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国際人権ひろば No.159(2021年09月発行号)

特集:難民条約の加入から40年の日本

日本の難民認定基準にジェンダー視点の導入を

稲葉 奈々子(いなば ななこ)
上智大学教員

「遠い国の出来事」ではない目の前の事実

 近年、日本でも、ジェンダーや性別ゆえに女性が被る暴力や差別をなくすための制度が整えられつつある。しかしそこに人種の問題が交差する難民認定となると、ジェンダーの視点が欠けていると言わざるを得ない。本稿では、日本で庇護を求めたにもかかわらず、難民として認められず非正規滞在状態に陥ってしまった女性たちの事例を紹介しつつ、この問題を考えていきたい。
 アフリカにおける女性器切除や児童婚・強制結婚など女性に対する暴力や、中東における女性の社会的地位の低さについては、国連をはじめとする国際機関が改善を求め続けていることは言うまでもなく、日本においても女性に対する人権侵害として報道され、議論もされている。UNICEF(ユニセフ)や国際NGOのキャンペーンも行われており、大学でもジェンダーと開発をテーマとした授業などを通じて、関心を持つ人も増えてきた。
 この問題は「遠い国の出来事」ではない。アフリカや中東から女性に対する暴力を逃れるために来日した女性たちのなかには、難民認定されず、在留資格を認められないまま、苦境に陥っている人たちがいる。
 以下に紹介する事例は、筆者がインタビューした女性たちの現実である。 本人が特定されないように、一部事実関係を変更している。彼女たちの経験は、中東やアフリカにおける女性に対する暴力を、「遠い国の出来事」として済ませることなく、直面せねばならない目の前の事実として突きつけてくる。

出身国での女性に対する暴力

 ナイジェリア人のマーガレットさん(仮名)は、1991年、19歳のときに来日して以来、30年間にわたって在留資格が認められていない。マーガレットさんが国外に逃れた理由は、女性器切除を逃れるためだった。母親は、女性器切除のために、子どもを何人も亡くしており、マーガレットさんにはそれをさせたくなかったという。しかし父親はそれを受け入れなかったため、女性器切除を強制されることは避けられそうになかった。14歳のときから友だちの協力で大学の寮にかくまってもらっていたが、一生隠れているわけにはいかない。母親や友だちの親の協力で、日本に渡航した。
 カメルーン人のアヤさん(仮名)は、大学で物理学を専攻する学生だった。一人っ子だったアヤさんは、出身の村の王である父の地位を継ぐ儀式を遂行することになった。ところが、王位継承にあたっては、ローカルな伝統宗教に則って、神の祭壇に赤ん坊を生贄として捧げるのだという。当然、拒否したが、その頃、立て続けに村にふりかかった災厄は、すべてアヤさんが儀式を執り行わないからだと責任を転嫁された。アヤさんは母親の理解を得て、タイに逃れたが、タイは難民条約を批准していないため、難民申請ができる日本に辿り着いた。
 チオマさん(仮名)は、ナイジェリア人で、大学で経済学を専攻する学生だったが、21歳のときに、父の故郷の86歳の王の11番目の妻として結婚を命じられた。結婚したくなかったため、まずは首都のアブジャに逃れて、教会の牧師と弁護士の協力を得て、来日したという。
 アフリカだけではない。マルジャンさん(仮名)の出身国のイランでは、女性が才能を伸ばしてもらえず、子どもの頃から女性差別を経験してきた。夫と離婚してシングルマザーになったのちには、イランで実践されているイスラム教が、「女性差別的だし、女性を奴隷扱いする暴力的な宗教だから」、子どももいっしょに、ムスリムであることをやめたという。それを身近な人に話したが、それがいかに危険なことだったかを悟り、日本に逃れてきた。

女性に対する暴力を理由とする難民認定の不可能性

 彼女たちはもちろん難民申請もしている。それゆえ、なかには難民申請中ということで、6か月の「特定活動」の在留資格が付与され、就労が許可される場合もある。運がよければRHQ(難民事業本部)から生活支援金を提供されることもある。
 マーガレットさんは印刷工場で長く働いていたし、アヤさんはゲストハウスの清掃の仕事をしていた。マルジャンさんはレストランの厨房や食肉加工場などの仕事を転々としながら、今は夜勤の工事現場の警備員の仕事をしている。チオマさんは来日後にシングルマザーとなり、体調を崩したこともあり、生活保護を受給している。
 彼女たちは全員、難民申請をしている。しかし、難民認定率の低さを鑑みるに、難民として在留資格を得られる可能性は低い。難民認定が却下されても、帰国を拒否すれば、非正規のまま滞在し続けることになる。事実、マーガレットさんとアヤさんは、難民認定を却下され、すでに非正規滞在になっている。マーガレットさんは2年間、入管に収容された経験もある。
 日本で安定した在留資格を認められず、困窮している移民女性のなかには、彼女たちのように出身国での女性に対する暴力が理由で来日した人たちがいる。ところが、ひとたび日本に来ると、「ニューカマー外国人」として一括りにされてしまうだけでなく、来日目的が「単なる出稼ぎ」とみなされてしまうことも多い。彼女たちは、難民申請をしているのだが、女性に対する暴力を理由として難民認定されたケースを筆者は寡聞にして知らない。アフリカや中東の女性の開発、援助に取り組むNGO、国内のフェミニスト運動と移民女性を支援する運動などが手を結んで、女性に対する暴力から逃れてきた女性たちの在留資格を求める運動が必要である。

ジェンダーや性別に基づく迫害からの庇護権

 女性に対する暴力を理由とした難民申請が認められない理由は、ジェンダーや性別やセクシュアリティに基づく暴力や差別の存在が十分に認知されていないためである。
 ペルー人のトランスジェンダー女性であるマリエさん(仮名)は、ペルーで暴力と差別を受け、日本で難民申請をしたが認められず、入管に収容された。マリエさんは男性のブロックに収容され、複数の男性との同室を強いられ、収容所内でのハラスメントや暴力を経験している。同じ時期に個室に収容されていたイラン人男性は、マリエさんの状況を理解し、自分の個室に何度も彼女を避難させたことがあるという。ホルモン投与も認められず、個人としての尊厳が尊重されることはなかった。つまり、収容所内では、社会的な性としてのジェンダーではなく、生物学的な性のみに基づいて管理されている。
 イタリアの哲学者アガンベンは、主権国家により社会的・政治的な生を奪われて、生物的な生としてのみ存在させられる人を「剥き出しの生」として描いた。アガンベンが念頭に置いていたのは、ナチスの強制収容所の囚人だが、現代においても、入管収容所や刑務所に囚われた人々は、まさに主権国家が生み出す「剥き出しの生」である。
 エスニック・マイノリティが投獄される確率が、マジョリティよりも優位に高い事実は、欧米ではつとに指摘されているが、国家の「暴力装置」と人種差別が密接に関連する証左であろう。非正規滞在の外国人のみを対象とする入管収容所は、国家の暴力が人種差別として典型的に現れる場所である。
 非正規滞在外国人を「剥き出しの生」にまで縮減する国家の暴力は、国境管理における国家主権の名のもとに正当化されている。国家が管理する境界は、国境だけではない。婚姻制度に代表されるジェンダーの越境も管理の対象である。日本では、セクシャル・マイノリティの権利について理解が進んできたとはいえ、収容施設は生物学的な性つまり「剥き出しの生」により、区分・管理されており、社会的な性たる「性自認」は基本的に考慮されない。
 人間を「剥き出しの生」として存在させる国家の暴力に歯止めをかけなければ、ジェンダーや性別に基づく制度的な暴力を止めることはできないだろう。
 現在の日本では、ジェンダーや性別に基づく差別や暴力の被害者であるだけでは、難民の要件を満たさない。そのため本稿で紹介した女性たちは、難民申請をしながらも認められず、精神的ケアを受けることもできず、生活困窮を経験している。そればかりか非正規滞在ゆえに入管に収容されることすらある。国際人権基準においては、ジェンダーや性別ゆえに迫害を受ける恐れのある人は、難民として保護の対象とされている。日本の難民認定の現状を、早急に国際人権基準に合致させることが必要である。