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2021年11月にグラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)は、「グラスゴー気候合意(Glasgow Climate Pact)」を採択して終了しました。気候変動による予測がつかない豪雨や嵐は、毎年のように洪水や土砂災害を引き起こし、多くの命を奪い、家屋の流出、農業や産業への被害を発生させています。様々な要因が複合的に作用することによって引き起こされる気候変動ですが、その原因であり結果でもある問題として「陸の豊かさの喪失」があります。激甚災害に比べると注目されにくいですが、より緩慢に、そして取り返しがつかない深刻な影響をもたらします。SDGsでは目標15として設定されているこの問題について、「20世紀最大の環境破壊」とも言われるアラル海の消滅という事例に触れつつ説明したいと思います。
目標15には、以下の9つの具体的なターゲットがあります。
アラル海の消滅は、私が初めて「陸の豊かさ」の大規模な破壊に接した問題です。2003年に京都、滋賀、大阪で開催された「第3回世界水フォーラム」の際に、現地からの報告を聞き、問題の深刻さを知りました。地理の授業で習った方もおられると思いますが、アラル海は中央アジアに位置し、1960年頃までは、カスピ海、スペリオル湖、ビクトリア湖に次ぐ世界第4位の湖面面積を有した湖でした。
かつてアラル海には多くの魚類や希少動物種が生息し、アラル海周辺に暮らす人々の8割は、加工を含むアラル海での漁業で生計を立てていたと言われています。キャビアの瓶詰めも重要な産業でした。湖には急激な温度変化を緩和する働きがあるため、沿岸地域の農業生産や暮らしにとっても良好な環境を提供していました。
変化が訪れ始めたのは1960年代です。アラル海に流れ込む2つの河川の流域に大規模な灌漑設備を建設して大量に水を消費する綿花生産が始まったことにより、水面が低下し始め、周辺の中央アジア各国は以前より乾燥した気候、そして以前よりも暑い夏と寒い冬に直面することになりました。湖面面積は10分の一まで縮小し、アラル海の周辺で生活を営んでいた人たちの生活、健康、環境は一変しました。元々、アラル海は塩分濃度が低い、淡水魚も海水魚も住める塩湖でしたが、砂漠化に伴い湖水の塩分濃度が海水を超える7%にまで上昇し、漁業は不可能になりました。漁業で生計を立てていた何万人もの人が職を失いました。ユニセフは、アルコールや薬物依存者の割合が高いことを報告しています。
また、砂漠化したアラル海は塩分を含んだ大規模な砂嵐を周辺地域に発生させ、これが周辺住民の喘息を始めとする深刻な呼吸器疾患や腎臓疾患、眼科疾患を引き起こしています。残留農薬を原因とする毒性の強い塩分を含んだアラル海からの砂嵐は、遠く離れたグリーンランドやノルウェーでも観測されています。
アラル海の消滅は、生計手段の喪失、健康被害、飲料水の不足等、甚大な複合的被害を地域住民にもたらしてきました。生きるための様々な権利が脅かされている状況です。流域全体の人々の暮らしを念頭に置いた開発が必要ですし、関係各国が共同で統合的に流域を管理する国際協力が欠かせません。その際には、先住民や女性を始めとする多様な人たちの声を反映することが重要です。干ばつや飲料水の不足は、女性の労働負担をさらに重くします。
「陸の豊かさ」という環境の問題を考える際も、それがどれほど地域に暮らす人たちの人権と深く関わっている問題かを理解することが重要であることを改めて痛感させられます。