特集 人権につながる様々な教育の取り組み
2005年から2014年までの国連「ESDの10年」の後、ESDの後継プログラムとして「グローバル・アクション・プログラム(GAP)」が発表された。また、2015年9月の国連総会では、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」と2030年までの達成をめざす世界共通の目標「持続可能な開発目標(SDGs)」が発表された。SDGsには17の目標と169のターゲットがあり、その中のSDG4は「教育目標」で、ターゲット4.7の指標には、ESDとグローバル・シティズンシップ教育(GCED)が明記されている。本稿では、「ESDの10年」以降の教育目標とその達成について考察する。
GAPは、「ESDの10年」の最終年に名古屋で開催された「ESDユネスコ世界会議」で発表され、その後国連総会で決議された。持続可能な開発に向けてスピードアップしていくために、「教育の再方向付け」と「教育を通した持続可能な開発の促進」を目的とし、5つの優先分野(「政策的支援」「機関包括型アプローチ」「教育者」「ユース」「地域コミュニティ」)も提示している。
これを受けて日本政府も「我が国における『ESDに関するグローバル・アクション・プログラム』実施計画(ESD国内実施計画)」を発表した。しかし、ESD国内実施計画には、GAPで重視されていた「教育の再方向付け」は明記されておらず、ESDを通してどのような社会を構築していくのかは示されていない。
GAPの5つの優先行動分野はそのまま、ESD国内実施計画にも記載されているが、実施事項として提示されているものの多くは既存のプログラムで、今までのESDプログラムの延長上にあり、新しさは感じられない。また、GAPは全国各地の個人・団体において計画・実施・評価していくことが求められているが、そのための情報や資金面の支援は十分ではない。2015年から2019年までを最初の実施期間としており、2017年3月にはカナダのオタワでGAPレビューフォーラムが開催された。2019年にはGAP自体の見直しが行われる予定である。ESD国内実施計画の評価のプロセスは明確になっていないことから、筆者の所属する開発教育協会(DEAR)は、ESD円卓会議やパブコメを通した提案書などにより、ESD国内実施計画の点検、評価における市民の参加を主張している。
SDG4「教育目標」は、「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を促進し、生涯学習の機会を促進する」ことをめざしている。特にターゲット4.7は、「2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シティズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、すべての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする」と記載された。ESDや人権教育、グローバル・シティズンシップ教育(GCED)をすすめることが、「質の高い教育」につながると認識されている。
さらに、SDGターゲット4.7の達成度を測る評価指標は、以下のような画期的なものになった。「ジェンダー平等及び人権を含む(ⅰ)グローバル・シティズンシップ教育、(ⅱ)持続可能な開発のための教育が、(a)各国の教育政策、(b)カリキュラム、(c)教師の教育、及び(d)児童・生徒・学生の達成度評価、すべての教育段階において主流化されているレベル」。GCEDやESDが、従来の教育に新しく付け加えられるのではなく、教育の核として位置づけられ、教育政策やカリキュラムの内容、達成評価を含めた教育自体を大きく組み替えていくことを提起している。それは、GAPでも重視している「教育の再方向付け」でもある。
他の多くの目標と同様、SDG4「教育目標」を決めるには、長い交渉期間があった。もともとユネスコでは、途上国を対象とした「Education For All (EFA)(万人のための教育)」の取り組みと、先進国を中心とした教育活動である「ESD」の取り組みがあり、両者の統合が図られていた。筆者は2015年、その交渉の最終舞台であった「ユネスコ世界教育フォーラム」(於:韓国、仁川(インチョン))に参加した。その中で一番印象に残ったのは、SDG教育目標の草案となる「2030年教育行動枠組み」と「仁川宣言」の策定プロセスにおいて、準備の段階から市民社会の参加が重視されていたことである。そこには、教育目標は、現状を知り経験豊富な市民社会が協力して進めないと達成は不可能であり、市民社会が目標達成の重要なアクターとして位置づけられていた。
教育目標4、ターゲット4.7の評価指標に、ESDと並列で提示されているグローバル・シティズンシップ教育(GCED)は、2012年に、当時の国連事務総長である潘基文が発表した“Global Education First Initiative”(「グローバル教育最優先イニシアチブ」)の3本の柱の一つにGCEDが掲げられたことから重視されるようになった。GCEDの目標は次のように述べられている。「国際的な諸問題に向き合い、その解決に向けて地域レベル及び国際レベルで積極的な役割を担うようにすることで、平和的で寛容な、包括的、安全で持続可能な世界の構築に率先して貢献するようになることをめざすものである」注1)。
ユネスコは「1974年勧告」(国際理解、国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由に関する教育に関する勧告)に代表されるように、地球的課題を扱う教育を包括的に捉えて提案・実施してきた。GCEDとESDは資金の出所が異なることから、ユネスコの中でも別々に扱われることが多いが、新しい教育目標をきっかけに一緒に議論するべきであろう。
ユネスコは、定期的に行っている「1974年勧告」の国別協議報告を利用し、ターゲット4.7の達成を測る試みを行っている。データが限られており一概には言えないが、集まったデータにおいて、ESDよりもGCEDの概念のほうが、教育政策に反映されている割合が高いと報告されている注2)。GCEDは欧州を中心として、幅広く取り組まれていることや、平和や非暴力、社会正義などの概念が、ここ数年でますます重要になってきたことも理由として挙げられている。一方でESDの概念は、気候変動や環境問題への意識に偏ることが多く、GCEDよりも限られた概念となっているので、教育政策に反映されているかを測るのは難しい。日本政府は今までの流れから、国内の取り組みとしてはESDを重視しているが、今後は、SDGターゲット4.7の推進として、GCEDの概念も教育内容や政策に取り入れるよう、政府に働きかけることができるだろう。
市民社会や教育関係者の提案により、2020年から施行される新しい学習指導要領の中央教育審議会答申にSDGsが明記された。しかしながら、新学習指導要領では、学習内容は大幅に増やされ、子どもや教師の負担も増えることが予想される。ESDやGCEDが内容として足されるのではなく、平和や持続可能な社会、人権や共生という価値を教育政策や学習環境に反映させていく必要がある。例えば、多様な背景を持つ子どもたち一人ひとりが、安心して主体的に学べる環境をつくることは喫緊の課題である。
既に国際会議では、目標や政策の策定、評価のプロセスの中心に市民社会が入って進められていることから、日本においても、教育目標や政策の策定・実施・評価に市民社会の参加を進めていく必要があるだろう。
「ESDの10年」の残された課題として指摘されていた、「ESDの政策と実践が適切にリンクしていない」「教育及び持続可能な開発のアジェンダの主流にESDが盛り込まれていない」ことは、SDGターゲット4.7の達成と密接につながっている。国際的なお墨付きを糧に、国内の教育政策や、現場の実践において「GCEDやESDを教育の中心に据えること」を、多くの方々と連携してすすめていきたいと思っている。
注1:UNESCO, Global Citizenship Education-Preparing learners for the challenges of twenty-first century, 2014
注2:UNESCO, Historical efforts to implement the UNESCO 1974 Recommendation on Education in light of 3 SDGs Targets, 2016