えました。2015年の国勢調査では、ひとり暮らしの世帯が全体の3分の1を越えていますから、全国的にも「一人で食べる」人は増えているのでしょう。

 しかし、ヒトの進化の歴史からみると、孤食の歴史は浅いのです。行動生態学者の長谷川眞理子によると、狩り採取も人間は一人ではできないので、食料は皆で分け合い、調理には火が必要でも火起こしは大仕事なので、斯くしてみんなが炉の周りに集まって食べることになったものの、現代においては、ライフスタイルが変化し、電子レンジや冷凍・加工技術も進み、その上ペットボトルも普及したので(お茶だって、みんなでお湯を沸かす必要がなくなったのです)、皆が同じ時間に集まって同じものを食べる必要はなくなった、といいます1。これは食事に限ったことではありません。IT技術の進歩によって、教育でも労働でも、一人でできる領域が広がっています。

 一人でできることが増えると、人間関係の煩わしさから解放されたように感じますが、人が自己アイデンティティを築くには、他者との相互作用が必要です。人は他者と関わる中で「自分らしさ」を自覚し、また、集団への所属によって、「社会的アイデンティティ」を獲得するからです。ですが、それは現代社会においては、あんがい難しいのです。地縁・血縁を土台にした近代以前の共同体なら、その人が「どこの誰であるか」は共同体のメンバーには自明のことで、地域社会や所属する職能集団によって、その人の役割もおのずと決められ、承認されていました。しかし、封建的な共同体の縛りから自由になった現代人は、逆に自分から「私はこんな人間だ」と他者にアピールし、他者からの承認を得なければならないのです。それゆえ「自分らしさとは何か」と考えこみ、人間関係に悩むことになるのです。

 インターネットはこうした悩みに対して、技術による解決をもたらしてくれました。ポケットの中のスマートフォンから、無数の他者に向けて自分の考えを発信し、反応も得られるようになったからです。しかしそれだけではありません。インターネットはさらに進化し、利用者のプロファイリングを行うようになりました。プロファイリングとは、あなたのオンライン上での行動―ウェブサイトの閲覧や買い物履歴、「いいね!」ボタンを押したりツイートしたこと、さらにはその時の位置情報まで―を収集し・分析し、あなたという人物像を描き出すことです。「自分の趣味にぴったり合う商品」広告がネット上に現れたとしたら、それは偶然ではありません。プロファイリングがマーケティングに活用されているのです。また、Facebookは、利用者の中から、あなたと共通の友人がいる人を探し出し、「知り合いかも?」と示し、つながるきっかけを作ってくれます。アルゴリズム(コンピューター上の計算)が、ネットという大海の中から、「あなたに合った」商品も、友だちも選んでくれるようになったのです。

 一方、アルゴリズムは類似性のある人をつなげてくれますが、考え方や行動に共通点がない人を排除します。インターネットには、人びとを分断する力もあるのです。しかし、同じ考えを持つ人ばかりが寄り集まり、ネット上での相互行為を繰り返せば、考えや主張はどんどん先鋭化、過激化していくのではないでしょうか。ヘイトスピーチにあてはめて考えてほしいと思います。

 さて、2016年3月、米国のマイクロソフト社は、Tay(テイ)と名付けた人工知能を公開しました。Tayはユーザーが話しかけた内容に対して意味のある返事をするオンラインロボットで、19歳女性という設定でした。ツイッターなどを通じた若者との会話や、ユーザーからの質問に回答することによって、言葉と会話を学び、洗練されたコミュニケーションを図れるようになると期待されていました。ところが公開からわずか16時間で、Tayは公開停止に追い込まれました。会話を重ねるにつれ、Tayは過激なレイシストに豹変し、仰天するような性差別・人種差別ツイートを繰り返したからです。それは誰かが、こうした言葉を教えこみ、それが繰り返されたからでしょう。人間のモラルとIT技術が組み合わさることで何が起こるのか、オンラインの「つながり」とは何か、再考を迫る出来事です。

1:2017年6月4日掲載、毎日新聞「時代の風」