特集 国連人種差別撤廃委員会が問う日本の人種差別
2018年8月30日、人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して条約の実施のための改善勧告を出した。
委員会による日本政府報告書の審査は8月16・17日に、ジュネーヴの国連人権高等弁務官事務所が入るパレ・ウィルソンの会議室で行われた。
日本政府報告書審査に向けて、NGOは「人種差別撤廃NGOネットワーク」という連絡組織を作り、共同でNGOレポートを委員会に提出し、審査当日には約30人のメンバーがジュネーヴに集まった(NGO活動については本誌・小森恵報告参照)。委員会の審査の様子は私のブログに現地レポートを詳しく紹介している(前田朗Blog「人種差別撤廃委員会・日本報告書審査」)。
委員会の勧告は多数あるが、その一部は次のようなものである。
人種差別撤廃NGOネットワークに結集した仲間の尽力のおかげで、大変良い勧告を出してもらうことができた。人種差別撤廃委員会の勧告は2001年、2010年、2014年に続く4度目である。審査のたびにNGO活動が充実し、委員会の審議や勧告に的確に反映されるようになってきたと思う。以下ではヘイトスピーチ、日本軍「慰安婦」問題、朝鮮学校差別について見ておこう。
委員会はまず「第4条に対する留保」として、「表現の自由への正当な権利を保護しつつヘイトスピーチと効果的に闘うための多様な措置の概要を述べている、『人種主義的ヘイトスピーチと闘う一般的勧告35』(2013年)を想起し、締約国が条約第4条に対する留保を撤回する可能性を検討」するよう勧告した。その上で、「ヘイトスピーチとヘイトクライム」として、次のように勧告した。これまでの勧告に比して、はるかに詳細で具体的な勧告となった。
日本軍性奴隷制について、委員会は「2015年の日韓合意を含む、『慰安婦』問題を解決する努力に関して締約国が提供した情報に留意する」としつつも、「これらの努力が十分な被害者中心のアプローチをとっていないこと、存命の『慰安婦』は適切に相談を受けていないこと、第二次世界大戦以前および大戦中に、軍によってこれらの女性になされた人権侵害について、この解決は明白な責任を規定していないとする報告に懸念する」と明示し、「『慰安婦』に関する政府の責任を矮小化する一部の公人の発言と、そうした発言がサバイバーに与える潜在的な否定的影響」を指摘した上で次のように勧告した。
「委員会は、締約国が、被害者中心アプローチを伴い、あらゆる国籍の『慰安婦』を包摂し、これらの女性たちに対する人権侵害において締約国が果たした役割についての責任を受け入れた、『慰安婦』問題の永続的な解決を確保するよう勧告する。委員会は、次回の定期報告書において、生存する『慰安婦』とその家族への十分な施策を含む『慰安婦』問題の解決を達成するための努力について詳細な情報を求める。」
「慰安婦」問題に関する国際人権機関からの勧告は、国連人権委員会、同小委員会、女性差別撤廃委員会、自由権規約委員会、ILO条約適用専門家委員会等から数多く出されてきた。
2015年の「日韓合意」も国際社会から厳しい批判を受けたが、日本政府はこれを無視し、マスコミは、国際社会が認めたかの如く虚偽の報道をした。しかし、「日韓合意」はもともと問題解決とは無縁の精神に貫かれた画策にすぎない。人種差別撤廃委員会は被害者中心のアプローチを強調し、明白な責任を確認することを求める意見に言及し、「慰安婦」否定発言に留意しながら、韓国以外の国・地域を含む「慰安婦」被害者全体のための永続的な解決を求めた。
委員会は次のように勧告した。
「市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30(2004年)に留意し、委員会は、締約国に対し、日本に数世代に渡り居住する在日コリアンが地方選挙において選挙権を行使できるよう確保すること、および、公権力の行使または公の意思形成の参画にたずさわる国家公務員に就任できるよう確保することを勧告する。また、委員会は、在日コリアンの生徒たちが差別なく平等な教育機会を持つことを確保するために、高校就学支援金制度の支援金支給において『朝鮮学校』が差別されないことを締約国が確保するという前回の勧告を再度表明する。委員会は、在日コリアンの女性と子どもたちが複合的形態の差別とヘイト・スピーチから保護されることを確保するよう締約国が努めることを勧告する。」
在日コリアンの人権について、① 地方選挙権、② 公務就任権の差別解消と、③ 朝鮮学校高校無償化除外問題の解決、④ 在日コリアン女性に対する複合差別への取り組みを勧告した。
また、市民でない者の権利に関連して、在日コリアンが年齢要件を理由として依然として国民年金制度から排除されていること、締約国が障害基礎年金の受給資格を市民でない者に付与するように立法を改正していないことを指摘して改善を勧告した(なお、移住者の権利については本誌・藤本伸樹報告参照)。
条約委員会の勧告は、当該政府に対して直接の法的拘束力を持つものではない。政府と委員会の建設的対話の積み重ねが重要である。勧告はNGOの次の運動目標となる。それぞれのNGOが勧告の実現のために報告会を開き、日本社会に広めている。差別被害者にとっては迂遠な話で大変申し訳ないが、一つひとつ徐々に解決していくしかない。日本社会から差別と憎悪を撤廃するために、NGOの力量の引き上げが求められる。