人権の潮流
韓国では1990年後半から2000年代に入り、国際結婚が急増してきた。その多くが韓国人男性と結婚により韓国に暮らすことになった東アジア・東南アジア出身の女性たちとのカップルであった。仲介業者による「見合い結婚」がビジネスとして隆盛し、韓国の国際結婚増加を後押ししたことは間違いない。そして少子高齢化が急速に進む韓国で、政府が結婚移民者を支援する政策を打ちだし、2008年には「多文化家族支援法」を制定した。この法律で言う「多文化家族」とは、結婚移民者と韓国人(韓国籍を保有)からなる家族である。
統計庁の「2018年多文化人口動態統計」によると、2018年の「多文化婚姻」は23,773件で、前年より1,856件増加し、婚姻全体に占める比率は9.2%である。内、外国人妻67.0%、外国人夫18.4%。韓国に帰化した人は14.6%である。妻の出身国の順位をみると、ベトナム(30.0%)、中国(21.6%)、タイ(6.6%)と続いている。
一方、「多文化離婚」は、10,254件で、前年より53件減少するが、離婚全体に占める比率は、9.4%である。内、外国人妻が48.0%、韓国に帰化した人が37.5%、外国人夫が14.5%である。妻の出身国の順位をみると、中国(39.9%)、ベトナム(26.1%)、フィリピン(3.9%)と続いている。
国際結婚が増え始めて20年以上が経ち、すでに多文化家族の世帯数は30万の時代になった。時間の経過のなかで、多文化家族も多様化し、離婚・死別・未婚(非婚)などで一人で子どもを育てている「多文化ひとり親家族」も増えている。そうしたなか、「多文化ひとり親家族」を支援する当事者団体が発足した。ここでは、「グローバルひとり親センター」代表のファン・ソニョンさんへのインタビュー(2019年8月)を中心に会員の奮闘を紹介する。
このセンターは、2015年3月8日、「グローバルひとり親会」として発足した。設立者のファン・ソニョンさんは中国朝鮮族で、もともと中国で幼稚園の運営をするなど教育事業に携わっていた。そして韓国への留学を志し、時を経て韓国で暮らすようになった。ファンさんは、多文化家族支援法のもとに設置された多文化家族支援センターで、2008年から韓国語講師など教育活動の仕事をしていたが、ベトナムから来た移住女性に韓国語を教えていた時、その女性の夫(韓国人)が仕事先で急死したそうである。彼女は、幼い二人の子どもがいたが、夫の死後、義母が子どもと彼女をベトナムに帰した。しかし、ベトナムでは経済的に立ちゆかず、結局、彼女はベトナムの実家に子どもを預けて、再び韓国にきた。仕送りのために懸命に働く彼女の姿を知りながら、何も助けることができなかった。同時に、母子が国を越えて離れ離れで暮らさなければならない「多文化ひとり親」がどれほどつらいことかがわかった。教育に携わっていただけに、子どもが不憫であったが、当時は韓国の福祉制度もよくわからなかった。
そのような経験によって、韓国の「多文化ひとり親家族」の厳しい現実を韓国政府に伝え、死角に置かれたその人たちのために政策提言と支援をしようと決心した。そして、ソウル市ひとり親家族支援センターの様々なプログラムに参加し、ひとり親家族について学んだ。「グローバルひとり親会」を立ちあげたのは、強い使命感、責任感からである。さらに、2018年後半には、「グローバルひとり親会」の名称を「グローバルひとり親センター」に変更し、非営利団体として登録を申請しているところである。
センターの設立目的は、「多文化ひとり親家族の福祉増進を図り、多文化ひとり親家族が健康で幸せな家庭を作り、グローバルなマインドを持った韓国市民として成長し、社会統合に寄与できるように支援する」とある。会員は、韓国籍の子どもを一人で育てる外国出身の人である。現在、170人あまりの会員がいて、その国籍は13カ国にわたる。国別で一番多い会員は、中国で、次にフィリピンである。そして、会員のケアをするコーディネーターは、日本出身、台湾出身、中国出身2人の4人である。
2013年から具体的な活動をはじめたが、リスクを抱える家族の緊急支援を優先課題とした。支援が必要な「多文化ひとり親」を探し出し、まずは緊急事態を脱するための経済的支援である。支援の方法として、活動に賛同する団体から寄付金を集め、その全額を支援に使う。また適切な協力団体を紹介し、そこから支援を得られるようにする。さらにソウル市庁前や国会前などで、アジアの食べ物を販売したり、バザーをしたりした収益も支援に使う。また子どもの高校の制服の支援や大学の入学祝い金や奨学金を渡したりしている。ケーブルテレビの「多文化テレビ」や公共放送のKBSに出演して支援を求め、寄付金が集まることもある。
ソウル市内が中心ではあるが、会員の自助グループ活動も定期的に行っている。住んでいる地域で2つのグループに分け、悩みを出し合ったり、支えあったり、会員がやりたいプログラムを行っている。異国で孤独な子育てをしているので、カウンセリングなど心理的サポートも行っている。また、多文化ひとり親はうつ病にかかることも多いので、外に出る機会を作ることも大事だと考え、毎月何回かはプログラムを実施している。また、ネットカフェを運営し、ネットを通じた会員同士の交流や情報提供にも力を注いでいる。
2017年に、家庭菜園の土地を譲ってもらったので、白菜を栽培し、「愛のキムジャン(晩秋にキムチをまとめて漬ける)」で、収穫した100株を漬け、地域の独居老人や福祉館に分けて配った。作業があまりにも大変だったので、2018年は寄付をお願いしたら、白菜300株の寄贈があった。2019年は500株になった。それぞれキムジャンをして、地域に分けて配った。ところで韓国では正月やお盆の時に一族が集って行事を行う。多文化ひとり親は、訪ねる家族がいない人が多い。だから正月やお盆の時の私たちのイベントは大事である。イベントはいつも子どもも一緒に参加する。
2018年には「ひとり親の日」(5月10日)が法律で制定されたが、これに合わせてファン代表が、「多文化ひとり親支援マニュアル」を作成し、ファン代表が会員たちと翻訳チームを作って7か国語に翻訳した。また、多文化ひとり親が医療を受けるためのサポートをした。病気になっても医療費を心配して病院に行かない人が多いからである。大病院であるアサン病院に協力を求め、1人100万ウォン(約10万円)の補助で20数人が精密検査を受けた。多文化ひとり親家族に対する政策についてもフォーラムの開催や国への要望書提出など積極的な提言を行い、時には国会議員に粘り強く要請にいく。数年がかりのこうした行動が、成果を生んでいる。例えば、親が外国籍の多文化ひとり親家族に対し、ひとり親家族証明書が発給されるようになり、家賃が安い公共住宅への入居が可能となった。また「ソウル市ひとり親家族支援センター」と共にソウル市に政策提言し、ひとり親家族に支給される児童養育費が引き上げられた。
地域に分かち合うための白菜キムチ作りをする会員たち。
中央がファン代表。
現在、センターの活動は、全員がボランティアで参加している。ファン代表も週2回中国語と韓国語を教えたり、ひとり親家族に対する理解講座の講師などをしたりして生活の糧を得、残りの時間を活動に当てて精力的に飛び回っている。
今回のインタビューには、ファン代表と共に日本人の会員5人が駆けつけてくれた。他の会員との共通の言語は韓国語なので、普段は韓国語で話をするが、今日は、ファン代表が、日本からきた私たちと存分に日本語で話したらいいと声をかけたので、私たちは日本語でいろいろ話を交わした。そして、ファン代表はこう語った。「私は会員のことを『家族』と呼びます。会員がいてこそ団体があり、団体があってこそ、死角に置かれた多文化ひとり親家族のための政策を要請したり、リスクを抱えた家族を支援したりできます」。限られた時間であったが、会員同士の信頼にあふれたつながりが見えた。
注:
今回のインタビューは、科学研究費助成事業「ひとり親家族を生活主体とする支援のあり方に関する日韓共同研究」(平成29年度~平成31年度)(研究代表者:神原文子・神戸学院大学教授)の一環で、研究協力者として韓国を訪問した際に行った。