特集:難民条約の加入から40年の日本
1981年の難民条約加入1)から40年、日本は難民を適切に保護してきたとは言い難い。2020年末までに「出入国管理及び難民認定法」(以下、入管法)に基づいて難民として認定された総人数は、841人にとどまる。その間、前向きな変化も一部にはあったが、とりわけ近年、難民保護に逆行する動きがなされている。
本稿では、難民条約加入以降の国内の難民保護を取り巻く動きを振り返り、今すべきことを提示する。
難民条約への加入は、日本の社会保障における国民年金法等への外国人の国籍条項が廃止されるなどの改正が実現した。しかし導入された難民保護制度は、制約が大きいものだった。
2001年までの当初20年間の認定数は291人という少なさであり、その背景には難民認定制度のさまざまな手続きに問題があると当時指摘されていた。特に問題であったのは、入国してから60日を過ぎると難民申請をできないという「60日ルール」で、この条項のために申請自体を門前払いされる人、また不認定の理由とされた難民申請者が多数おり、訴訟を起こしていた。また、難民認定を受けても在留資格を自動的に付与されるわけではなく、収容され続ける人もいた。
2002年、瀋陽の日本総領事館に逃げ込んだ北朝鮮出身の家族が、中国の警察に拘束される事件が発生した。この事件は、難民受け入れに消極的な日本政府の姿を示すものとして、多くの注目が集まった。政府に批判が相次ぎ、森山法務大臣(当時)は制度見直しの必要性を認め、「難民問題に関する専門部会」(以下、専門部会)を設置した。同時に与野党各政党から難民保護のあり方への提言が出され、2004年に、難民認定制度の創設から20年を経て、難民認定に関する入管法改正が実現した。
この法改正は、難民保護を前に進める重要なものであった。60日ルールの撤廃、難民申請者の法的地位を安定させるための仮滞在許可制度、難民申請中は送還を執行しないという送還停止効、異議申立てにおいて外部の専門家が審査に参加し意見を述べる参与員制度の導入などである。しかし制度として不十分であり、その後も難民保護を十分促進することにはならなかった。仮滞在は要件が厳しく許可件数はわずかにとどまった。参与員制度も一次審査から独立した第三者機関ではなく、異議申し立てでの認定数は低迷した。
その後、難民申請者の増加が入管行政において問題となっていった。2008年の難民申請者数は、前年度のほぼ2倍の1,599人。同年、難民申請者のための政府による生活支援金である「保護費」(当時は1日1,500円の生活支援金と、上限4万円とした家賃と医療費実費)の予算が枯渇し、支給が止まる。当時、難民支援協会を含む支援団体が政府に申し入れを行い、また民間で難民申請者を支えることとなった。
2010年頃には、在留資格のある難民申請者が申請後6か月を過ぎたときに、就労可能な在留資格を得られるようになった。保護費に頼らざるを得なかった難民申請者の生活が一定程度安定することになった。その一方で、生活困窮する難民申請者はすべて保護費の対象であったのが、一回目の難民申請手続き中の人2)に限られることになった。
2011年11月、難民条約加入から30年を迎え採択された、衆参両議院決議「難民の保護と難民問題の解決策への継続的な取り組みに関する決議」3では、「国内における包括的な庇護制度の確立」に向けて邁進する、と述べられた。しかし、これはその後現在に至るまで、実現されていない。その大きな障壁となったのが、法務省による難民申請者の増加を制限するための「濫用誤用」対策であり、再申請を制限するための運用の変更である。
2011年以降、難民申請者数は大幅な増加に転じ、2012年には2,545人、2014年には5,000人となった。この状況に対し、2014年の前述専門部会の報告4では「保護対象者の明確化による的確な庇護」「手続の明確化を通じた適正・迅速な難民認定」「認定判断の明確化を通じた透明性の向上」「認定実務に携わる者の専門性の向上」を目的とした提言がされたが、その多くは実施されていないか、限定的な実施にとどまる。その一方で、2015年に法務省は「第5次出入国管理基本計画」5を発表、「濫用又は誤用に基づいた申請」を抑制することを意図し、申請内容(もしくは案件)の振り分け、就労許可の限定、そして「送還停止効果に一定の例外を設ける」ことが示された。その後、「見直し」「更なる見直し」として、これらの制限策が導入され、就労許可までの期間も延びるなど、難民申請者に大きな影響を与えた。
40年間にわたる難民行政において、難民保護を前進させる契機は幾度かあり、送還停止効の導入など重要な改善もあった。しかし、難民認定という観点では実効性に乏しいものであったと言わざるを得ない。今日も、以下のような課題が解決されないままでいる。
「難民」の定義について国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の見解など国際的な基準から離れた解釈をしており、不適切な審査となっている。例えば、難民の定義の一要素である「迫害」について、生命または身体の自由に限定し、重大な人権侵害を含まない解釈をしている。
難民申請の手続きの公正さや透明さを実現する仕組みも不十分だ。40年間支援者や弁護士が問題提起をしてきたが、未だに一次審査での入管との面接に代理人が同席できず、面接の録音・録画や供述調書の開示もされない。
参与員制度も機能不全のままだ。参与員は、人選の問題や、専門的審査が求められる研修の不十分さなどが指摘されてきている。2020年の審査請求では不認定5,271人に対し、認定1人であった。同年、決定が出たうち、約90%は口頭意見陳述が実施されておらず6、自らの意見を述べられずに不認定となった難民申請者が多くいると考えられる。
これまで難民保護のためUNHCRからも幾度も意見が表明されてきた7)。しかし、難民保護に寄与する部分の多くは取り入れられていない。
その他、難民申請者に対する生活保障となる保護費も迅速に提供されない。収容の長期化に対しても、本来入管行政において収容は最後の手段とすべきとの原則に対し、仮放免制度の改善や上限期間の設定など抜本的な見直しをしてこなかった。
2021年の通常国会で議論された入管法改正案も、難民保護を改善する施策はほとんどなされない一方で、送還停止効に例外を設けて複数回申請等の難民申請者を送還することを可能にするなど、むしろ難民を危険にさらすものであった。
難民条約加入40年を機に、日本が難民を保護することを、国際法上の義務として改めて認識しなければならない。
保護すべき難民の定義を国際的な基準に沿ったものとすること、難民認定実務の質を高めること、難民申請者の収容の代替措置を進め収容状況を改善すること、現在4年以上かかっている審査の間不安定な状況においている難民申請者の最低限の生活を保障することなど課題は山積する。その多くは、長年指摘されてきたものだ。
今こそ、難民保護の観点に立った制度の実現に舵を切り、難民認定からその後の生活までの保護を実現する取り組みが必要だ。そのためには、政官民がそれぞれ、行動しなければならない。
入国管理の観点ではなく、難民保護を本旨とする「難民保護法」の制定に向け、また難民保護のための独立した機関の設置に向けて、国会と行政において取り組んでいただきたい。また、制度ができて終わりではなく、社会の中で日々安心して暮らせる取り組みも必要だ。
2021年の入管法改正案の国会審議において多くの人々が関心を持ち意見を表明したことは、日本社会の変化を感じられる。私たちも、支援団体の立場から、難民一人ひとりに向き合い、彼らの保護と、難民とともに生きる社会を見据えて、制度の改善と社会を作っていくことの両面から取り組んでいく。
1:難民の地位に関する条約には1981年に加入し、難民の地位に関する議定書は1982年に加入した。
2:異議申し立て(現在は審査請求と呼ばれる)及び地裁での訴訟段階を含む
3:https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/179/111121.html
4:https://www.moj.go.jp/isa/content/930003065.pdf
5:http://www.moj.go.jp/isa/content/930003142.pdf
6:http://www.moj.go.jp/isa/content/001345018.pdf
7:例えば、第5次出入国管理基本計画案や入管法改正案などに対して、見解が表明されている。UNHCR「難民保護・無国籍関連資料:UNHCR駐日事務所が提出した意見」https://www.unhcr.org/jp/protection_material