特集:アセアンの移住労働者の権利保障の取り組み
メコン・マイグレーション・ネットワーク(MMN)は、2003年に正式に発足した、メコン地域(カンボジア、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマー、中国雲南省)の移住者の権利促進を目的に活動するNGOのネットワークである。現在、メコン地域に40以上の会員組織が加盟し、移住労働者の人権に関する様々なテーマで合同研究、政策提言などを行っている。また、メコン地域におけるNGOがより効果的に移住労働者の人権擁護の活動ができるよう能力開発やネットワーキングの活動にも力を入れている。
メコン地域だけで推定400万人以上移住労働者がいる。彼/彼女らが直面する人権侵害の問題は切実である。MMNは、これまで主にメコン地域内での労働移住に焦点を当てて活動してきた。しかし、ベトナムに加えて、数年前からカンボジアやミャンマーからも技能実習生などの日本への送り出しに向けた動きが非常に活発化し始めたことから、MMNは活動の領域を広げ、これら3カ国から日本に向かう労働者の人権保護に取り組むようになった。
世界最速で高齢化が進み、労働力不足に直面している日本社会は、これからますます海外からの移住労働者の力を借りなくては成り立たなくなる。2018年から2019年にかけて、MMNは送り出し国の労働省、日本大使館、送り出し機関、国連関係機関、NGO、日本から帰国した労働者、専門家などを招いて、カンボジア、ベトナム、ミャンマーで日本への移住労働について考える会議を開催した。2019年にはこれらの国からの送り出し機関協会(業界団体)やNGOの代表を招待して、東京で日本のNGOや専門家たちとメコン地域から日本への移住労働の課題について話し合う会議も行った。
本稿ではこれら3カ国から日本への移住労働者の送り出しをめぐる人権課題について、MMNによるこれまでの調査、および上記の各国で開催した会議での参加者の報告などをもとに、送り出し国側に着目して論じる。なお、2019年4月に新設された在留資格「特定技能」や、フィリピン、インドネシアと同様にベトナムと日本との間で結ばれている経済連帯協定(EPA)に基づく看護師、介護福祉士の候補者の送り出しなど、日本への就労にはいくつかのチャンネルがあるが、本稿では現在最も送り出し人数の多い技能実習制度に注目する。ここで指摘する様々な課題を、送り出し国側のみが負うべき課題とせずに、日本側にもできることを考えたい。
カンボジアのプノンペンにある送り出し機関での
日本語研修のもよう (c)MMN
2016年に成立し、2017年に施行された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)、および2018年末の入国管理法の改定で新設された「特定技能制度」が2019年4月から始まったことなどを受けて、ここ数年、カンボジアとミャンマーでは日本への労働者の送り出しへの関心が一挙に高まっている。
2019年10月末現在、ベトナム人技能実習生は約19万4千人、技能実習生の出身国別でトップである1。ミャンマー、カンボジアは2019年6月末現在、それぞれ約1万人と8千人2でまだそれほど多くはないが、両国における送り出し機関の日本への力の入れ具合い、また日本企業のこの2国への関心の高さから見れば、これから人数が増えることは確実だと思われる。日本に技能実習生を送り出すことを認可された業者数は急増しており、2020年2月時点でベトナムは342社、ミャンマーは242社、カンボジアでは86社も存在する。
ミャンマーやカンボジアは日本へ労働者を送り出すことで、自国の人材開発や経済効果を期待している。日本とのあいだで、2017年にベトナムとカンボジアが、2018年にミャンマーが合意した協力覚書(MOC)によれば、技能実習の目的について、日本からの「技能、技術及び知識の移転」、「人材育成に寄与」と明記されているのである。
実際、日本に送り出す側からみて、技能実習生の人権が十分守られているとは言い難い。以下は送り出し国側の主な問題点である。
そのような現状では日本に来る労働者たちが安心して働き、技術を学び、家族に仕送りができる環境とは言い難い。日本はILO(国際労働機関)の民間職業仲介事業所に関する条約(第181号)の締約国である。同条約7条は、「民間職業仲介事業所は、労働者からいかなる手数料又は経費についてもその全部又は一部を直接又は間接に徴収してはならない」と規定している。
しかし、技能実習制度に関する日本とどの送り出し国との協力覚書のなかでも、「送り出し機関は費用の詳細を明確にしなければならない」と記載されているだけで、送り出し手数料の法的上限など、具体的な規制に関する記述は見当たらない。それぞれの国の政策に「任せて」おり、日本の管轄外だとしているのである。
2019年に東京でMMNが主催した会議では、ILOが推進する「斡旋手数料ゼロモデル」が議論された。ベトナム、カンボジアおよびミャンマーの送り出し機関協会は、そのようなモデルに移行するのは、日本の雇用者の協力なしには不可能だと異口同音に主張した。「斡旋手数料ゼロモデル」を実践するには雇用者が費用を負担する必要があるからである。
日本への斡旋手数料を技能実習生から徴収してはならないと定めているフィリピンでは、このモデルは一定程度成功している。しかし、日本の雇用者は、より低い費用で労働者を採用しようとするために、ベトナムをはじめこのモデルを採用しようとしない国を好む傾向がある。そのように、雇用者が労働者の負担を犠牲にして、より安価な労働市場へと向かう「底辺への競争」が展開されているのである。日本は現状をすぐさま見直すべきだと私は考える。そのような目先のコストだけにとらわれた近視眼的アプローチは悪影響のスパイラルにつながるからである。
日本は、移住労働者が日本社会に多大な貢献をしていることを真摯に受け止めたうえで受け入れ政策を考えるべきである。
言うまでもなく、移住者はみな人間であり、法の前に平等である。「専門職」などある特定の労働者のみに、家族同伴や日本における永住資格を得る権利を付与し、「低熟練」「肉体労働者」とされる移住労働者の扱いはそうではない、という考え方や施策を改めなければならない。移住労働者の公平な処遇はILOなど国際社会の一員としての日本の責務であるだけでなく、それぞれの送り出し国との友好的な国際関係の強化にも一役買うであろう。日本でよい経験をした移住労働者は、出身国と日本との関係によい影響を及ぼすからである。そのような長期的な視野で、日本における移住労働者の受け入れ政策が進み、送り出し国もまた、移住労働者の人権を尊重した政策を進めていくようMMNは働きかけていきたいと思っている。
1:厚生労働省2019年10月、「外国人雇用状況」の届出状況