特集 マイノリティと言語
私は在日コリアン2世の父と3世の母を持つ在日コリアン3.5世である。ハングル(ここでは韓国・朝鮮語のことを指す)を本格的に学びだしたのは、大阪外国語大学(現、大阪大学)の「朝鮮語専攻」に進学したことからだ。私が通っていた小学校には民族クラブがあり、そこで名前のハングル表記、朝鮮の童謡、伝統楽器などに触れ合う経験をした。小学2年生までは、放課後に在日コリアン生徒らが集められ、そこで学んだ。小学4年生以上からは課内活動として必修クラブが行われ、その一つとして朝鮮語クラブがあり、小学5年の時、それを選択した。先生は学校に所属する日本人教師であった。この体験を通じて、在日コリアンというアイデンティティが生まれ、その認識が残っていたため、朝鮮語を選択することになったのだと思う。
私が在日コリアン青年連合(以下、「KEY」)に入会したのは、大学に入学した1999年である(当時の名称は在日韓国青年連合。2003年にKEYへ名称変更)。今年でちょうど20年経つ。自分の人生の大半をKEY活動に費やすまでになったのは、ここでの人間関係と手弁当で運営されている組織文化にある。私は多感な思春期に、とても内向的な性格となってしまっていた。大学入学当初は人と話すことすら怖かったが、親身になってコミュニケーションを取ってくれる先輩らのおかげで、徐々に心を開けるようになった。KEYには、これまでの学校生活にあった決められた枠みたいなものはなく、先輩らの意志と責任で場を作っていることが感じ取られ、「あ、社会ってすでにあるものではなく、こうして作る人がいるから存在するんだ」と気づき、そして私もその仲間に入りたいと思うようになった。ここで居場所を見つけたこと、そしてそういう場所を作りたいこと、これらが長く活動を続けてきた一番の原動力になっている。
在日コリアン青年にハングルを教える筆者
KEYに入会した当時、今と同じく毎週1回ハングル講座が開催されていた。2000年以降、「冬ソナ」から始まる韓流ブームの流れと、地域や講師によりばらばらであったものを統一したカリキュラムやシステムに変更し、その成果も相まって、その後10年以上の期間、ハングル講座が青年を集める中心活動になった。多い時はKEYの大阪の拠点3地域(生野、東成、布施)合わせ、毎週80名近くの青年が集まり、講座を開催していた。しかし、2013年あたりを過ぎて徐々にその流れが断ち切れ、今では東京は解散、兵庫はハングル講座開催停止、大阪は1拠点に統合され(場所は鶴橋)、毎週10名集まるかどうかという規模まで縮小した。
ここまで縮小してしまった原因は何か、スタッフの中では様々な分析があり、これだという正解はないが、一方でその中でも絶えることなく開催できているのはなぜかを考えると、長く残る人、場を支え続ける人、いずれもKEYに来る前の段階で、何らかの民族教育(ルーツに触れる)を経験している人が圧倒的に多い。はじめは「韓流大好き!」という動機で入会しても、それ以上の展開が生まれなければ長くは続かない。私の場合は、前述した小学校時代の民族クラブでの体験である。他には、ルーツについて長く知らなかった、あるいは、ネガティブにとらえていたが、大学生となりそこで在日コリアンの当事者によるサークルに参加するようになり、在日コミュニティ活動に目覚めた者など、KEYに入会する前までに民族教育の経験がある人ほど、同胞同士で結びつきたい気持ちが強い傾向がある。ここまで言うとKEYの使命自体が揺らぎ、元も子もない話になる。もちろん、内部では団体の必要性や、時代やニーズに合わせてどのように同胞青年の参加を得るかの議論や実践があるが、一方では「若い時の記憶・経験には勝てない」という現実があるのも事実であると考える。KEYは国籍問わず、朝鮮半島にルーツを持つ青年が参加条件となっている。メンバーの大部分が学校を卒業後20代以降に入会し、その世代が中心となった組織だ。それまでに素地が備わっていないと、以降の人生において在日コリアンのコミュニティに参加しようとする、作ろうとする動機を持つことは難しいのではないかと考える。
昨今の朝鮮学校の高校無償化制度からの除外、補助金カット問題や、大阪市などで既に進行している公立小中学校で行われてきた民族学級の縮小や「民族教育」から「国際理解教育」への転換などを考えると、ますます在日コリアンが幼少期に民族教育を受ける経験が無くなっていくと言える。いずれ在日コリアンは日本社会の中で独自のコミュニティを形成しなくなっていくのではないだろうか。KEYもこの大局的な流れに打ち勝てないかもしれない。しかし、存在する価値があるのは明らかだ。
KEYのハングル講座には、ハングル能力を高めることのほかに、安心感を得る場、価値観を広げる場、手弁当に関わる場としての機能がある。講座はアットホームな雰囲気を大切にしている。同世代の、同じルーツを持つ青年らが集っている。そういった環境にいると、安心感が芽生え、普段口にできない不満や不安を共有できるようになる。それら不満や不安の中に、在日コリアン同士だから話せることが多く含まれている。KEYではハングル講座のほかに、週1回、コリアの伝統文化を経験できるコリア文化サークル、月1回程度で、テーマに沿って学習会やフィールドワーク、その他様々な取り組みを行うKEY-sという活動を日常活動として行いながら、在日コリアン青年が、様々な形でルーツに向き合う機会を作っている。それ以外にも、在日コリアンという立場性を生かした、多民族多文化共生社会の実現や東アジアの平和構築に資する社会事業を行っている。
ハングル講座に参加すれば、様々な情報に触れ、ハングル学習だけではない体験や、新しい発見や、やりがいを見つけていく。KEYは「在日コリアン青年が運営するNGO」である。どの活動にも先生や専門家がいるわけではない。会員の中で積極的に行動する人、貢献意欲が高い人が中心となり、組織が運営されている。ここでの経験が貴重な新たな価値観、社会性を身につけさせてくれる。
韓国にいる親戚と話がしたいということが動機であったり、朝鮮半島のことばができないなら日本人だと言われたという悔しい経験をきっかけに、ハングル講座を受講するKEY会員は多い。彼ら/彼女らにとって、ハングルを習得することは、コリアンであるがゆえに持たざるを得なくなった、暮らしに近い課題である。また、在日コリアンの中にも、親がニューカマーというケースもある。KEY会員の中にも、そういった属性を持つ者が一定数存在する。これまでのところ、差し迫ったこととして親子間でのコミュニケーションの問題がある会員の悩みを聞いたことはないが、今後十分に想定されうる。また、2世が1世を否定したように、親子間での母語の違いが、様々な形で受ける日本社会からの影響で、親やルーツを否定するようになるきっかけになることがいつの時代にも想定される。家族・親戚との断絶を埋めるため、在日コリアンにとってのハングルの必要性はこれからも無くならないだろう。
ずいぶん前の話になるが、私はあるフォーラムに呼ばれ「在日コリアンの立場でのハングルの可能性」というテーマで講演したことがある。私の場合、在日コリアンである自覚があったことから、大学ではハングルを専攻し、そこから学校だけではなくKEYなどの学ぶ場で得た様々な縁により学習動機を獲得し、その後も就職した会社や韓国の市民団体との交流などで、習得したハングル能力を活かす場に恵まれた。コリアンというルーツがなければ、今のように生活に近い場所にハングルが存在することはなかった。
こうした私の話に対し、「ハングルを学ぶことは奪われた文化を取り戻すものだ」という意見が出されたことを今でも思い出す。その歴史は、当然忘れてはいけない。しかし、それだけでは、自らの体験でない以上、今の在日コリアンにとっての動機とはなり切れない。ハングルを学ぶことは、自分の人生を変える可能性を秘めているということをハングル学習者に示すことが、より重要であると考える。そのことが、在日コリアンが、そのアイデンティティを持って生きていく、大切なきっかけにつながっていくだろうと考えるからだ。
※ 在日コリアン青年連合(KEY)https://www.key-j.net/