アジア・太平洋の窓
ワーキング・ホリデー・ビザで働く日本人の若者たち(以下、日本人ワーキング・ホリデー滞在者)にとって、オーストラリアは人気の行き先である。オーストラリアでは給与が高く、オーストラリア人のみならず各国の人と知り合えて良い経験ができたという声が多く聞かれる。その一方で、近年、ワーキング・ホリデーを含めた短期滞在の外国人が不当な待遇を受けているとの報道が増えてきた。
筆者は在留邦人の中でも特に脆弱な立場に置かれることが多い日本人ワーキング・ホリデー滞在者との意見交換を通じて、その現状の把握に努めるとともに、オーストラリア政府(内務省、外務貿易省)や連邦議会に対して彼/彼女らの状況の改善に向けた働きかけを行ってきた。これらの経験を踏まえて、問題の所在や対応策についての私見を述べたい。これはあくまで筆者の私見であって、所属する組織の見解ではないことをあらかじめお断りしておく。
ワーキング・ホリデーとは、二国間の取極(とりきめ)などに基づいて、一定期間の休暇を過ごす活動とその間の滞在費を補うための就労を相互に認める制度であり、多くの場合18歳から30歳までの若者が対象である。日本は現在26カ国・地域と取極などを結んでいるが、1980年にオーストラリアと結んだものが最初である。また、行き先として全ての対象国・地域の中でオーストラリアが最も多く、新型コロナ感染症発生前は1万人以上(その後、大幅に減って2021年3月末現在で2,000人を切っている)がオーストラリアに滞在していた。
オーストラリアの日本人向けのワーキング・ホリデー・ビザには人数制限はなく、約42.5万円以上の貯金があるといった限られた条件のみで、オンラインで容易に且つ早ければ数分で取得できることが人気の一つの理由である。期間は1年間であるが、農場などで3ヶ月以上働くことで2年目、更に6ヶ月以上働くことで3年目まで滞在延長できる仕組みになっている。飲食店や農場で働いている人が多いが、清掃業や、オペア(au pair)として住み込みで育児支援を行う人もいる。女性が約7割で、留学ほどお金をかけずに英語を学べることが魅力となっている。日本の厳しい職場環境から逃れて新しい経験を求める人も少なくない。
オーストラリアの農場でのワーキング・ホリデーの様子
(オーストラリア留学センター提供)
※本文の内容とは関係ありません
日本人ワーキング・ホリデー滞在者と意見交換する中で最も頻繁に聞く不満が、最低賃金(職種などによるが、通常、時給約2,000円)以下の低賃金(例えば、時給約250円)で働かされるケースである。実際には、英語ができないと雇用されない場合も多いようで、日本食レストランのように比較的英語が必要とされない職場で最低賃金を下回る給与を現金で渡されるケースも多く聞かれた。また、雇用主あるいは同居人からセクハラを受けた女性もいる。
更には、特に農場で働く場合に歩合制で十分稼げない、ビザ延長に必要な証明書類を出さない雇用主がいるとの話も聞く。宿泊場所も課題である。農場の近くでは、簡素な二段ベッドが並ぶ大部屋に法外な宿泊代を払わざるを得ないケースもある。都市圏から遠いため他の選択肢がなく、宿泊場所が仕事の斡旋も兼ねているからである。雇用主や農場のマネージャーなどが自国民を優遇して、それ以外の国籍の人を差別することも聞いた。一般に、日本人を含めたアジア人は比較的大人しく文句を言わないことから、場所によっては欧米人とアジア人の居住空間が完全に分けられ、アジア人が時給の面で不利にされるケースもある。
制度的な制約も課題の一つである。悪徳業者の取締りが不充分との批判があるほか、オーストラリアの他のビザとは異なり、ワーキング・ホリデー・ビザについては医療保険の有無が申請時にチェックされない。このためもあってか、安価な医療保険がないことを理由にして、無保険の日本人ワーキング・ホリデー滞在者もいる。また、住み込みで育児や家事を行うオペアは、労働とみなされないことから最低賃金などを定める法令の対象にもならず、住居や食事を提供される代わりに無給で仕事をさせられたり、もらえても給与ではなく少額の「お小遣い」にすぎなかったりする。
オーストラリアは農業大国であるが、多くのオーストラリア人が敬遠する農作物の収穫作業をワーキング・ホリデー滞在者などの外国人の若者に依存している構造がある。2021年6月現在、外国人は原則としてオーストラリアに入国できない状態が続いており、地方における人手不足は厳しさを増している。このため、一部待遇の改善も見られるようだが、引き続き問題事案は発生し続けている。
新型コロナウイルス感染症の発生により、オーストラリア国内での多くの仕事が失われ、外国人であることからオーストラリア政府の支援が受けられず、帰国せざるを得なくなった日本人も多い。
既にオーストラリアにいるワーキング・ホリデー滞在者についても、滞在期間を延ばすために学生ビザに変更せざるを得ない人も多い。労働時間に上限のないワーキング・ホリデー・ビザと異なり、学生ビザでは2週間で40時間以内という労働時間の制限があり(今後観光・飲食業はその制限がなくなる予定)、この点に不満を持っている日本人は多い。
また、メディアからの批判を防ぐため、ワーキング・ホリデー滞在者に外部の人間とやり取りをさせない雇用者がいることも耳にした。
オーストラリア政府や連邦議会も問題を認識しており、制度の改善を図る努力はされつつある。例えば、連邦議会ではワーキング・ホリデーに関する諮問がなされ、各国大使館との連携強化などの対応策が提言された。
筆者は、制度面の課題解決以外に特に2つの点が重要だと考える。1つは情報収集である。海外生活が初めてで、且つ情報を十分に持たずに渡航する日本人ワーキング・ホリデー滞在者もいる。しかし、最低賃金をはじめ仕事に関連する情報や賃貸住居に関する情報、新型コロナ感染症関連の規制に関する情報は、大使館・総領事館、日本ワーキング・ホリデー協会、エージェント、日本人コミュニティ誌やウェブサイトなど多様な方途で入手が可能である。特に、在留届を提出した日本人宛に大使館・総領事館から送られる領事メールは有効な情報入手手段の1つであり、在留届提出は情報収集の第一歩だと考える。
もう1つが相談相手を持つことである。問題に直面した際にサポートを提供してくれるオーストラリア側の機関もある。日本の労働基準監督署にあたるフェアワーク・オンブズマンに相談をしたことによって、未払い給与が支払われたケースも耳にした。オーストラリア人権委員会や労働組合も対応する用意があるとしている。また、大使館・総領事館は積極的に情報提供や支援を行っているほか、ワーキング・ホリデーをサポートするエージェントを利用している場合にはそのスタッフに相談することも有益であろう。
2021年1月、日本政府はジュネーブでの国連人権理事会によるUPR(普遍的・定期的レビュー)注においてオーストラリアにおけるワーキング・ホリデーを含めた短期滞在者の労働環境の改善に向けた取組の強化を求める(なお、その際にはオーストラリアの多文化主義を評価する発言も同時に行った)など、オーストラリア政府・連邦議会に対して継続的に待遇改善に向けた働きかけを行っている。また、2020年11月には、情報共有及びネットワーキングのために、オーストラリア各地で活動するエージェントを集めたオンライン会議を開催した。こうした努力を継続していく必要がある。
同時に、日本人ワーキング・ホリデー滞在者が、自ら情報を収集し相談相手を確保することの重要性を改めて強調したい。そのためにも、関係者が連絡を緊密にしつつ、情報の発信・共有、また若者へのサポートを提供することが望まれる。
日本人の若者がオーストラリアにおいて良い経験を積むことを通じて、日豪関係の裾野が広がり、関係が更に発展することを強く期待する。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken_r/upr_gai.html
UPR(普遍的・定期的レビュー)の概要(外務省)