特集:人権と民主主義への課題-中国、ミャンマー、アフガニスタン
2021年2月1日にミャンマー国軍がクーデターを起こして以降、国軍による市民への弾圧、少数民族居住地域での国軍による空爆などが続いている。被害者数を調査・発表しているNGO、政治囚支援協会によると、3月30日時点で1,722人が殺害されている。また、国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、2022年3月7日時点でミャンマー全国に86万5,700人の国内避難民(IDP)がおり、うちクーデター後の避難民は49万5,300人にのぼる。国連人権高等弁務官は1,440万人が人道援助を緊急に必要としている状態とみている。この数はミャンマーの人口の約4分の1にあたる。
国軍の暴力はクーデター以降に始まったものではなく、少数民族地域では数十年にわたり続いており、また、今回のような市民への暴力も過去の民主化運動への弾圧と何ら変わりがない。以前と大きく異なっているのは、映像と通信技術の進歩により国軍の暴力が可視化され世界に伝わったことだろう。以前とは比較にならない多くの人たちが、ミャンマー国軍の非道な行為をリアルタイムで知り、国軍批判が世界的に高まった。
だが、国軍の暴力はおさまる気配はない。3月27日は、1945年にビルマ国民軍が日本の占領軍に対し一斉蜂起したことに由来するミャンマーの「国軍記念日」だが、2021年のこの日、国軍は民主化を求める市民を100名以上虐殺した。そして2022年、クーデターを主導したミンアンフライン国軍司令官は、民主化を求める市民をテロリストと呼び、「壊滅」すると宣言している。
ミャンマーは国連の認定する後発開発途上国(LDC)だが、国軍の兵力は40万人にのぼるとみられ、近代的な装備も有する。国軍には兵力を維持し、自治や民主化を求める人々を弾圧し続ける資金力がある。
2008年に制定されたミャンマー憲法では、軍事の独立が認められる他、国防予算は国軍が管理し、かつ国の会計監査の対象からも合法的に除かれている。更に、国軍の資金は国防予算だけではなく、独自のビジネス網からの収入もある。一説ではミャンマーのGDPの8割を国軍系企業が生み出しているという。中国向けのヒスイや宝石の貿易など、実態が不明なものも多いが、2017年のラカイン州での人道危機をきっかけに作られた国連の「ミャンマーに関する事実調査団」が、2019年に発表した「ミャンマー国軍の経済的利益についての報告書」などにより、徐々に資金の流れが明らかになってきた。この報告書によれば、国軍系のミャンマー経済公社(MEC)とミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)の2社は、子会社100社以上を有し、両社とその子会社の莫大な収入の多くは政府予算に取り込まれず、国軍が独自に管理・使用できると指摘する。これら企業と繋がる外資もあり、報告書はその関係を断つように勧告している。
残念なことだが、2017年にラカイン州で人道危機が起きても、ミャンマー国内の紛争や国軍による人権侵害が大きな問題であると日本国内で認識されておらず、日本政府と企業はミャンマーに投資を続けてきた。日本政府は、政府開発援助(ODA)だけでなく、日本の民間企業の海外進出を支えるための公的資金を有する。ミャンマーにもさまざまな資金が投じられたが、ほとんど見直されずに今も継続している。中には、国軍を直接に利するものも含まれている。
キリンホールディングスは、民生化後、国軍系のMEHLと合弁企業を立ち上げミャンマーでビール事業を展開していた。クーデター前から、国際的な人権団体から国軍との関係を批判されていたことから、クーデター後すぐ、国軍系企業との合弁解消を発表した。しかし、ミャンマーの人々から激しい不買運動を受けた上、合弁は解消できず、今や撤退を余儀なくされている。キリンがミャンマー企業を買収する際、企業の海外投融資を支援する公的な金融機関、国際協力銀行(JBIC)がその買収費用を融資した。JBICの資金は国税である特別会計の勘定からの借入金、債券で調達した資金などがあてられる。私たちもJBICを通じて、この投資を支援したことになる。
また、1990年代に始まった日本の官民によるイェタグン・ガス田事業も継続されている。ガスは100%隣国タイに輸出され、ミャンマー政府に莫大な利益をもたらしてきた。
ODAでは、国際協力機構(JICA)が円借款を供与しているバゴー橋建設事業で、横河ブリッジが、国軍系企業MECを下請けとし事業に不可欠な資材を納入する予定であることが現地からの告発で明らかとなった。また、海外投融資というスキームを使い、JICAが出資しているティラワ経済特別区では、ミャンマー政府も出資している。事業の収益が出れば配当が支払われる。外務省はクーデター以降、配当は支払われていないと主張しているが、国軍が実効支配を強める中、今後もずっと支払いを拒めるのか疑問だ。ティラワの経営には、既に国軍が指名した人物が関わっている。
ミャンマーでは、ODAの他に、JBICの扱う資金のような、OOF(その他の政府資金)と分類される公的資金も投じられている。JBICは、キリンへの融資のほか、ヤンゴン市内の軍事博物館跡地に建設中の複合不動産事業(通称Yコンプレックス)に融資している。現地NGOや私たちはクーデター前から、この事業用地の賃料が国軍管理下に入っているのではと指摘してきたが、JBICや企業はミャンマーの国庫に納められていると主張していた。現状では国庫に入っても国軍が管理することになる。土地賃貸の契約先である兵站総局は、2021年12月に英米カナダの制裁対象となっている。この事業には、東京建物、フジタ、そして海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が出資している。日本の国会でも問題が指摘されたところ、クーデター以降の賃料は支払われていないと説明がなされた。JOINは、2013年に閣議決定された「日本再興戦略」を根拠とする官民ファンドの一つで、国土交通省が管轄する。官民というが、資金の9割以上が特別会計から拠出されている。この事業も継続すればいずれ支払いが発生するだろう。JBICもJOINも今後については明確な態度を示していない。JOINはこの他にもミャンマーで4つの事業に出資している。
メコン・ウォッチを含む日本のNGOは、日本の資金がミャンマー国軍の暴挙を支えることのないようにと声をあげ、日本の政府・企業にクーデター以降、情報公開と問題事業の停止を訴えてきた。2021年4月から複数の書簡を提出している他、オンライン学習会や国会議員との勉強会も開催している。だが、政府の情報公開は不十分で、私たちが国軍との関係を指摘した事業も停止していない。
欧米諸国は軍関係者や国軍系企業に次々と対象限定型の制裁を打ち出しているが、市民社会からの強い働きかけがそれを推す力になっている。日本関与のイェタグン・ガス田では、ついに権益を持つ三菱商事が撤退方針を表明、ENEOS(JX石油開発)と経済産業省もそれに続く模様だ。これまでの市民の働きかけが奏功したといえるが、問題は残る。枯渇が間近とみられる同ガス田の廃坑資金が、ミャンマー国軍が手を出せない特別な口座に預けられているのか、廃坑が安全に行われるよう手を尽くしているか、日本政府と企業に問う必要がある。
私たちも含め世界のNGOや市民グループは今、ミャンマーで国軍と関係する企業に対し責任ある撤退を求めている。「責任ある」とは主に、国軍に資金が渡らないよう事業から離脱すること、そして、事業の売却先が人権配慮を怠る企業であってはならない、という点だ。おそらく、実現するのは困難であろう。だが、取り組まなければ、人権より金儲けを優先していることを、企業や政府は自ら証明することになる。ミャンマーでの暴力を止めるために、市民の側にも政府や企業の動きを注視していくことが求められている。
三菱商事の本社前でのアクション
(写真提供:国際環境NGO FoE Japan)
<参考サイト>
#ミャンマー国軍の資金源を断て(メコン・ウォッチ)
http://www.mekongwatch.org/report/burma/mbusiness.html