アジアの窓
在日コリアンであること、女性であること、シングルマザーであることが、時には重なりあって、平等な機会を否定されたり不利益を被ったりするなど、その人の人生を生きづらいものにする。私自身もその当事者であったが、2014年6月から2016年1月にかけて、当事者たちのインタビュー調査をおこなう機会を得た注。こうした複合的な差別の状況を少しでも見える形にしたいと願ってきたが、このたびその結果をまとめた。ここではその概略と語り手たちの経験と思いの一部を紹介する。
インタビュー対象者は、国籍にかかわらず在日コリアン女性であると自認し、18歳以下の子どもを育てている(育てた)人である。私のツテをたどる機縁法によったが、インタビュー協力者を探すのに時間とエネルギーが必要であった。在日コリアンのシングルマザーの人数は、日本人のシングルマザーに比べて段違いに少ないし、さらに民族的アイデンティティをオープンにし、かつ差別体験などを他人に話せる人は限られる。当事者にたどりついても「思い出したくない」「インタビューで記録されるのはいや」と断られた。
20人という目標には届かなかったが、離婚の経験者15人、死別の経験者2人に協力をいただくことができた。結果的に大阪府内、特に在日コリアンの多住地域である大阪市内に協力者が偏った。それは在日コリアンが点在している地域のコリアンと出会うことが難しいということでもある。こうした結果をふりかえると、どういう人が協力してくれたかがみえる。つまり複数の困難に直面しつつも、それに押しつぶされず、自分と子どもの生活を守り、生き抜く道を拓こうとしたバイタリティあふれる人たちである。
年齢は50代が一番多く、8人であった。50代から下の年代は在日3世で、60代の3人はすべて2世の離婚の経験者であった。また40代が3人、30代が3人であった。
以下の報告は、離婚を経験した人に絞って、インタビューから見えた生きづらさについていくつか特徴的なことを挙げる。15人は経済状況も家族の事情もそれぞれに違い、経験も多様であった。一方でわずか15人とはいえ共通点も感じた。在日コリアンだからこそというものもあるし、シングルマザー全体に共通する点もあった。
〇 ひとりで子育てをする母親の苦労を知る
自身の親が離婚や死別を経験している人が15人中8人(離婚7人、死別1人)で、いずれも母親に養育された。母親だけの働きでは経済的な基盤が弱く貧困を経験したり、長時間労働によって家計を支えたりしたことが話された。在日コリアンにとって日本人社会での就労が今よりさらに難しい時代に、さらに女性が収入を得られる仕事を探すことは至難の業であったはずである。母親の職業は焼肉屋や民族服の縫製など在日コリアン社会を対象にしたものが多かった。「ずっと働いてきた」「いつも仕事をしていた」という母親の姿を複数の人が語っていた。
〇 恋愛や結婚にいたるパートナー選択の困難
離婚の前提に結婚がある。その結婚相手は、初婚で在日コリアンと結婚した人が10人(1人は「帰化」した男性、1人は母親が日本人で父親が在日コリアン)、日本人と結婚した人が5人で、離婚後に再婚して二度目の離婚をした2人はどちらも相手が日本人であった。
在日コリアンの結婚のパートナー選択には障壁が立ちふさがってきた。日本人が自分たちの親族の中に在日コリアンを受けいれようとしない差別意識の壁であり、逆に、「家長」が家族の結婚に干渉するという在日コリアン社会に残る儒教的家父長制意識の壁である。すでに在日コリアンの圧倒的多数は日本人と結婚しているし、ひと昔前の周囲からの「結婚圧力」もあまり聞かれなくなった。しかしインタビューでは、二人は結婚を誓ったのに相手の両親の反対で心変わりされるなど、つらい経験をした話も複数あった。それ以前に、日本人と恋愛することを自己規制したり、父親からの強いメッセージに従い在日コリアンと結婚するしかなかったという話もあった。
〇 経済的困難の中での子育て
2011年の厚生労働省の調査によると、母子家庭の母の平均就労収入が年間181万円、父子家庭の父は同360万円で、同年の民間給与実態録計調査による会社員の平均給与所得(女性269万円、男性507万円)と比べて大きな格差がある。また、同居親族を含む世帯全員の平均収入は、母子家庭291万円、父子家庭455万円である。こうした調査には在日コリアンも含まれているはずだが、国籍別の統計が公表されていないので、在日コリアンと日本人とのデータ比較はできない。ところで、15人が回答した世帯全員の年間収入を集計すると、150~200万円未満1人、200~250万円未満3人、250~300万円未満3人で、一番多くても600~700万円未満が2人(本人は、150~200万円未満が1人、500~600万円未満が1人)であった。本人の就労収入だけなら300万円未満の人は7人であり、本人の就労だけでは子育てにかかかる費用などを考えると経済的な余裕がない人が多い。
国際人権諸条約の批准と市民運動の成果によって、日本の公的な福祉制度や行政施策に関しては、外国籍住民と日本人との処遇の差は一部を除いてなくなった。しかし、その制度や施策自体が、ひとり親家庭の困難を解決するには不十分であると指摘されている。
〇 養育費はあまり受け取っていない
子どもを養育しない側(元夫)が養育費を支払う義務があるはずだが、日本全体では、養育費を受け取る人は全体の19%であるという。今回、受け取っている(受け取った)人は15人中4人で、子ども1人当たり月1万5千円~3万円程度である。養育費代わりに自宅(所有権は元夫)を使うことに同意した人が2人いた。離婚の際に公正証書を作成したが、相手の経済状態が悪くなって現在は受け取っていない人もいた。受け取らない主な理由は、「(相手の経済的困難で)受け取れない」、「関わりたくない」という回答であった。また一番下の子どもが成人するのを待って離婚した人がいた。
養育費を受け取っていない人の多くは、結婚を続けていたときから元夫に経済的な部分を期待できないどころか、経済的な困難をもたらされていた。離婚の理由として9人が経済的破綻(事業の失敗、ギャンブル、浪費、働かない)を挙げ、元夫が作った借金の支払いに苦労した話も複数に出てきた。
紙幅の関係で端折ったまとめになるが、シングルマザーは、マイノリティ集団に属さなくても、経済的な困難のみならず、精神的な負担感(一人で子育てする悩み、孤立感)など様々な生きづらさを持たざるをえない。そのほとんどは、インタビューを聞く限り、在日コリアンのシングルマザーにも共通する。在日コリアン女性は、さらに朝鮮半島のルーツがあるというマイノリティ集団に属するために、一人の生身の人間が複数の困難(差別、排除、不利益など)に出会う確率が、そうではないシングルマザーに比べて高いはずである。
その一方、離婚してから才能を開花させたり、得意な分野のスキルを磨いて収入を得たりしている人が複数いた。離婚したほうがよかったと断言した人も一人ふたりではなかった。結婚を継続できないと判断すれば、離婚は人生の選択肢の一つである。しかし、決して「在日コリアン」というエスニシティの特性によって日本人よりバイタリティが満ちあふれているわけではない。在日コリアンのシングルマザーの逆境を生き延びるエネルギーだけを評価すべきではない。あまりにも厳しい状況の渦中なら、こうしたインタビューに快諾する人はどれだけいるだろうか?
インタビュー協力者から、人はみな潜在する力があるということを学び、尊敬の念を抱きつつも、どんな家族であろうと、誰もが人間らしく生きることができる社会を主張することは、当然の人間の権利であることをもう一度確認したい。貴重な体験と思いを聞かせていただいたインタビュー協力者には再度感謝を記したい。
注:科研費助成事業2014年度~2016年度「ひとり親家族にみる社会的排除、複合差別、および、社会的支援に関する日韓の比較研究」(研究責任:神原文子・神戸学院大教授)に研究協力者として加わる。