アジア・太平洋の窓
中国・東南アジア法律相談所(CSALC)は、オンタリオ州の中国系、ベトナム系、カンボジア系及びラオス系のコミュニティの低所得の人たちに対して無料の法的サービスを提供することを使命とするカナダのNGOである。CSALCに来るのは、在留資格が不安定な人たち(特定の雇用者の下で就労許可を得て入国した人、難民、難民申請者や在留資格のない人を含む)である。彼女/彼らは、カナダの公用語(英語と仏語)の能力の不足、法制度の知識の不足、貧困、在留地位、人種及びジェンダーが理由になり、カナダの法的支援サービスにアクセスする際に複数の障壁に直面する。
CSALCは、法的サービスを提供するほか、移住者、特定の人種の人たちなど不利な立場にある人たちの権利を促進するための体系的な政策提言を行っている。CSALCは国連経済社会理事会の協議資格を有するNGOである。
2018年4月、移住者の人権に関する国連特別報告者がカナダを訪問した際、CSALCは他のカナダのNGOとともに共同声明を出した(注1。声明にとりあげた課題は移住労働者一般に関するものであったが、それらはアジアからカナダに来る移住労働者の直面する課題でもある。本稿はその共同声明を基にしている。
中国で大学を卒業したイン・ジャン(仮名)は、自分自身と中国の両親の生活を支えるためにより収入の高い仕事を見つけようとカナダに渡った。彼女は、カナダには民主主義的な制度や環境があり、よりよい生活ができると信じていた。
カナダで住み込みの介護労働者として雇ってくれる人を見つけ、その夢はかなった。2012年にトロントに到着し、すぐに働き始めた。彼女は同じ雇い主のところで2年働けば、カナダにずっと滞在することができる永住資格が申請できると考えていた。
残念ながら、計画通りにはいかなかった。雇い主は人使いが荒かった。毎日10時間、雇い主の幼い子供の世話、料理、掃除などあらゆる家事や用事をさせたのである。雇い主の仕事が遅くなった時には、インは雇い主が夜遅く帰ってくるまで働かなければならなかった。彼女は、仕事を全部こなすように努力した。しかし、暴言までは予期していなかった。雇い主はインの仕事に満足しないと、インを解雇すると怒り、そうなるとカナダでの在留資格が無くなってしまうよ、と脅したのである。
数か月間、厳しい労働と虐待に耐えたものの、インは我慢できなくなった。彼女は次の仕事はすぐに見つかると考え、仕事を辞めた。しかし、仕事はすぐには見つからなかった。次の仕事が見つかったのは何か月もたってからで、新しい雇い主のもとで働くために就労許可の変更申請をしようとしたときにはすでに一年がたっていた。新しい雇い主はいい人だったが、インが介護を任された雇い主の高齢の親が施設に入ったことで雇用は長く続かなかった。
インはまた仕事を探さなければならなくなった。次の2年間、2つの仕事に就いたが、長期間仕事がないこともあった。彼女が永住者の在留資格の申請をしようとしたときには、その資格のために必要な就労経験の期間が不足していた。
幸運なことに、カナダに数年暮らしていた間にインは現在の夫に会い、彼が彼女の保証人になった。カナダに住みたいというインの夢は実現したが問題は残る。彼女は自分の就労によって在留資格を得たかったのだ。最終的には、在留資格を得るために夫の支援に頼らざるを得ず、彼女は夫に「依存」することになった。
インの物語は決してめずらしくない。カナダにおけるたくさんの介護労働者はカナダの移民法により脆弱な立場におかれる。介護労働者たちの在留資格と就労許可は雇用主と結びついており、搾取の対象になりやすい。カナダの介護労働者の大半はアジアからの女性であり、フィリピンが最大の送り出し国である。そのため、カナダの介護労働者に関する法律はジェンダーと人種の問題を明るみに出すことになる。
カナダで課題に直面する移住労働者は介護労働者だけではない。移住者、特に移住女性は低所得者の大きな割合を占め、さらに司法へのアクセスにおいて大きな障壁に直面する。2015年現在、カナダにやってきて間もない移住者は、非移住者と比較すると所得が63%にすぎない。近年やってきた移住女性の所得を非移住者男性と比べると、59%もの格差がある。近年の移住者は低所得率も高く、貧困率は非移住者の12.5%の倍以上にあたる31.4%である。移住労働者の相当数は、短期間の労働許可のもとカナダにやってきた人達で低所得者層を形成している。アジア諸国をはじめとする南の発展途上国出身の非白人系の労働者が多くを占めている。
不安定な地位の移住者は所得補助のプログラムの受給資格がなく、多くは有効な就労許可を得ていない。そのような移住者の多くは不安定で低賃金の雇用にとどまる傾向が高い。非白人系の移住者、特に非白人系の移住女性が低所得住民に占める割合は高く、ホームレスになったり、収容されたり、様々な人権侵害を受ける可能性が高い。しかし、裁判所も行政裁判所もカナダに暮らす人々の多様性に対応できていないため、人種や在留資格、言語が障害となって、移民が司法にアクセスし、裁判所や行政に申し立てをおこなうには様々な課題が存在する。
カナダ連邦政府は「すべての移住労働者およびその家族の権利の保護に関する国際条約」(移住労働者権利条約)および「ILO家事労働者の適切な仕事に関する条約(第189号)」を批准することを拒否している。さらに、外国人臨時労働者は、カナダで受け取る賃金から社会保障関連費が強制的に徴収されているが、社会保障プログラムの多くを受給できない。
カナダの外国人臨時労働者の数は2000年以降4倍以上に増加した。2014年時点で一時滞在の在留資格で働く労働者は567,977人に達した(注2。
前述したように、介護労働者プログラム(かつての住込み介護労働者プログラム)の労働者は特に雇い主からの搾取および虐待を受けやすい。雇用と結びついた就労許可は、介護労働者が虐待や賃金不払い、雇い主が労働安全基準を守らないことについて苦情を申し立てることを困難にしている。2014年の制度改正により、介護労働者が雇い主と同居する要件が削除され、不利な状況は軽減された。しかし、以前には保障されていた永住資格付与がなくなり、一年に永住資格を申請できる介護労働者の人数制限、移住者の介護労働者の労働を制限する職域の拡大などの制度改正の結果、介護労働者制度のもとで働く労働者の不安定さが増大している。
移住労働者はカナダの雇用保険、年金、高齢者保険、健康保険、児童手当のような社会保障制度に貢献しているのに、彼女/彼らの在留が一時的であることによって、制度の利用を阻まれている。職場で負傷した移住労働者はしばしば出身国に送り返されるが、その結果、自国では受けることができないかもしれない必要な治療や、受給資格のある補償手当を受けられない。
移住労働者の直面する様々な課題を受け、CSALCとパートナー組織はカナダ政府に対し、移住労働者の権利を認め、彼女/彼たちの利益を守る法律を整備するよう求めた。まず、カナダは移住労働者権利条約とILO第189号条約に批准し、そして移住労働者がカナダに到着する際に永住資格を付与すべきである。政府はまたすべての移住労働者に社会保障制度へのアクセスを認めるとともに、連邦、州および準州の労働関係法の保護の範囲をすべての国内および移住農業労働者にも拡大し、労働者の団結および団体交渉に対する支援を拡大していくべきである。そのような積極的な改定を行うことによってのみ、インのような女性が働くことを通じてカナダの経済成長に貢献すると同時に、彼女たちの権利が守られるのである。
(訳:岡田仁子)
カナダのトロントにある中国・東南アジア法律相談所の事務所
注1:
Colour of Poverty ? Colour of Change, Chinese and Southeast Asian Legal Clinic, Ontario Council of Agencies Serving Immigrations, South Asian Legal Clinic of Ontario, “Joint Submission to UN Special Rapporteur On The Human Rights Of Migrants”(April 2018)
注2:
Fay Faraday, “Canada’s Choice: Decent Work or Entrenched Exploitation for Canada’s Migrant Workers?”(2016) Metcalf Foundation, http://metcalffoundation.com/stories/publications/canadas-choice/