特集 国連人種差別撤廃委員会が問う日本の人種差別
国連人種差別撤廃委員会(以下、委員会)による日本の人種差別撤廃条約の実施状況に関する審査が2018年8月にスイスのジュネーブで行われた。今回で4回目となる審査では、8月16日と17日の委員会と日本政府代表団との質疑応答が公式会合であったのだが、委員会はそれに先立つ14日、その週に行われる審査の対象国のNGOを招いて非公式会合を開いた。筆者は、日本から集まった約30名の人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)のメンバーとしてこの会合から参加した。前回審査の2014年に続き2度目の参加であった。今回、移住者と連帯する全国ネットワークからの代表と協力して日本における移住者・移住労働者に対する差別に関して、委員たちへの情報提供に努めた。本稿では、移住者に関わる勧告とその背景について述べる。
2日間の審査では、ヘイトスピーチ、朝鮮学校の高校就学支援金制度からの除外、「慰安婦」問題をはじめとするおもに在日コリアンに向けられる差別に委員たちの関心が集まった。また、日本政府が条約加入当初から条約の適用対象外だと頑なに解釈する被差別部落出身者や琉球・沖縄の人々に対する差別に関して、委員たちは政府代表団に質問を畳みかけた。
一方、移住者に関してはあまり多くの時間が割かれなかった。それでも、総括所見にはいくつもの勧告が盛り込まれた。日弁連およびERDネットによるレポートや、ジュネーブでの情報提供が影響したのであろう。
勧告のほとんどは、2014年の総括所見でも取り上げられており、表現を変えながら繰り返されたことになる。具体的には、① 移住女性に対する暴力、② 外国人技能実習制度、③ 難民および庇護希望者、④ 移住者の状況、⑤ イスラム教徒に対する警察の監視と情報収集、 ⑥ 人身取引、⑦ 未批准の人権条約、などの課題である。
委員会は、入国管理法が定める「在留資格取消制度」によって、移住女性の権利が侵害されるおそれがあることへの懸念を表明した。
それは、日本人と国際結婚した外国人が6ヶ月以上夫婦としての生活をしなければ、すなわち6ヶ月以上離別状態となった場合、在留資格が取り消されるという措置を指している。夫のDVから安全を求めて逃れる外国人女性は少なくないが、彼女たちの在留資格が危うくなるのである。一方、入国管理局は、DVからの避難や保護を必要としている場合は取消しを行わないと説明している。
しかし、移住女性を支援するNGOの経験によると、女性がDV被害を訴えても入国管理局が認めるとは限らないという。さらに、在留資格の喪失を心配して女性のなかには虐待から逃れることを躊躇したり、たとえ避難しても暴力的なパートナーのもとに戻るケースがあるという。委員会は、そのような負の循環を懸念し、法改正を勧告したのである。
同様の勧告は2014年、「外国人およびマイノリティ女性への暴力」として出されていた。しかし、日本政府は改めていない。そうしたなか、今回の勧告は事態をさらに鋭く指摘した。移住女性が被る暴力と国外退去という人権侵害が、先住民族や在日コリアンなど他のマイノリティ女性が受けているスティグマ(烙印)やヘイトスピーチなどの差別とあわせて「女性に対する交差的な形態の差別と暴力」として位置づけたのだ。マイノリティであり、女性であることゆえに経験する複合差別として課題が提示されたのである。
2014年の総括所見において、賃金不払いや過度の長時間労働などの技能実習生に対する権利侵害が指摘され、制度を改善するよう勧告が出されていた。今回はさらに踏み込んだ勧告となった。
日本政府は報告書で、「技能実習制度は人種差別に該当するとは考えていない」と述べたうえで、制度の改善努力について言及している。「2017年施行の技能実習法および外国人技能実習機構の新設により、技能実習生の保護に関する措置を進めるとともに、制度の適正化を図っている」という主旨の説明を展開している。
2日間の審査では、複数の委員が懸念を述べた。総括的な問題提起を行った日本報告担当のボスート委員(ベルギー出身)は、実習期間が3年から5年に延長された変化にふれ、実習生の人権保護が不十分ではないかという疑問を呈した。アフトノモフ委員(ロシア出身)は、実習生は来日前に手数料や保証金として借金をすでに負っているうえに、来日後は最低賃金法違反や賃金不払いにあうケースがあると述べた。リー委員(中国出身)は、契約期間内に実習生を強制帰国させる雇用者に対する罰則が設けられていないという問題を指摘した。
総括所見は、2017年11月の「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)の施行に歓迎を示した。一方で、同法の実施と効果について懸念し、勧告として2023年1月14日を提出期限とする次回の報告書で法律の影響に関する情報を提供するよう求めた。
さらに、「総括所見のフォローアップ」というパラグラフにおいて、国内人権機関の設置と技能実習制度がその対象とされた。このふたつの課題について、勧告の実施に関する情報を1年以内(2019年8月末まで)に委員会に提供するよう要請している。「開発途上国への技能移転」という「国際貢献」の崇高な目的を掲げた技能実習制度が、「搾取と人権侵害の温床」になっていることに、委員会は憂慮し念入りにモニターしようとしているのである。
難民問題については、第1回目の審査から勧告が出されている。今回は、日本の難民認定率の極端な低さ、庇護希望者に対する入国管理施設での無期限収容の問題、および日本で滞在するうえでの厳しい状況などについて懸念が示された。
それらを踏まえて、日本政府が庇護希望者に対して適切に配慮するよう勧告している。収容の最長期限を設け、可能な限り最短期間にとどめることに加えて、収容に代わる措置を優先するよう求めている。さらに、難民申請から6ヶ月以降は就労を許可することを勧告した。
入管施設に収容された庇護希望者が絶望して自殺したり、自殺を図るケースが近年相次いだことが勧告の背景にある。難民認定制度の「濫用」や「誤用」の抑制に力点を置く日本政府の姿勢に対して、委員会が難民保護のための制度運営を促したのである。
総括所見は、移住者、および日本で生まれ、育ち、教育を受けたその子孫の、住居、教育、医療、雇用機会へのアクセスが十分保障されていないという懸念をあげ、それらへのアクセスの保障と、社会に染み付いた差別の根本的原因を解決するための施策を勧告した。
これらの問題は滞日年数の比較的短い移住者、および何世代にもわたり日本で暮らす在日コリアンに対するさまざまな差別や排除と共通する課題である。
審査の際、委員たちは、法務省が2017年3月に公表した「外国人住民調査報告書」(英訳版)を参照し、外国人であることを理由に「入居を断られたことがある」が40%、「就職を断られた」が25%にのぼるという広範囲に日本社会に巣くう差別に驚きを示していた。
日本政府代表団は、差別解消の施策として、ポスターや講演会、マンガ冊子などを通じた人権啓発の実施努力を強調した。しかし、それだけで日本社会に染み付いた差別を除去することができるだろうか。条約実施に必要な包括的な人種差別禁止法の制定、人権救済を行うための政府から独立した国内人権機関の設置、国内で救済が得られなかった人のための委員会への個人通報システムの受け入れという課題は、第1回目の勧告から繰り返されてきた。そのような人権保障のための基盤整備が必須である。さらに、移住者に関しては、国連が1990年に採択した移住労働者権利条約を批准することが求められているのである。