アジア・太平洋の窓
災害には、自然現象が起こす地震や津波、台風などの自然災害や原発事故などの人的災害がある。では、感染症によるパンデミックは災害なのだろうか。人類は、誕生と同時に自然の猛威に曝されながらも、自然の驚異と恩恵のバランスを取りながらここまで命をつないできた。そして人類は数千年の月日をかけ、高度な文明を築き、発展してきた。いや、はずだった。だが、文明が発達し、都市が大規模化すればするほど、災害による被害が甚大なものになっていることは歴史が証明している通りである。感染症に関しても、人類が狩猟採集から農耕定住生活への変遷に伴いやがて都市を築き、人口が密集したこと、野生動物を家畜化したことがウイルスとの距離を縮め、人間へと感染するようにウイルスが変異してきたといわれる。まさに自然災害同様に感染症も文明災害である。
長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎教授は、「人間の自然への働きかけや社会の在り方がパンデミックの原因となり、結果として人間の社会が変革させられていく」と語っているが、人間が野生動物の生息域を狭めてきたことによって数百年に一度、世界的なパンデミックを引き起こし、人類が築いてきた文明の在り方を矯正しようとしているよう思えてならない。
きっかけは、3月9日に中国のNGOから来たメールだった。
「ロックダウンしている武漢では、感染した家族が隔離された事で、脳性麻痺の男の子が餓死した。また、感染症から回復した人がコミュニティに戻って差別を受けている」という内容だった。このメールを読んだときに、「日本や他国で同じようなことが起きるかもしれない」と直感した。当時、日本でも感染が日増しに増加し、マスクが品薄になっていたが、社会全体にまだそこまでの緊張感はなかった。だが、その後、日本だけではなくヨーロッパ、アメリカ、ロシアに広がり、今や南米やインドなどで感染が拡大する世界的パンデミックとなった。5月27日現在、世界188の国と地域で560万人以上が感染、35万人以上が亡くなっている。
(ジョンズ・ホプキンス大学)
ロックダウンした湖北省武漢市
CODEは、2月4日に先述の中国NGOからの要請を受けて武漢への支援プロジェクトを立ち上げた。その中国のNGOとは、2008年の四川大地震(死者・行方不明者約8万7000人)の支援活動の中で出会った旧知の仲である。近年は、日本の学生を連れた被災地研修事業や中国の学校関係者の防災・減災の訪日研修、中国でのNGO関係者向けの防災・減災研修などで協力関係を構築してきた。2008年の四川大地震は、1年間に約300万人のボランティアが被災地に駆けつけたことから、1995年の阪神・淡路大震災のボランティア元年にならって「中国のボランティア元年」と呼ばれた。中国では、「90後」、「80後」と呼ばれる90年代、80年代以降に生まれた若者たちは、一人っ子政策もあって「甘やかされ世代」と社会で揶揄されていた。だが、その若者たちがSNSを駆使して被災地に駆けつけ、支援から取りこぼされている被災者に寄り添った。また、この震災をきっかけに災害支援を専門とするNGOや中間支援組織も生まれ、「公民(市民)社会元年」とも呼ばれた。四川大地震で生まれ、確実に成長してきたNGOが、武漢支援へと動きだした。
今回の新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)では、中国のNGOはいち早く感染源といわれる湖北省武漢への支援を開始したが、1月23日にロックダウンした武漢に入ることができるのは医療従事者と政府関係者のみで、NGOですら現地に入ることはできなかった。
そこでNGOは、オンラインボランティアの仕組みを立ち上げ、SNS上でボランティアを募り、すぐに700人が集まった。NGOが武漢に派遣した医師からの情報をもとにニーズを把握し、外部のオンラインボランティアたちがSNSを駆使して外部で、物資、資金、人材、情報を収集する。また、オンライン上でボランティアコーディネート、資金、広報、物流、ニーズ、海外調整、アクションなどの10のチームを編成し、ボランティアが自分の特技や興味でチームに参加し、自ら動いていく。アクションチームは、ロックダウンした中で実際に行動する武漢市民たち約100名で、高齢者の買い物サービスや治療待ちの人の入院サポートや搬送、ホームレスや障がい者への日用品の提供、入院患者向けの相談窓口の開設、独居の高齢者への心のケアなど多彩な活動を展開していった。最終的に数万人の武漢市民がボランティアとして動いたという。災害復興の現場では、被災者主体が大切であると言われるが、このCOVID-19では外部の支援者が現地に入れないことから、結果的に武漢市民が主体的に動く「当事者主体」が実現された。
武漢の取り組みは、日本にもフィードバックされ、大阪大学の学生と地域の高齢者の文通ボランティアや東京のマンション内でのマスク譲り合いなどの活動へと広がっていった。これは、自分の足元を見渡すと困っている人がいて、接触に配慮しながらできることがある事、地域でつながることの大切さを再確認させてくれる。
このような中国の武漢の取り組みや、ウイルス封じ込めに成功した台湾との交流の中で、市民力や学び合うことの重要性を再確認し、中国のNGOと国境を越えた協力ネットワークである国際アライアンス「IACCR」(COVID-19に対応した国際市民ネットワーク)を立ち上げることになった。これまでに7回のオンラインの国際会議を開催し、12の国と地域のメンバーと各地の取り組みや状況を共有し、共に学び合い、共に乗り越えていく道を模索している。
アライアンスを通じて、世界を見渡すと、日本とは違う状況が見えてくる。インドネシアでは、大学生たちが自ら布マスクを製作・提供し、ネパールではNGOとボランティアがソーシャルディスタンス(社会的距離)を保って生活困窮者へ物資を提供し、イタリアではNGOがボランティアに感染防止教育をして患者の搬送や買い物サービスを行い、オーストラリアではボランティアが失業者家庭に生活必需品を提供し、インドではNGOが出稼ぎ労働者にキッチンセットを提供するなど最も厳しい状況の人たちを支えている。海外の市民の動きは、STAY HOMEは「何もできない、何もしない」ことではないことを教えてくれる。感染のリスクを冒してでも働かざるを得ない人たち、家が安心できる場ではない人たち、STAY HOMEできる家のない人たちもいる。STAY HOMEは感染防止のために必要なことであることに間違いはないが、家でじっとしている事だけが本当に他の人の命を救うことなのかを問い直さなくてはいけない。
海外と学び合うためのアライアンス
これまで災害ボランティアたちは被災地に駆けつけ、被災者たちに寄り添ってきたが、これからは感染症ありきの災害対応を考えなくてはいけない。直接触れ合う事が難しい状況の中で、いかに被災者を支え、寄り添っていくのか新たなボランティア像が問われている。
現在、日本では新規感染者は減少し、収束傾向にあるように見えるが、これから私たちはどう過ごさなくてはならないのか。この自粛の間に身の回りで何があったのか、何に困っていたのか、誰が大変だったのか、何をすればよかったのかなど、身の回りを丁寧に見直すことが必要ではないか。それは結果的に地域力、防災・減災力の向上につながり、第2波に備え、新たな日常を作っていくことになる。
この新型コロナウイルス感染症が世界に拡大した今、私たちは、完全に元の生活に戻ることはできないだろう。元の生活に戻る事が必ずしもいいとも限らない。私たちは、この感染症とどのように向き合い、世界全体で手を携え、共に乗り越えていくのか、そして自国ファーストに傾きがちな今、私たちは、分断ではなく、連帯に向けて歩みを進めていかなければならない。世界約78億人の一人ひとりが被災者であり、当事者である。今まさに一人ひとりが世界を自分事として考える好機である。