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国際人権ひろば No.155(2021年01月発行号)

特集:「ビジネスと人権」のいま

タイの「ビジネスと人権に関する行動計画」が日本に意味するもの

山田 美和(やまだ みわ)
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所
新領域研究センター法・制度研究グループ長

 日本の「ビジネスと人権に関する行動計画」(2020-2025)公表に先立つ1年前、2019年10月29日にタイ政府は「第一次ビジネスと人権に関する国家行動計画(2019-2022)」(以下、タイNAP)を閣議決定した。タイNAPは、アジア地域における初のNAPとして、同年11月の国連ビジネスと人権フォーラムにおいて華々しく披露された。

 タイNAPは目的として「タイが国際人権基準に準拠し、責任ある企業行動を促進し、ビジネスによる人権への負の影響を受けた人々に救済を提供する具体的措置を有しているという信頼を醸成することによって、タイへの投資が増えること、人権を尊重するタイ企業の顧客が増えること」と明示する。先行してきた欧米諸国のNAPがおもに投資母国としての立場から策定されたのに比べて、タイNAPは自国が投資受入国でもあるとの立場から策定された点が特徴といえる。タイ投資委員会の公表によれば、2020年上半期(1~6月)の申請ベースで日本はタイへの外国直接投資額全体の29.8%を占める最大の投資国である。2020年秋の日本のNAP策定を機にタイのNAPが日本に意味するものをあらためて考えたい。

タイのNAP策定プロセスと構成

 タイNAPの策定は、2016年5月の国連人権理事会第25会期における普遍的・定期的レビュー(UPR)を契機とする。スウェーデンから「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)を実行するためにNAP策定を勧告され、タイはその勧告に対応する自主的誓約の行動計画を閣議決定した。その計画のひとつとして、ビジネスと人権に関する国家行動計画の策定があり、法務省権利自由擁護局が主務官庁となった。

 タイNAPによれば、3年にわたる策定の過程は3つのフェーズに整理される。2016年から2017年の閣議決定を挟む期間におけるステークホルダーとのワークショップなどによる情報収集と対話、2017年から2018年の原案作成、5つの地域でのコンサルテーション、パブリックコメント募集、ビジネスと人権に関する国連作業部会メンバー(以下、国連WG)からの意見や勧告、そして2018年から2019年のステークホルダーとの会合、ドラフト作成、再度のパブリックコメント募集、最終案の作成、法務省から内閣への提出である。

 タイNAPは4つの章から構成される。第1章は導入として、指導原則の3本の柱の説明、国連WGによるNAPガイダンスの概要、NAP策定の国際的動向の概説、それらを踏まえたタイのNAP策定の経緯が記述されている。

 第2章では、策定プロセスの詳細が記され、NAPの対象とする4つの主要優先分野(労働、コミュニティ・土地・天然資源・環境、人権擁護者、越境投資・多国籍企業)が挙げられ、NAPと第12次経済社会開発計画等の他の国家計画や政策との関連性が説明されている。

 第3章はNAPの核となる内容、すなわち主要優先分野についてそれぞれ、現状、課題、行動計画が明記されている。行動計画は、第一の柱の国家の義務、第二の柱の企業の責任および第三の柱の救済へのアクセスの三つのパートから構成される。第一の柱の国家の義務と第三の柱の救済へのアクセスを合計すると、労働分野では21の課題、コミュニティ・土地・天然資源・環境分野では14の課題、人権擁護者分野では8つの課題、そして越境投資・多国籍企業分野では12の課題が列挙されている。課題毎に計画されている活動、所管省庁、予定時期、指標そして合致する国家戦略、持続可能な開発目標および指導原則が明記されている。

 第4章は、行動計画の実行、運営、モニタリングならびに短期および長期の評価のメカニズムを明記している。評価は2019年から2020年、2021年から2022年の二期に行われるとしている。

4分野にフォーカスした具体的行動計画

 各分野のそれぞれの課題の政策実行担当として複数の省庁・機関が関わっている。明示されている関係省庁・機関は36におよび、もっとも多く挙げられているのは労働省であり、法務省、内務省、工業省が続く。各分野の行動計画の一部を紹介する。

 労働については、近隣諸国からの移民労働者に対する取り扱いについて批判されてきた。行動計画では、1949年の団結権及び団体交渉権条約(ILO第98号)の署名の検討が挙げられている。その批准を拒んできたタイとしては、大きな転換といえよう。また2011年の家事労働者条約(ILO第189号)への加盟の検討は、当該条約の批准国が少ないなか率先した姿勢をみせていることが観察される。

 コミュニティ・土地・天然資源・環境に関する人権侵害は、タイ国家人権委員会の報告において憂慮すべき事項として挙げられてきた。同委員会の勧告に従い、影響を受けるステークホルダーやコミュニティへの情報開示を含む、関連法の見直しが予定されている。経済特区については、現政権の「産業構想タイランド4.0」の中核となっている東部経済回廊を含み、その運営において指導原則を実行するためにガイドラインの作成が盛り込まれている。

 人権擁護者については「2016年5月におけるUPR、2017年3月の国連人権理事会および2017年7月の国連女性差別禁止委員会などの国際的な場でしばしば挙げられてきた」として、国際的批判への対応が強調されている。著名な人権活動家の名前を明記して、人権擁護者の保護の重要性を強調し、その取り組みとして強制失踪防止条約(ICPPED)の批准をあげている。

 越境投資・多国籍企業では、タイへの投資については、タイ領域および管轄内にある企業が指導原則を守るよう奨励する措置を検討する。大規模もしくは公共サービスに関するプロジェクトにおける人権リスク影響評価も盛り込まれている。タイ企業の海外進出に関しては、投資先での人権侵害が問題視されていること、例えばミャンマーのダウェイ経済特区の深海港湾プロジェクトにおける人権侵害について、タイ国家人権委員会が是正勧告をしていることなども背景として記述されている。海外のタイ企業に対して人権尊重を要求すること、タイ投資家が人権を尊重し、投資先国の人権に関する法規制等を遵守するために、各国における投資ガイドラインの策定の検討などが盛り込まれている。

タイのパートナーである日本の役割-政府・企業・市民として

 策定から1年を機に2020年11月13日、FORUM-ASIA(フォーラム・エイシャ)とCRC(コミュニティ・リソース・センター)を中心とする市民社会組織が、タイNAPの進捗と課題を議論する公開セミナーをバンコクで共催した。市民社会組織は、タイ政府のNAP実行の進展は遅く、新型コロナウィルス感染拡大により事態は悪化していると訴える。開発プロジェクトによる環境や住民の権利への負の影響は続き、人権擁護者へのSLAPP訴訟(恫喝訴訟)は増加している。脆弱な立場にいる人々、とくに移民労働者の権利侵害は深刻である。市民社会組織として、NAP実行のモニタリングにどのように協力できるか、法務省人権擁護局、国家人権委員会を交えて議論がなされた。NAPでは2019-2020年に外部専門家による評価報告書作成を予定し、内閣に提出すると書かれている。市民社会組織は並行して独自の報告書を作成し政府へ提言することを予定している。どのような評価が報告されるのか注目したい。

 2020年2月に来日したタイ法務省権利自由保護局国際人権課長Nareeluc Pairchaiyapoom氏は、登壇したセミナーにおいて「タイNAPの実行とそれが効果を発揮するために、重要な経済パートナーである日本企業の理解と協力を求めている」と強く語った。翻って日本のNAPには「現地関係機関・団体等との協力も視野に、在外公館において、(海外進出日本企業に対して)行動計画の周知や人権デューディリジェンスの啓発を図っていく。その際、女性や子どもを始めとする社会的弱者を含むサプライチェーンにおける労働者の人権保護の課題に十分留意する」と計画されている。日本企業は人権デューディリジェンスにおいて対話すべきステークホルダーを理解する必要がある。タイと日本の市民社会組織の存在があってこそ、企業による人権デューディリジェンスが意味あるものになり、タイと日本両国は指導原則を実行することができる。日本はNAP策定を機にタイとの協働を深化することが強く望まれる。