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前号では「気候変動」を特集しましたが、今号は「ビジネスと人権」に焦点を当てます。その両方に深く関係するのが「公正な移行(Just Transition)」という概念です。普通名詞のように聞こえる言葉ですが、どのような背景と意義をもつ概念なのでしょうか。
「公正な移行」は、2015年に開催された国連気候変動枠組条約の第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定の前文で、締約国に対し「自国が定める開発の優先事項に基づいた、労働力の公正な移行並びにディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と質の高い仕事の創出が必要不可欠であることを考慮し」という文言で示されました。パリ協定が求める地球温暖化対策の実行にあたり必要不可欠な視点ということになります。2016年には気候変動枠組条約事務局が、締約国の努力を支援するために「労働力の公正な移行及びディーセントワークと質の高い仕事の創出」と題する文書を発表しました。2021年の「国連ビジネスと人権フォーラム」で発表された「ビジネスと人権の次の10年のためのロードマップ」では、公正な移行を企業の人権尊重の中核的な要素とすることが明記されました(今号p.8「第10回国連ビジネスと人権フォーラムに参加して」参照)。
地球温暖化を抑えるために求められる対応は、エネルギー分野の産業の根本的な再編成を必要とします。化石燃料に依存したエネルギー供給を脱し、クリーンで再生可能なエネルギー供給に移行し、温室効果ガスの排出量を減らす必要があります。産業革命時の平均気温と比較して世界の平均気温の上昇を1.5度未満におさえ、地球と私たちの未来をつくるためには必要不可欠な対応ですが、この転換は雇用にも大きな影響を及ぼします。低炭素産業の雇用には成長が見込まれますが、化石燃料関連の産業では雇用は縮小することになります。前述の文書では、環境と社会の両面で持続可能な低炭素経済への移行は、政府、労働者、使用者が協力し適切に対処した場合には、仕事の創出、仕事の価値の向上、社会正義、貧困解消に結びつくとしています。そして、低炭素経済への構造的変革は、① 気候変動からの悪影響の克服を可能にする経済成長と繁栄、② 温室効果ガスの削減、③ より生産的で所得をもたらす働きがいのある人間らしい仕事に結びつくとしています。しかし、それが本当に実現するかどうかは、今後、どう取り組むかにかかっているでしょう。
COP26の前後から「代替肉」がメディアで取り上げられることが増えています。代替肉は、牛肉、豚肉、鶏肉等の食肉を使わずにつくられる肉を指しますが、大豆等の原料が使われ、近年では食肉と比べて遜色ないと言われる代替肉も流通しています。以前から菜食主義者(ベジタリアン)を中心に消費されてきた代替肉ですが、世界では、地球温暖化への対応として代替肉を選ぶ消費者が増えています。その背景には、地球温暖化の原因の一つであるメタンガスの排出には牛のゲップが大きく影響していることがあります。ヒューライツ大阪の事務所の周辺には、牛ミンチを使ったハンバーグが評判の行列が絶えない店がありますが、メタンガス削減への取り組みは、畜産業と飲食業を営んできた人たちに多大な影響を与えることになります。
国際的な協力も始まっていて、欧州委員会(EC)は、2020年に「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」を立ち上げ、2021年から2027年の6年間に550億ユーロの資金を調達し、移行の影響を最も強く受ける地域における社会経済的打撃を軽減するための支援を提供することを表明しました。そしてメカニズムの下に、資金提供、規制に関する最新情報、分野別の取り組み等、移行に関するあらゆる情報、必要な技術的支援およびアドバイス、そして成功事例を提供する「公正な移行プラットフォーム(Just Transition Platform)」を設置しました。
環境NGOである「気候ネットワーク」が発行した『公正な移行?脱炭素社会へ、新しい仕事と雇用をつくりだす?』には、各国で実施されてきた様々な事例が紹介されています。そこではヨーロッパにおける石炭鉄鋼産業の中心地であったドイツのルール地方が、約10年をかけ、2018年に石炭採掘からのフェーズアウトを実現した事例等が紹介されています。日本における脱炭素、脱化石燃料への転換にあたっては、1950年代後半以降の石炭から石油へのエネルギー転換の際の経験にも学び、労働者の人権を第一に、誰一人取り残さずに脱炭素経済と社会を実現する必要があります。
< 参考 >
(特活)気候ネットワーク(2021年)
『公正な移行?脱炭素社会へ、新しい仕事と雇用をつくりだす?』
https://www.kikonet.org/wp/wp-content/uploads/2021/09/JT_handbook.pdf