特集:アセアンの移住労働者の権利保障の取り組み
ベトナム、フィリピン、インドネシア、タイなど東南アジア諸国からのたくさんの移住者が来日し、技能実習生、特定技能、専門職、結婚移民、留学生(アルバイト)などの立場で就労している。
1970年代以降、東南アジアの資本主義陣営の国々で失業や低賃金に苦しむ人々が生活の糧を求めて中東産油国に向かうようになった。日米をはじめとする「西側諸国」の援助をテコにした開発政策は、フィリピンやインドネシアの独裁政権を強化する一方、庶民は恩恵の蚊帳の外に置かれたのだ。フィリピンなど対外債務が膨れ上がった国々は、外貨獲得の担い手として、人々に「海外出稼ぎ」を奨励する政策をとるようになった。
一方、東南アジア諸国から日本への移住労働者が目立ちはじめたのは1980年代後半のこと。日本が「経済大国」へと進むなか、東南アジアでは日本製の車や家電製品があふれ、日本への関心が高まっていた時期である。
しかし、当時の日本は労働市場の間口は狭かった。その間隙を縫うかのように、タイやフィリピンの女性たちが、ブローカーから就労不可の「観光ビザ」で送り込まれ、超過滞在のまま性産業で働かされるという事態が起きたのである。
また、「興行」の在留資格で歌手やダンサーとして来日した多くのフィリピン人女性たちが、バーでホステスとして接客の仕事に就かされた。ピークの2004年には「興行」だけで8万人超のフィリピン人が来日した。
女性たちは、ほとんど休みなく低賃金で長時間の仕事に就かされた。監視下のもと、売春を強制されるといったケースも多く発覚した。18歳未満の子どもを含む女性の人身取引(人身売買)がはびこり、女性たちの無権利状態が長年にわたり放置されたのである。
そうした女性たちは、当時「ジャパゆきさん」と呼ばれるようになった。19世紀後半から20世紀初頭にかけて日本から女衒(ぜげん)(斡旋業者)によって東南アジアや東アジアに送られ「娼婦」として働いた日本人女性の「からゆきさん」から由来した呼び名である。
しかし、警察や入国管理局は、女性たちが被る深刻な人権侵害に目を向けなかった。それどころか、被害者であるはずの女性たちが、出入国管理法(資格外活動や超過滞在など)や売春防止法(勧誘罪など)によって摘発され、「犯罪者」と見なされ、出身国に強制送還されたり、日本で起訴され有罪判決を受けることすらあったのだ。
1990年代初頭には、スナックの経営者から借金返済などを理由に売春を強要され、追い詰められたタイ人女性が経営者を殺めるという痛ましい事件が立て続けに発生した。
日本政府の長年にわたる不作為に対して国内外から批判が強まった。「人身売買大国ニッポン」の姿が、国際社会で浮き彫りになったのである。日本の市民団体は、東南アジアの女性の人権団体と連携して日本政府に対策を求め続けた。日本政府はようやく2004年12月に「人身取引対策行動計画」を策定したのである。
一方、1980年代後半から、東南・南・西アジアから男性労働者も急増し、超過滞在しながら建設や製造業の現場で働くようになった。賃金不払い、低賃金、労働災害のもみ消しなどさまざまな労働問題が起きていた。
入国管理局が正規の在留資格のない「不法就労者」を断続的に取り締まる一方、1990年代初頭に導入された外国人研修技能実習制度(現、技能実習制度)がやがて非正規滞在の労働者にとってかわる形となったのである。
以来、技能実習生の数が増え続けているなか、問題も新たに起きている。労働基準監督署は、2018年だけで技能実習生を雇用する5,000超の事業所において、労働時間、賃金、安全基準・衛生基準などに関する労働基準関係法令違反を認知している。また、権利を主張すれば、契約期間内であるにもかかわらず強引に空港に連れていかれて強制帰国させられるケースなどが労働組合やNGOに多く寄せられている。
国連の人権条約機関が技能実習制度に関して繰り返し改善勧告を発出している。とりわけ、2014年の自由権規約委員会の勧告はひときわ厳しい内容だ。
同制度のもとで性的虐待、労働に関連した死亡、強制労働につながる状況に関する報告が多く存在することを指摘したうえで、以下のように勧告した。① 制度を低賃金労働者の雇用よりも能力開発に焦点を置く新しい制度に代えることを真剣に検討すべき、② 事業所への立ち入り調査の強化、③ 独立した苦情申し立ての制度の設置、④ 労働搾取を伴う人身取引、その他労働法違反事案を効果的に調査し、起訴し、制裁を科すべきである。
それを受けて2018年から技能実習法が施行されて、外国人技能実習機構が新設され、監視が強化された。しかし、技能実習制度は温存され、人数が増加しているなか、問題は山積状態だ。実習生が背負わされる多額の渡航前費用の問題に関しては、日本の政府や企業は見て見ぬふりで、責務を最初から放棄している。そのような搾取にまみれた技能実習制度を廃止するという確固たる政治的意志が求められている。
公益財団法人笹川平和財団とヒューライツ大阪は2月22日、大阪市内で、セミナー「移住労働者とその家族の権利保護~東南アジアの送り出し国の現状と日本における受け入れの在り方を考える」を共催した。
笹川平和財団は、移住労働者の権利保護・促進に向けた市民社会における連携を目的に、2017年度から国際労働移住をテーマに調査事業を展開している。セミナーは、インドネシアをベースに東南アジア諸国の人権促進に取り組むNGO「ヒューマンライツ・ワーキンググループ」(HRWG)と協働で実施した労働移住をめぐる三つの課題(①ASEAN域内における移住労働者の権利保護に向けた仕組み、②移住労働者の渡航前研修、③送り出し国に残された移住労働者の子どもたちの実情やケア)に関する調査結果の概要を、日本の市民社会と情報共有する目的で開いたもの。ヒューライツ大阪は、2018年から同財団の取り組みに協力してきた。
セミナーは、その課題に即して、第1セッションではHRWGのメンバーで、インドネシア大学のアビアンティ・アジズさんが、2017年にASEAN(東南アジア諸国連合)で採択された移住労働者の権利と保護の伸長に関するコンセンサス(ASEANコンセンサス)の背景と内容に関して(本誌p4-5)、およびヒューライツ大阪の藤本伸樹が東南アジア諸国から日本への移住労働者の増加をめぐる経緯について報告した。
第2セッションでは、渡航前研修の実態と課題をテーマに、京都大学の安里和晃さんが日本における移住労働者の受入れ制度と人権状況に関して、HRWGのダニエル・アウィグラさんがインドネシアから日本への渡航前のプロセスに関して、メコン・マイグレーション・ネットワークの針間礼子さんがベトナム、カンボジア、ミャンマーなどメコン地域からの移住労働者の渡航前の状況と権利擁護の取り組みについて報告した(本誌p6-7)。
残された子どもであった幼少期の身の上を話すプラセトヨさん
第3セッションでは、送り出し国に残された子どもたちの現状をテーマに、HRWGのヨガ・プラセトヨさんが、母親がシンガポールで家事労働者として働いていた子どもの頃の体験を冒頭に語った。さらに、アジズさんとともに、親の海外就労で残された子どもたちの教育、医療、精神的・心理的側面などからの課題について、フィリピン、インドネシア、ミャンマーでの調査を基に報告した。それを受けて、とよなか国際交流協会の山野上隆史さんが、大阪で外国ルーツの子どもの支援に取り組んでいる立場からコメントした。