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国際人権ひろば No.143(2019年01月発行号)

特集 ビジネスと人権をめぐる国内外の動向

サプライチェーンにおける人権侵害の根絶に向けた国際的な動向

下田屋 毅(しもたや たけし)
一般社団法人ザ・グローバル・アライアンス・フォー・サスティナブル・サプライチェーン代表理事

 現在、多国籍企業による人権侵害が引き続き発生しているという現状があり、その人権侵害を食い止め、企業に人権を尊重した適切な行動をさせるために、国際基準の整備や法規制を進めようとする動きが世界的に起きている。国際基準としては、2011年に国連から「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「指導原則」)が、保護・尊重・救済のフレームワークとして、国家・企業が自発的に取り組むものとして発行された。同じく2011年にOECD多国籍企業ガイドラインの改訂、また2010年社会的責任に関する国際基準である「ISO26000」が、「指導原則」の作成過程において影響を受けて発行されている。近年はこのようなソフトローと呼ばれる国際的な基準の制定がなされ、企業に関わる人権の部分についても、企業が自発的に進めていくことが求められてきているが、それに伴って法規制の動きもでてきている。

 国連の条約による法制化の動き

 大きな流れとしては、国連の条約による法制化である。2014年6月、多国籍企業による人権侵害を食い止める動きとして、国連で「国際的な条約締結による法制化へ向けた国連の作業部会の設置」(決議26/9)が採択され議論が実施されてきた。そしてそこで作成された人権の条約案が「ゼロ・ドラフト」(原案)として2018年7月、国連人権高等弁務官へ提出された。

 この人権の条約案だが、歴史的には、以前同じように国連で「人権に関する多国籍企業及びその他の企業に関する規範」が、人権委員会の専門家による補助機関で起草され、国家が批准した条約の下で人権の義務を直接に企業に課そうとする動きがあった。しかしその際にこの提案は、経済界と人権活動団体との間に大きな溝を作りだし、政府からの支持も得ることができず、結局、その当時の国連人権委員会は、この提案に関し意思表明さえしなかった。そして前回の規範とよばれる条約案で失敗したことを踏まえて、2005年に「人権と多国籍企業及びその他の企業の問題」に取り組むためにハーバード大学のジョン・ラギー教授が国連事務総長特別代表に任命され、広範にわたる体系的な調査研究の末、2011年に「指導原則」を発行した。

 この「指導原則」は、自発的に国家、企業が取り組むものとして世界のビジネスと人権の中心として機能し現在に至っている。しかし、この「指導原則」は自発的に取り組みを進めるというもので、それ自体に強制力はなく、国家も企業もその取り組みが遅いと指摘されてきた経緯があり、特に多国籍企業の人権侵害を問題視するエクアドル、南アフリカが中心となり、2014年に条約の制定を検討する国連決議26/9がなされ、人権について企業に法的強制力により実施させる動きが起きているのである。

 国連人権理事会は、この国連決議26/9により国際人権条約案を起草する政府間のワーキンググループを設置し、2014年から2018年12月の現在に至るまで4回のワーキンググループを開催、条約案の範囲、形式、内容などについて議論を行ってきた。2017年には、過去の議論を踏まえて「要素文書」が提示され、そして2018年7月に、議長国であるエクアドルの政府代表部が中心となり、これまでの議論と2018年に開催された非公式会合の内容を踏まえ、条約案「ゼロ・ドラフト」を作成し公表した。この条約案「ゼロ・ドラフト」だが、その対象は、「多国籍的性格を有する企業」としていることで、全ての企業を対象としたものではない。また特徴として、「締約国が、企業活動による人権侵害の防止と被害者の司法と救済へのアクセスを確保すること」についてより焦点を当てた内容となっている。市民社会の一部からは、過去の議論を踏まえて2017年に提示された「要素文書」の重要な項目の多くがこの「ゼロ・ドラフト」に含まれていないことを懸念し、2018年10月に開催された第4回目の会合でも、これらの項目について指摘され議論がなされるなど引き続き法制化へ向けた取り組みが続いている。

 個別の法規制の動き

 このような条約による法制化の動きとは別に、各国で個別の法規制の動きもある。2010年には米国ドッド・フランク法の第1502条(上場企業に紛争鉱物の使用の有無を報告することを求めるもの)の制定、2012年カリフォルニア州サプライチェーン透明法(企業に販売する製品の直接のサプライチェーンから、奴隷と人身取引を撲滅する取り組みをウェブサイトに公開することを求めるもの)の制定、2013年には英国会社法の改正(上場企業に毎年の報告書で人権に関する報告を義務付けるもの)、が行われている。

 また「指導原則」を基本として作成された国別行動計画に基づき、2015年3月に英国「現代奴隷法2015」(企業にサプライチェーン上の奴隷制を特定させ根絶するための手順の報告を求めるもの)も制定され、さらに最近では、2018年11月29日にオーストラリア現代奴隷法が制定され、2019年1月からの施行が決まっている。また同じく国別行動計画に基づき、次々に各国での法律が制定されていく流れがある。フランスでは、企業のサプライチェーンのデューディリジェンスを実施する法律が制定され、導入がなされない場合には対象企業への罰則も行われることとなっている。オランダにおいては、児童労働デューディリジェンス法案が2020年1月施行に向けて審議中である。EUは、2017年3月に紛争鉱物を規制するEU規則を採択し、2021年1月1日からEU規則として発効することとなっている。

 条約化の動きと個別の法規制をどのように考えるか

 現時点でのビジネスと人権に関する法制化に関連する認識は次のとおりとなっている。

  • 条約による法制化は、制定に時間がかかる。
  • 条約締結のプロセスと「指導原則」の推進は、お互いに補完性があるとされ、2つの方法を繋ぎ合わせて実施していく方向での議論がなされている。
  • 条約は、多国籍企業を対象とするだけでなく、国内企業を含めた全ての企業を対象とするべきだ。
  • 条約による法制化を審議している間は、各国では「指導原則」に則った「国別行動計画」を所持しそれを機能させる。
  • 国別に、個別の人権課題(現代奴隷制や紛争鉱物等)についての法規制をすることによって、企業に人権課題への取り組みを行わせる仕組みを作る。
  • 「指導原則」を導入していない企業は取り組みを始め、導入している企業は、その仕組みがうまく機能するように継続して取り組みを行っていく。

 現段階では、上記の条約による法制化の準備をエクアドル・南アフリカなど条約推進派が中心として進めながら、世界的には「指導原則」を各国、企業が自発的に取り組むことが求められている。また2016年の第5回国連ビジネスと人権フォーラムから2018年の第7回のフォーラムまで過去3回に渡って、日本が「指導原則」に則って国別行動計画の策定に取り組んでいることを代表部大使が発表した。東京オリンピック・パラリンピックのある2020年までに国別行動計画の作成がなされる方向で進められると思われる。

 日本企業としては、日本の国別行動計画の内容に沿うように行うということはもちろんだが、前述のとおり、既に各国の国別行動計画に則り英国現代奴隷法などの法制化がなされており、日本企業もその対応を余儀なくされている状況がある。このような個別の法律が出てくると日本企業は自社が対象となるかならないかという議論が先行するが、むしろ人権に関しても適切な取り組みをしないと欧米企業との競争に勝つことができないという視点で、取り組みの速度を速めていく必要があると考える。

 そうしたなか、自社の海外工場やサプライチェーン上の人権、労働者の権利に関する問題について知らないふりをして放置することはできない状況に来ている。条約による法制化の動向を考慮しつつ、「指導原則」や各国の法律などによって企業に取り組みが促される中で、いま日本企業には行動を起こすことが求められている。