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国際人権ひろば No.152(2020年07月発行号)

人権の潮流

紙とパーム油の原材料の生産地で起きていること

川上 豊幸(かわかみ とよゆき)
熱帯林行動ネットワーク(JATAN) 運営委員

 日本で販売されているコピー用紙や印刷用紙、トイレットペーパーなどの紙製品にはインドネシア産のものがあり、加工食品向けの主要な油であるパーム油にはインドネシアやマレーシア産のものが多くある。これらの産品の生産過程で様々な人権侵害が起きている。その現状を概説したい。

紙の原料であるパルプ材植林地とパーム油のアブラヤシ農園

 紙の原料となる木材はパルプ材と呼ばれ、アカシアやユーカリなどの早いスピードで育つ木を広大な面積に植林するもので、主に天然林を皆伐して植林している。一つの管理地域が数万ヘクタールにわたるものも多い。東京都は20万ヘクタール程度、東京の環状線の山手線の内側が6千ヘクタール程度なので、その大きさがイメージできるだろう。これら単一樹種での植林は「産業植林」と呼ばれ、天然林を回復するための植林である「環境」植林とは区別される。インドネシアでは、森林は国有林とされ、企業への許認可は国が発行し、製紙企業が植林管理地や他の企業から原料を購入してパルプと紙を生産し、日本に輸出している。

 パーム油は、様々な加工食品や洗剤などの日用品の原料として利用されているが、「植物油脂」と表示されており、「見えない油」とも呼ばれている。しかし、日本では2番目に多く利用されている植物油で、今や世界で最も多く生産されている。なお「ヤシ油」は、ココナツから取れるココナツオイルを示し、パーム油ではない。パーム油はアブラヤシ農園で生産され、収穫したアブラヤシの実を搾油工場で搾り、精油工場で精製した上で日本を含む世界各地に輸出している。パーム油の約85%はインドネシアとマレーシアが生産地であるが、インドネシアの生産量が世界全体の半数以上で、マレーシア産はその半分程度の規模である。日本へのパーム油の供給地はインドネシアよりもマレーシアが多く、日本に近いサバ州からの供給量が多いとされる。インドネシアでのアブラヤシ農園開発は、既存の農業用地から作物転換をする場合もあるが、広大な面積が必要なので、森林から農園へと転換する場合が大半で、森林を皆伐して造成する。その場合、国有林を森林区分から外す手続きは国が行い、その後の農園の許認可は地方行政が担う。

地域住民や先住民族との土地紛争について

 インドネシアでは、製紙用のパルプ材植林地やアブラヤシ農園の事業を行うための許認可手続きでは、本来、環境社会アセスメントの調査や、地域住民との協議を行なって、既存の土地利用の確認や境界線の確定などが必要になる。正式には、企業に対して利用許可の手続条件として、地域住民への対応が規定されている。しかし多くの場合、こうした地域住民のための規制は無視されていたとしても、政府からのチェックも行われないままに事業が継続され、いたる所で土地紛争が起きている。定住型の民族のみならず、移動型の民族については状況はより厳しく、利用している山林から追いやられて、本来の生活様式を維持できなくなり、貧困化している事例も報告されている。

 実は、先住民族を支援するNGOが提訴した憲法裁判所での2012年判決(MK35)で、国有林とされている森林に関し、先住民族が伝統的に管理していた土地については国有林から外し、返還すべきだということが決定された。インドネシアの国有林はオランダが植民地として統治していた時に規定され、独立政府がそれを引き継いだが、元々、各地域の民族集団が占有していたもので、国有とされた後も、各地で利用と管理が連綿と継続していた。よって国有林内に伝統的な民族集団や集落があり、土地紛争になっていた訳である。このようにインドネシアでの土地紛争は構造的だが、加えて許認可の発行過程における贈収賄などの汚職により、上述の適正な手続きが行われず、さらに法の執行を担当する警察は賃金が低いために副業が認められており、企業の警備を請負って住民の追い出しに協力することすらある。

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立ち退きを拒否し続けてきた住民たちの家屋に
火を放って強制退去させた(2008年)
画像提供:Riau Peasent Union (STR)

 さて、2019年、紙問題に取り組むNGOの連合体組織であるEnvironmental Paper Network(EPN)では、2つの大手製紙企業について土地紛争事例をまとめたレポートを発表し、土地紛争の発生状況について概要報告をしている。多数の土地紛争が発生しているのは、元々地域住民や先住民族が利用・管理していた土地に政府が勝手に許可を出していることが問題というだけでなく、政府の手続チェックが甘いことを見越し、行うべき手続きをせず、地域住民との協議や取り決めをないがしろにする企業側にも大きな責任がある。紛争解決に対応しており、解決に進んでいると主張する企業もあるが、その村名の情報開示すらされず、検証不能な状況にある。

 2020年3月に、産業植林によって奪われた土地を取り戻す活動を行なっている村で、住民が作物を育てている農園に対して企業がドローンで除草剤を散布する事件が起きた。別の企業管理地で、先祖の土地に作物を植えた先住民族の逮捕事件も起きるなど、地域住民や先住民族の権利尊重どころか、権利侵害を引き起こしている事例が2019年末にも起きている。これを受けて2020年5月に国内外の多数のNGOが公開レターを発表し問題解決を求めており、買い手企業や投資機関に対する要請も行なっている。

 パーム油農園に関係する土地紛争についても状況は深刻で、インドネシア全土で数千件の事例があると報告されており、マレーシアにおいても多数の裁判提訴が報告されている。特にサラワク州については、現在もパーム油農園の拡大による森林転換が起きており、森林減少とともに土地収奪が引き起こされている。

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久しぶりの収穫に沸く農民たち(2015年)

 パーム油においては農園開発時の土地問題のみならず、開発後の農園での労働問題も深刻である。米国労働省が毎年作成しているレポートでも、インドネシアでは子ども労働、マレーシアでは子ども労働と強制労働による作物としてパーム油が指摘されている。インドネシアでは即席麺の食品大手企業の子会社の保有する農園で、中核業務にも臨時雇用の長期従事を違法に継続し、最低賃金以下の支払、独立系の労働組合の組織妨害、女性労働者への差別待遇や過剰な作業ノルマが子ども労働を引き起すリスクを高めている点が指摘されている。マレーシアのアブラヤシ農園では農園労働を外国人労働者に頼っているが、日本への供給元企業でも外国人労働者に労働条件を事前に適切に説明せず、マレーシアへの渡航前に契約書を交さず、不必要な手数料を斡旋業者に支払い、労働法に基づく賃金や労働環境の保証の確認がない事例や、約7千人の労働者の労働許可を得られていないなど深刻な問題が確認された。

認証制度の有効性確認の必要性と調達方針の実施へ

 紙やパーム油については環境社会上のリスク回避のために認証制度が作られているはずだが、上述の問題のインドネシアの大手製紙会社は国際認証であるFSC認証制度から除名処分となっている一方で、各国の認証を基盤に相互承認を行うPEFC認証は取得している。東京五輪の調達コードではPEFC認証紙も調達可能であり、土地紛争を多数抱えている企業からも調達可能である。またパーム油でも人権尊重面で基準に問題があると指摘されるインドネシア政府のISPOやマレーシア政府が進めているMSPOなどの国別認証も利用可能である。国際的な認証制度である「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」の基準は改善されてきているが、認証農園でも苦情が頻発しており、監査上の問題が指摘され、非認証油を混入できる流通方式も利用可能であるなど、確認手段として当てにならない状況にある。国の人権保護が不十分な場合、ビジネスと人権に関する国連指導原則では、企業の権利尊重責任や救済措置が求められており、当該企業とその調達企業や買い手である日本企業に対しても対応する責任がある。JATANでは他団体と協力して購入企業に対して、問題事例の情報提供をして、企業レベルでの権利尊重を求める調達方針の採用と、認証のみに頼らないサプライチェーン・マネジメントを通じた対応を求めている。