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国際人権ひろば No.139(2018年05月発行号)

特集 国際社会からみた日本の人権課題

検証:国連人権理事会における第3回UPR日本政府審査・結果

北村 聡子(きたむら さとこ)
弁護士

UPRとは

 2017年11月、UPR(普遍的・定期的審査)と呼ばれる国連人権メカニズムに基づき、日本の人権状況に関する定期審査が行われた。UPRとは、2006年に国連人権理事会の設置に伴い導入された制度で、全ての国連加盟国(193カ国)が互いに人権状況を審査しあう仕組みである。

 UPRの最大の特徴はこの「相互審査」の点にある。審査する側は、条約機関の委員や特別報告者のような専門家ではなく、他国の政府であるため、そこで出される勧告は自ずと、審査される国(以下、「被審査国」)が他国に比べて遅れている人権分野に集中することになる。その意味でUPRは、被審査国が国際水準に照らして特に遅れている人権分野をあぶり出す、リトマス試験紙のような機能を有している。

UPR審査において基礎となる文書

 審査に先立ち、被審査国は自国の人権状況について政府報告書を提出する。またNGOも報告書を提出することができる。OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)は、複数のNGOから提出される報告書、および条約機関・特別報告者等が被審査国について作成した国連文書を、それぞれ一つ要約文書にまとめる。

 これら(1)政府報告書、(2)NGO報告書の要約、(3)国連文書の要約の3点セットが審査する側にとっての基礎資料となる。

審査の流れと、NGOの関与

 各国政府は、上記基礎資料の他に、被審査国にある自国の大使館や、ジュネーブにある政府代表部を通じて被審査国の人権状況に関する情報を収集している。よって、各国政府から自国に対して具体的で意味のある勧告を出してもらうためには、これら大使館や政府代表部向けにNGOがロビーイングを行い、正確な情報を、根拠に基づいて提供することが重要である。

 特に、審査の2カ月ほど前にジュネーブの国連本部内でUPR InfoというNGOの主催で行われる「プレセッション」では、事前登録した5つのNGOが各国政府代表部向けにプレゼンすることができ、また、このプレセッション期間中、上記5つのNGO以外にも多くのNGOがジュネーブに参集し、各国政府代表部と面談して積極的にロビーイング活動を行う。

 審査は、国連人権理事会のUPR作業部会で行われる。一国あたりの審査時間は3時間半で、この中で、被審査国と審査国が相互に対話を行い、最後に、審査国が被審査国に対する勧告を口頭で述べる。これらのやりとりや勧告をまとめた文書は、「結果文書」として、その後の人権理事会本会合にて採択される。人権理事会本会合ではNGOも意見を述べることができる。また、被審査国は、このときまでに各勧告をsupport(支持)するのかnote(留意)するのか、見解を表明する。

これまでの対日審査と勧告の内容

 日本はこれまで2008年、2012年、2017年の3回、UPRの審査を受けている。それぞれの審査で受けた勧告数は、26、174、217とうなぎ登りだが、問題は勧告の数ではなく、その中身である。

 すなわち、日本の場合、第1回審査から第3回審査まで、死刑制度の廃止、国内人権機関の設置、個人通報制度の導入、女性差別、人種差別といった分野に関して、数多くの勧告を受け続けている。つまり、これらの分野は、単に日本が他国に比べて遅れているというだけでなく、過去10年間、目立った改善が見られないということが浮き彫りになっているのである。

第3回UPR勧告の特徴

 第3回UPRの勧告を第2回目と比べると、以下の特徴が認められる。

(1)差別問題

 人種、国籍、性的指向等に基づく差別について禁止法の制定を求める勧告が4つから10に増えると共に、これまでなかった、ヘイトスピーチに言及する勧告が5つ出されている。2016年6月にいわゆるヘイトスピーチ解消法が施行されたが、他国からはその実効性が不十分であると認識されていることがわかる。

(2)女性差別

 雇用差別に関する勧告が2から13に増えた。そのうち賃金格差に関する勧告は1から7に増えている。日本の男女間の深刻な賃金格差の実情に対して、各国政府が厳しい目を向けていることがうかがわれる。

(3)福島の原発事故問題

 事故直後の2012年の審査では勧告数は1だったが、それから7年の歳月が経った今回、自主避難者に対する生活支援や医療上の支援を求める勧告など4つの勧告が出された。日本国内ではややもすれば風化しかねないこの問題に対して、世界から警鐘を鳴らされている。

(4)新たな問題

 第3回UPRではじめて勧告で取り上げられたテーマとして、ビジネスと人権(勧告数5)、メディアの独立(5)、核兵器・被爆者の問題(3)がある。

 メディアの独立については、表現の自由に関する特別報告者(デビッド・ケイ氏)が2016年4月に訪日調査を行い、日本ではメディアの独立が脅威にさらされている旨の報告文書を国連に提出したこと、核兵器・被爆者については、2017年7月に採択された核兵器禁止条約に唯一の被爆国である日本が参加しなかったことなどが影響したものと思われる。

日本政府はUPRの勧告を受け入れているのか?

(1)日本政府の見解

 日本政府は、第3回UPRで出された217の勧告に対する見解を、2018年3月1日付文書で公表した。

 それによると、国内人権機関、個人通報制度、人権教育、ビジネスと人権、人身取引、性的搾取、体罰禁止、男女平等、障がい者、移住労働者、福島の原発事故などに関する145の勧告につき「フォローアップすることを受け入れる(accept to follow up)」、国レベルでの同性婚の承認などに関する10の勧告につき「部分的にフォローアップすることを受け入れる(partially accept to follow up)」、死刑、慰安婦、核兵器禁止条約の批准、メディアの独立、代用監獄制度の廃止、被爆二世への被爆者救援法の適用拡大、朝鮮学校高校無償化などに関する34の勧告につき「受け入れない(not accept)」、差別禁止法の制定などに関する28の勧告につき「留意する(note)」としている。

(2)勧告の受け入れに向けて

 217のうち145の勧告について、日本政府が「フォローアップすることを受け入れる」と表明したと聞くと、それらを「受け入れた」、つまり勧告の内容を実現する意思があるかのごとき印象を受ける。しかし、残念ながらそうではない。現に、日本政府が今回「受け入れる」とした勧告のうち、国内人権機関の設置や、個人通報制度の導入、男女平等などに関する勧告は、過去2回の審査でも同様に「受け入れる」としてきたにもかかわらず、未だ実現していない。だからこそ勧告を受け続けているのである。

 このように、勧告に敬意を払っているようで、実は軽視しているかのごとき現象が何故起きるのだろうか。それは、日本政府が、勧告を「受け入れる」ではなく、あくまで「フォローアップすることを受け入れる」と表明しているに過ぎないからである。

 この言い回しは日本独自のものなのではないかという疑問を抱いた私は、第2回審査時における韓国、フィンランド、インド、オーストラリア、イギリス、南アフリカの政府見解を調べてみた。すると予想どおり「フォローアップすることを受け入れる」という表現を用いている国はなく、「完全に受け入れる(fully accept)」「受け入れる(accept)」「受け入れられる(acceptable)」「支持する(support)」といった表現が用いられていた。オーストラリアは、「受け入れる(accept)」と「留意する(note)」の間に「留意し検討する(note and will consider)」「留意するが検討しない(note and not consider further)」という細かな分類を用意しており、政府の誠意や正直さが感じられた。

 そうみていくと、日本の場合、「全面的に受け入れる」レベルから、「実行するかどうかは別にして、検討はする」レベルまでを含めて「フォローアップすることを受け入れる」と表明しているのではないかという強い疑問が生じるのである。他国の言い回しを参考にするならば、後者の場合は、「留意する(note)」や「留意し検討する(note and will consider)」と表明されるべきである。

 したがって、次回審査以降は、この「フォローアップすることを受け入れる」という妙な表現ではなく、率直に受け入れる勧告には「支持する(support)」「受け入れる(accept)」との表現を、強く反対まではしないが検討はする勧告には、「留意する(note)」「留意し検討する(note and will consider)」、検討する予定もない勧告には「留意し検討しない(note and will not consider)」といった表現を用いることで、日本政府が実際にUPRの勧告をどう受け止めているのかを明確にすべきである。

 本当の意味での「受け入れる(accept)」の数が増え、かつ、次回の審査までに勧告に沿った人権状況の改善が実行されたとき、日本は「人権大国」として国際社会で名誉ある地位を獲得することができるのではなかろうか。