人権の潮流
国連創設75周年となる2020年、神戸市外国語大学とドイツ国連協会の連携のもと、オンライン模擬国連大会(IMUNO)が10月23日から25日にかけて開催された。この大会は、準備から開催までの全行程をオンラインで行うという初めての試みであった。11月に神戸市内で開催が企画されていた「模擬国連世界大会(NMUN)2020神戸大会」がコロナ禍で延期に追い込まれたことを受け、開催を切望した学生たちからの訴えにより実現した。ドイツ国連協会ノルトラインヴェストファーレン支部加盟校である6大学と神戸市外国語大学から約30人の学生が参加し、3日間にわたって熱い議論を繰り広げた。
模擬国連とは、学生参加者が出身国以外の担当国を割り当てられ、その国の「国連大使」(以下、「大使」)として参加し、決められたテーマのもと国際問題の解決策を英語で討議する教育プログラムである。大会のプロセスを通して、参加する学生は紛争や貧困、人権侵害などの国際問題、および国連システムについて理解を深めるとともに、コミュニケーション能力やパブリックスピーチ、ライティング、交渉能力などを高めることが期待されている。そのような模擬国連のコンセプトは世界で多数の教育機関で取り入れられており、神戸市外国語大学は国連広報局のプログラムである「国連アカデミックインパクト」の参加校として、日本での模擬国連活動において先駆的な存在である。
模擬国連大会は、準備、決議案作成、交渉・投票の三つのプロセスに分けることができる。
① 準備
参加者は、担当国が決まると、すぐにリサーチを開始する。大会で担当国を適切に代表するためには、まずはその国のことを深く知る必要があるからだ。大会テーマに関連する国内政策や国連機関との関係についてはもちろん、その国の人口構成や経済、貧困や失業などの国内問題、諸外国との外交関係などについて広く知見を得なければ、実際の会議で「自国」の立場に立って意見を述べることが難しい。政治や経済は日々変化するため、参加者は大会最終日までリサーチに励むことになる。
② 決議案作成
準備段階を経て迎えた会議初日から、参加者は他の「大使」とコミュニケーションをとり、自分の国の立場に合う考えを持つサブグループを見つけ、各国の考えを集約したワーキング・ペーパーを作成する。この段階では、同じグループにいる他国の「大使」との討議を通して、問題を解決するためにどのような政策を提案するか、その政策を実施するにあたって何が必要であるかなどについて具体的に論点整理をすることが重要である。包括的なアプローチをとる国連の方針に則り、より多くの国に受け入れられる政策形成が求められる一方、国の代表として常に自国の国益も念頭に置きながら議論に臨まなければならない。また、会議中は複数回ワーキング・ペーパーを議長に提出することが求められており、最終の提出で議長から承認を得ると、その文書は決議案として受理される。
③ 交渉・投票
模擬国連では、受理された決議案に対する修正案を投票前に提出することができる。運営上、投票前は時間に追われることが多いので、自国の立場として受け入れられない内容が含まれている場合にのみ提出することになる。
各国の「大使」は投票前までにすべての決議案を熟読し、自国の投票の方針を決める。ほとんどの場合、投票直前まで自分のワーキング・グループが作成した決議案に、より多くの賛成を得られるよう他の「大使」と協議を行う。
ワーキング・グループのキャプチャー(静止画像)。最下段は筆者
今回の大会では、国連安全保障理事会(安保理)の会議を模して「武力紛争下での文民保護」をテーマとして設定した。現実の安保理と同様、英、仏、米、中、露の5つの常任理事国と10カ国の非常任理事国が参加者に割り当てられた。
3日間の会議の中で、「大使」の間で議論の焦点になったのは主に国際人道法の順守の再徹底と、法的措置へのアクセスの強化、国連平和維持活動への女性の参加、子どもの教育機会の保護の三点である。特に、法的措置に関しては、国連平和維持活動において犯罪行為が行われた場合、加害者を刑事訴追することが可能であるにも関わらず、司法についての認識不足により被害者が訴えを起こすことができないケースが多いことが大きな課題となった。適切な処罰を科すために、必要な情報を提供できるよう地域社会との連携が重要であるとの結論に至った。
また、より包括的な取り組みを実現するために、意思決定のプロセスにおける意見の多様性が話題に上った。とりわけ現在の国連平和維持活動において女性の比率が男性に比べて低いという現実を踏まえ、多様な視点を取り入れるために女性のエンパワメントが必要だとされた。
一方で、紛争地域における子どもの教育機会の喪失や、戦火で大切な人をなくすなどの身体的・精神的ダメージが子どもの将来の可能性を阻むとして、教育施設を紛争から守る「学校保護宣言」(Safe Schools Declaration)への調印と実施、および「国連子どもと紛争に関する作業部会」との密接な連携が不可欠であると結論付けられた。最終日には3つの決議案が提出され、全てが満場一致で採択された。
私は、大学入学直後から「大使」や「議長」として、国内外の模擬国連大会をはじめとする国際会議に幾度も参加してきた。今回は安保理の「議長」を担った。私にとって、オンライン会議で「議長」を担当するのは、6月の日本大学英語模擬国連大会(JUEMUN2020)に続き2回目であった。今大会は、Gatherlyという新しいオンライン・プラットフォームを使用したこともあり、初めて経験することが多かった。
① 議論を阻む不安定なネット環境
今回、ドイツ側のインターネット接続が安定しなかったことから、「議長」を担当する上で最も苦労したのは、スムーズに議論を深めることであった。臨機応変にfacebookなどのSNSを活用し、接続が不安定な参加者も討議に参加できるよう心がけた。しかし、演説や議論の中断を余儀なくされるアクシデントが幾度も発生した。一国の代表として参加する以上、一つひとつの言動が意味を持つ模擬国連大会では、発言機会は何よりも重要である。これまでの対面による大会で当たり前のようにできていたことが、今回はできなかったという辛い現実に戸惑った。
② 議論に参加できないもどかしさ
今大会で利用したビデオ通話アプリケーションのGatherlyは、参加者が自由に小グループを移動することができるものだ。これにより、オンライン上で会議室間を移動して他の「大使」と自由に対話することができることから、会議運営がより簡単になると予想した。
しかしながら、このアプリには大きな難点があった。小グループに参加できる人数に制限があったのだ。当日は「議長」や「大使」以外にも運営スタッフやオブザーバーが多数参加しており、各グループの参加者が多くなってしまった。その結果、「議長」である私が各会議室を回ろうとしても人数制限で中に入れず、議論の様子を確認することができないという事態に遭遇したのである。
また、全体での本会議の最中、「議長」と演説者以外のビデオ・音声がともにオフになるため、「議長」と「大使」との間でコミュニケーションを図るのが難しかった。
議論を深めるため、数ヵ月の準備で膨大な量の知識を詰め込んだ。しかし、それらを活かす機会があまり得られぬまま会議が終わってしまった。このまま大学生活を終えることに少しの寂しさを覚えている。
この4年間、私を鍛え、成長させ、貴重な学びを数多くもたらしてくれた模擬国連。2年後の2022年には、念願のNMUN神戸大会が開催される予定だ。後輩たちのすばらしい活躍を大いに期待している。
2019年のニューヨークでの模擬国連世界大会の参加者