特集 日本とヨーロッパの難民受け入れの現状
最先端の福祉を学ぶため、1998年にフィンランドへ留学した。2006年からNGOやヘルシンキ市福祉課で移民支援プロジェクトに携わり、2009年から約7年間、「フィンランド難民支援(Suomen Pakolaisapu)」というNGOでピアサポートによる多文化共生事業のチームリーダーを務めた。
フィンランドの面積は33.8万平方キロメートルで、日本より少し小さい国である。1700年代にスウェーデンの統治下にあったこともあり、公用語はフィンランド語とスウェーデン語で、ラップランド地方の先住民族であるサーミ人が話すサーミ語も、準公用語に指定されている。フィンランド統計局(1によると、1990年の人口は500万人弱であったが、2017年には550万人を超えた。フィンランドは日本と同じく少子高齢化の悩みを抱えているが、人口は増加傾向にある。移住者の増加がその理由のひとつだと考えられている。
フィンランドでは、多重国籍を認めており、国籍別統計と母語別統計を取っている。2000年前後の外国人人口は全体の約1.5%であったのに対して、2017年には人口の約7%を占めるようになった。2017年の母語別人口の割合は、フィンランド語88%、スウェーデン語5%、ロシア語1.4%、その他5.4%、サーミ語は1,992人と少数だ。
フィンランドは、1970年代にはベトナムやチリから、また、1990年代に入ると、旧ユーゴスラビアやソマリアからの難民を受け入れてきた。彼/彼女らの中には、母国へ帰国、もしくは、他国へ移住した者、また、フィンランド国籍を取得した者もいる。2015年の欧州難民危機の影響により、フィンランドにも難民が多く押し寄せた。2017年の人口調査によると、難民としてフィンランドに暮らす人の数はクルド人を含むイラク人が11,729人と最も多く、ソマリア人が6,677人、アフガニスタン人が5,792人、シリア人が5,290人と続く。
難民申請者数は、2000年代に入り年間3,000人前後となっていたが、2015年には約32,000人となり、その後は5,000人程度で落ち着いている。難民と認められ滞在許可を得た人は、2014年以前は年間170~500人前後であったが、2015年以降は急激に増加し、2016年には4,578人、2017年には2,528人となっている。一般的に申請の審査にかかる期間は1~4年と長期になるため、人道的保護として1~2年の期限付きの滞在許可を発行されるケースも多々ある。2015年に、難民申請者が急増し、難民認定・保護の手続き遅延に困ったフィンランド政府は、移民局の職員を約300人増員し、政府や自治体の委託事業としてフィンランド赤十字や一般企業が、難民申請中の人々を保護するレセプションセンター(2を増設した。それにより2015年以降の難民審査期間は1.5~6カ月に短縮された。
期限付き滞在許可取得後、申請者のすべてが正式に難民として認定されるわけではない。2015~2017年の統計をみると、難民申請者の合計43,173人のうち、難民認定は8,226人、人道的理由による滞在許可は5,182人、却下19,585人である。これとは別に、家族の呼び寄せという形で年間約1,000人が難民認定を受けている。
フィンランドへ入国してから難民申請を行う人々とは別に、フィンランドは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)経由で年間750人の第三国定住者(3を受け入れている。2017年のUNHCRの報告(4をみれば、約6千人を受け入れている隣国スウェーデンと比較すると、あまりにも少数である。しかしながら、フィンランドは、難民の中でも障害者や高齢者、また、母子世帯の難民受け入れに積極的で、福祉国家としての役割を果たしているともいえる。
実際、フィンランドではどのような難民支援が行われているのか。いくつかを紹介したい。行政のサービスとして、住居や当面の生活保護費支給や子どもの就学援助などに加え、滞在許可を得た満18~64歳までの難民に対して、約3年間の社会統合プログラム(5を提供している。フィンランド語学習に加え、文化や習慣を学び、進路や就労の支援を受けることができる。65歳以上は年金受給者となり就労支援の対象とならない。また、難民受け入れ態勢があるいくつかの自治体には、難民・移民支援専門の職員チームが常勤している。就学前、就学児童や生徒に対する学習支援も充実している。
NGOなどの市民社会団体や教会は、行政がカバーできないサービスを提供している。レセプションセンターの運営や、語学学習や就労支援を兼ねた実習先の提供、児童や青少年の放課後学習支援などを行っている。多くの団体が、EUや自治体、ギャンブル収益を福祉や教育に還元する協会の補助金を受けており、サービスのほとんどが無償である。
これらの団体の活動にとって、市民の支援への参加も重要である。主な活動としては、レセプションセンター内での語学学習支援、フィンランド人家族が難民の「里親」となるメンター活動、そして、ピアサポート活動がある。
「同じ経験をした者同士がお互いを支えあう」ピアサポートグループで、日々の生活から生まれる「なぜ」という疑問を通じてフィンランドについて学び、そうした活動を通して、彼ら自身が自発的にフィンランドで統合を達成していこうとする。グループのファシリテーターのスキルや個性がキーポイントとなるため、ファシリテーター養成もピアサポートグループ運営に不可欠である。多角的な視点で物事を捉えられるように、フィンランド人と、フィンランドで暮らす難民が、ペアで一つのグループを担当するのが、私たちのピアサポートの特徴である。
私の印象に残ったピアサポートの例を挙げておきたい。私がヘルシンキ市福祉課のソーシャルワーカーとして勤務していた際に、常にぶち当たる壁が火災保険の説明であった。私自身は、集合住宅に暮らしながら火災保険に加入することに抵抗はない。しかし、イスラム教徒の相談者から「保険加入は金銭の貸し借りにあたるので、私たちの宗教では加入できない」という言葉を何度となく聞いた。
その後、NGOでピアサポートに携わるようになり、「賃貸物件での生活」というテーマで火災保険加入について取り上げたことがある。福祉課にいた時のように、「加入できない」という声が上がった。会話が進むにつれて、ソマリア人のムスリムの青年から「どのコーランに保険会社がだめだと書いてあるのか」という発言があった。加入を否定したのは年配の女性であったため、彼は発言することをためらっていたようにみえた。ここで、ソマリア人のファシリテーターが、旅行中に水道の蛇口の閉め忘れにより自宅の床を水浸しにしてしまい、階下の人から大変な損害額を請求された経験を話し出した。そのときに彼を救ったのが「火災保険であった」と話を締めくくった。この後、反対していた女性は保険加入の手続きについて夢中になって話を聞き、火災保険は金銭の貸し借りではなくサービスの購入であり、宗教の教えに反しないと、自身で結論を出した。福祉事務所で通訳を介して個別に説明しなくても、彼/彼女らはそれを数十分でやってのけたのだ。
私がピアサポートを通じて出会った難民は500名を超える。充実した支援プログラムで彼/彼女らを社会の一員として迎えようとしているフィンランドから、日本が難民受け入れへのヒントを得ることはできないだろうか。
ファシリテーター養成講座の様子。多文化交流を通して、
チーム作りやコミュニケーションの取り方を学ぶ。
ファシリテーター同士のピアサポートでもある。(筆者撮影)
1:Statistic Finland(フィンランド統計局)
https://www.tilastokeskus.fi/tup/suoluk/suoluk_vaesto.html(フィンランド語)
2:レセプションセンター:日本の入国管理センターとは違い、専門職員が常勤する寄宿舎のような施設。
3:第三国定住とは、難民キャンプで生活するなどしてUNHCRに難民として登録した人々を、庇護国である別の国が受け入れる制度。
4:UNHCR http://www.unhcr.org/5a9d507f7(英語)
5:社会統合プログラム:難民だけでなく、長期滞在ビザを得たすべての外国人に参加する権利がある。但し、留学生は就労目的のビザではないため対象ではない。