アジア・太平洋の窓
2021年8月15日(以後、「8.15」という)以降のアフガン社会-ターリバーンの首都カブールへの無血入城とそれ以後の全権掌握-では、それ以前から進行中の人道危機が一層深刻化している。人道危機は主に、① 8.15以前の旧政府軍、ターリバーン、イスラーム国系勢力による三つ巴(内戦)を含む長年の戦乱、② 2018年頃から現在まで続いている干ばつ、③ 新型コロナウイルスの感染問題に加え、④ ターリバーンによる再支配を受け、各国政府や国際通貨基金などの国際機関がアフガン政府への援助を停止したり、⑤ 米国などがアフガニスタンの海外資産を凍結したりしていることから引き起こされてきた。
国連食糧計画は2021年10月末、冬の到来により2,280万人が急性食料不安に陥り、うち870万人が緊急レベルの飢餓に苦しむことになるとの予測を発表した1。アフガニスタンの総人口は約3,700万人から3,900万人といわれており、2,280万人というと、6割近くあるいはそれを少し超す割合ということになる。この数値を見るだけでも、その状況が緊迫を極めていることがわかるだろう。
なお、アフガニスタンは、南アジアと中央アジアのちょうど間に位置し、地域差はあるが、冬季は氷点下になったり、降雪や積雪が続く地域もあったりする。したがって、これから厳しい冬をいかにして越すのか、ということが、アフガニスタンのいまを生きる人々にとってのリアルな喫緊の問題となっている。
大部分が農村部であるアフガニスタンでは、干ばつが続くと、いうまでもなく生産量が大幅に低下し、農民やその取引をしている人たちの生活を逼迫する。また、干ばつが続いていると思いきや急に大雨が降り、鉄砲水が発生することで多数の家屋が損壊するなどの被害が生じることもある。医療体制はもともと、長年続いてきた戦乱により脆弱であったが、8.15以後は医療関係者の海外流出に加え、海外援助の停止、海外資金の凍結により医薬品が圧倒的に不足する事態が起きている。
この20年間のアフガン政府の財政は、基本的に海外援助に依存してきた。その援助がターリバーンによる全権掌握を理由に停止されれば、支援が必要な各分野の機能が直ちに止まり、それがターリバーンに関係する者であろうとなかろうと一般の人々、とりわけ社会で弱い立場に置かれてきた人々の生活に多大な影響を及ぼすであろうことは、容易に予想できていたはずである。それにもかかわらず、国際社会は<経済制裁>への道を選んだ。なお、世界銀行はあまりに深刻な人道危機への対応として、2021年12月に入ってからようやく凍結中の同国向けの復興支援基金を一部解除することにした。
バルフ州の国内避難民のキャンプの様子
(2021年11月29日、RAWA撮影・提供)
なお、アフガニスタンの海外資産-それはアフガン人の資産である-の凍結は、経済全体を麻痺させる大きな要因となっている。アフガニスタン中央銀行が保有してきた多くの資産は、海外の口座(その多くは米連邦準備銀行下)にあるため、凍結により実際に使うことができる現金が著しく減った。その影響で国内の各銀行も現金不足になったことから、預金の引き出し額に制限がかけられるようになった。つまり、人々や会社、民間団体はたとえ銀行に預金があっても自由に引き出すことができない状態になったのである。
こういう状況下でアフガニスタンの物価はみるみるうちに高騰した。筆者が現地のアフガン人から聞いた限り、8.15から1か月程度の段階では生活必需品(例えば、豆や小麦粉、食用油、米などの食糧)の多くが1.5倍から2倍くらいに上昇し、時間の経過とともに3倍や4倍にまで上昇したものもある。
① ジェンダーに基づく暴力や差別の諸要因
筆者は、過去10年にわたりアフガニスタンのフェミニスト団体RAWA(アフガニスタン女性革命協会)2と連携・交流しながら、アフガン社会のフェミニスト運動やジェンダーに基づく暴力・差別の研究を続けてきた。そこから得られた知見に基づき、8.15以降はターリバーン支配下の女性の人権問題のゆくえに関して、できるだけ発信するよう心がけてきた。それは、同国におけるジェンダーに基づく暴力や差別を生み出す諸要因が構成する重層的な構造を見続けてきた者として、各国の対応やメディア報道を通して、ターリバーンだけが女性の自由の侵害を含むジェンダーに基づく暴力や差別の要因であるかのような誤解を生む言説が広く拡散されていくことに対し、強い違和感を覚えてきたからである。また、単純かつ誤った言説が流れることで、過去20年にわたる国際社会による復興支援の効果や課題、外国軍の駐留が引き起こしてきた諸問題をきちんと検証できなくなることを懸念してきたからである。
アフガニスタンにおけるジェンダーに基づく暴力や差別の根本的な要因は、社会に根強く残る家父長的社会規範である。多くの人々は、ターリバーンであろうとなかろうと、また都市部であろうと農村部であろうと、少なからずこの規範の影響を受けた環境のなかで育ってきた。家父長的社会規範と、例えば、イスラームの厳格な解釈や、場合によってはその曲解が結びつくことで、暴力を多発させ、差別が深刻化する構造が膨らんでいった。また、外国軍の駐留や繰り広げられた軍事作戦は、武器を持った外国の侵略者からコミュニティや家を守るという発想を生む要因になり、家父長制の強化にもつながった。長年続いてきた内戦を含む戦乱は、武力への依拠および武力による権力関係・力の誇示を正当化し、それが社会的に脆弱な立場におかれてきた者への支配や暴力へとつながった。したがって、この構造を考えると、ターリバーンだけを問題視していても、アフガニスタンにおけるジェンダーに基づく暴力や差別の問題の解決にはいたらないのである。
② 人道危機への取り組みにはジェンダー・マイノリティ視点が必須
8.15以降、各所でこの構造についてたびたび概説してきたが、それに対し、「人道危機がこれほど深刻であるときに、女性の人権問題を強調して語るのはいかがなものか」といった反応が寄せられることがあった。そうした声を耳にするたびに、人道危機問題と女性の人権問題が別々の課題ではないことを声を大にして訴えなければならない必要性を強く思い知らされた。
人道危機とそれへの至急の対応を考える際に看過してはならない点は、ジェンダー・マイノリティ視点を通して状況分析をするという姿勢である。そうしなければ、多数の人々が支援を必要とするなかにおいても、とりわけ待ったなしの即時の援助が届けられなければならない人々を見落とすことになるからである。また、コミュニティや家族に何らかの援助物資が届いたとしても、内部のジェンダー観により不平等な配分がなされることも十分ありうるからである。
筆者がこれまでの経験を通して、人道危機の文脈で最も目を向けるべきだと考えるのは、貧困などの理由で実家から支援を受けることができずに暮らしているシングルマザーとその子どもたちである。アフガニスタンには、戦闘や敵対する勢力による暗殺、病気、事故により夫を失った妻が多数暮らしている。夫の兄弟と再婚、または農村部で家族と同居することも多々あるが、そうせずに残された子どもを世話しながら、同時になんとか仕事を探しだし、低賃金にあえぎながらも生きのびてきた女性たちもいる。現在は経済麻痺で失業者があふれている上に、ターリバーンの施策により女性の就労(医療職のほんの一部の職種を除く)が認められていない。生きる術を失った彼女たちとその子どもたちは、一秒一秒が生きるか死ぬかという究極的な状況下にある。こういう世帯に直ちに援助が届けられることがいま、切実に求められている。
1:国連食糧計画「アフガニスタンは世界最悪の人道危機になりつつあると報告書が警告」(2021年10月25日、日本語サイト)https://ja.wfp.org/stories/afghanistan-climate-crisis-drought-wfp-hunger-cop26-ipc-un(2021年12月3日最終閲覧)
2:1977年に創設されたアフガニスタンの独立系のフェミニスト団体。女性の団結の力で社会を変革し、女性の権利を含むすべての人々の権利と自由が保障される民主的な社会を築くことをめざしている。