国連ウオッチ
2017年5月以降、デビッド・ケイ氏(意見および表現の自由)とジョセフ・カナタチ氏(プライバシーの権利)の二人の国連特別報告者からの勧告と日本政府の対応が話題となっている。国連特別報告者は、人権理事会に任命され、特定の国や地域における人権状況や、テーマ別に人権状況について調査、報告、勧告などを行う専門家である。筆者は2016年4月に行われたケイ氏の日本での公式調査訪問をサポートし、カナタチ氏とも話し合いを重ねるなど、両特別報告者への情報提供と意見交換を続けてきた。2017年6月の人権理事会も傍聴し、その後両氏とそれぞれ再度意見交換する機会があったので、それらを踏まえて報告をしたい。
特別報告者からの日本の表現の自由に関する勧告は、2013年の秘密保護法に始まる。国会で審議中の法案を筆者は友人と英訳し、特別手続1の通報制度を通してこの法案の危険性を通報した。それを受けて当時の表現の自由に関する特別報告者であったフランク・ラ・ルー氏が国際人権基準に照らして「秘密に指定できる定義があいまいである」「ジャーナリストにも重大な刑罰が課される危険性がある」などの問題点を指摘した公式声明を政府に対して発表した。その数日後には国連での記者会見で当時の人権高等弁務官のナビ・ピレイ氏が「懸念が残るなか成立を急ぐべきではない」と厳しい指摘をした。
この公式声明について国会で安倍首相は「だいぶ誤解しているようですね」と答弁し、ピレイ発言には自民党議員が激怒し、罷免要求や拠出金差し止めなどをすべきだと言ったと伝えられている。実際その後、日本政府は人権高等弁務官事務所への支払いを1年間止めている。
これらの秘密保護法への警告は国際人権基準に基づくもので、ラ・ルー氏の後任者のケイ氏も同様の懸念を引き継ぎ、2016年4月の公式訪問でも時間を割いて政府当局にも聞き取りをしたが、「懸念は払しょくされなかった」とした。例えば、日本政府は秘密保護法25条が規定する重大な刑罰をジャーナリストに課すことは意図していないというが、それなら法律を改訂してそのように明記するべきである、と勧告している。
公式訪問では秘密保護法以外にも多様な問題を調査し、2017年5月末に公表された訪日報告書2に勧告が盛り込まれているが、その一つが「メディアの独立」についてである。2016年2月高市総務大臣が「政治的公平性」を欠く放送を繰り返した場合の電波停止の可能性について発言し、2014年の解散総選挙では、自民党が選挙報道に対する「選挙期間中の報道メディアの不偏性,中立性,公平性の保護の要請」と題した書簡をすべてのテレビ局に送るなど、メディアへの直接的、間接的な圧力が観察されてきた。2017年3月に発表された米国務省の人権報告書も高市発言に触れて、安倍政権によるメディアへの圧力強化に懸念が強まったと指摘している。
ケイ氏は日本国政府に対し、報道の独立性を強化する観点から,放送法第4条の見直し・撤廃、および放送メディアに関する独立規制機関の枠組み形成を勧告している。加えて、記者クラブ制度の問題を指摘し、もっと広範囲にジャーナリストが参加できるようによびかけ、メディア関係者が会社の枠を超えた連帯を強める専門家の組織を形成することを奨励し、6月12日の人権理事会で報告した。それに対して伊原純一大使が、「日本国憲法は表現の自由を保障している。わが国の説明や立場に正確な理解のないまま記述されている点があることは遺憾だ」と反論した。
これに先立ち、5月18日カナタチ氏は共謀罪の創設に関して安倍首相にあてた書簡で、共謀罪を立証するためには監視を強めることが必要となるが、プライバシーを守るための適切な仕組みを設けることは想定されていないことからプライバシーや表現の自由を制約するおそれがある、などと指摘した(同氏が参考にした英訳に一部不足があると共謀罪創設を支持する弁護士などが指摘したが、その後の補足訳に基づいても憂慮は全く変わらない、と彼は説明している)。この書簡に対して日本政府は強く抗議する文書を数時間以内に送り返した。しかし、カナタチ氏は、怒りの言葉が並べられているだけで書簡への質問に一切答えていないものであると反論した。このやり取り3および日本政府の対応は海外メディアも広く取り上げた。
政府は2017年5月30日の閣議決定で「特別報告者の見解は、当該個人としての資格で述べられるものであり、国際連合又はその機関である人権理事会としての見解ではないと認識している」という見解を示したのだが、これは日本政府自身の国際社会への以下の宣言などとも矛盾するように思われる。
2016年、日本は人権理事会の理事国として再選され、2017年1月1日から3年間にわたり理事国を務めることとなったが、同年7月、理事国選挙に際して公表した「世界の人権保護促進への日本の参画」では「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や特別手続の役割を重視。特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため,今後もしっかりと協力していく」と宣言しているのである。
加えて、2017年4月には、北朝鮮の人権状況に関する前特別報告者(2010年8月から2016年7月)のマルズキ・ダルスマン氏に旭日重光章を叙勲している。そして6月の人権理事会では新たに「ハンセン病に関する特別報告者」が設置されたのだが、そのイニチアチブは日本政府であり、その貢献をアピールしている。
特別報告者は日本を含めた人権理事会から任命されているため、その発言は、権威、地位、正当性をもっている。国益に沿うものや理事会での影響力を発揮できる分野は重視する一方、気に入らないものは無視、または抵抗し抗議するというのは、国連の人権制度を認めないというに等しいと受け取られるであろう。つまり理事国としての適性を評価されるときにも影響するだろう。
先日の筆者との会合で、カナタチ氏は特別報告者の任務について次のように説明した。国連特別報告者は、すべての人々にとって「友人」のような立場にある。その「友人」というのは「必要な時は批判もする友人(critical friend)」のことで、ある人が危ないことをして傷つきそうなとき、それは危険だ、ということを伝えなければならないと思っている友人である。
カナタチ氏は「そのような友人として日本に警告を与え、他の国に対しても全く同様にしてきた」という。例えば、2015年11月には英国政府に対して、国会に提出されていた捜査権限法案について「恐ろしいよりも悪い(worse than scary)」と厳しく批判し、メディアも大きく取り上げた。その後、法案は2016年に成立したが、それまでに法案には最低限ではあるが改定が加えられたという。
しかし、他の民主国家の政府と比べて、日本政府の態度・対応が異なるので驚いているのだという。メディアが取り上げた5月のやり取り以降も何度か日本政府に連絡をしたが、2017年7月末時点で書簡に対するきちんとした回答は得られていないし、条文の公式訳も送られてきていないということである。
特別手続に関する行動規範(人権理事会決議5/2)は、加盟国がすべての情報を適時に提供し、特別報告者からの通報には過度の遅延を伴わず応答して協力するよう要請している。政府は公式訳を迅速に作成して提供し、書簡の質問にきちんと答えるべきである。
特別報告者は国際人権基準に基づいて締約国に警鐘を鳴らすのであり、基盤のない個人的な意見を述べているのではない。プライバシーの権利は世界人権宣言12条や市民的・政治的権利に関する国際規約(自由権規約)17条に、そして表現の自由は世界人権宣言と自由権規約の19条にそれぞれ規定されている。日本は規約の締約国としてこれらの人権を保障する義務がある。特別報告者の勧告は締約国がよりよく人権義務を実施するための指針となるものだ。耳の痛い提言にも耳を傾けて真摯に対応する必要がある。そしてそのような成熟さが、国際社会での評価にもつながるのではないか。
1:特別手続は、特別報告者などがNGOや被害者などからの情報を活用して人権侵害に対処する手続き。
2:日本語訳は外務省のサイトに掲載。
(http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000262308.pdf)
3:書簡の日本語訳と関連情報は、OurPlanetTV(http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2129)、日本の表現の自由を伝える会(https://hyogen-tsutaeru.jimdo.com/)のサイトに掲載。