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国際人権ひろば No.163(2022年05月発行号)

特集:人権と民主主義への課題-中国、ミャンマー、アフガニスタン

中国 新疆ウイグル自治区の人権問題

阿古 智子(あこ ともこ)
東京大学総合文化研究科教授

 中央アジアに近い中国の北西部に位置し、省・自治区としては中国最大の160万平方キロメートル(日本の4倍以上)の広さを誇る新疆ウイグル自治区は、少数民族が人口全体の6割弱、そのうち8割近くをウイグル族 が占める少数民族自治区である。ウイグル族の祖先は「テュルク」と呼ばれる中央アジアの遊牧民族で、ウイグル語(テュルク語族に属する言語)を話す。テュルクは突厥(とっけつ)とも呼ばれ、中央ユーラシアをほぼ支配下に置いていたが、商業活動をするために西の方へ移動し、現在のトルコの辺りに住むようになった。現在、ウイグル族はカザフスタンやキルギスにも住んでいる。ウイグル族のほとんどがイスラム教を信仰している。
 新疆ウイグル自治区は綿花やトマトなどの栽培が盛んで、石油、天然ガス、レアメタルなどの資源が豊富だ。北から南に外モンゴル、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インドと隣接する軍事的に重要な拠点でもある。中国政府が進めるシルクロード経済圏構想「一帯一路」の重要ルートの上にも位置している。
 ウイグル族の住む地域は古代には「西域」と呼ばれ、中央アジアや中国と政治・経済的なつながりを有し、オアシス都市国家が繁栄した。1775年以降、清のジュンガル征服に伴ってその支配下に入るが、各地で反清反乱が相次ぎ、ヤクブ・ベクの乱によって清朝の支配は崩壊する。しかし、左宗棠により再び征服され、1884年に新疆省となった。「新疆」とは「新しい土地」という意味である。1933年と1944年、土着のムスリム(イスラム教徒)が東トルキスタン共和国の建国をはかり、東トルキスタン共和国(第一次、第二次)を樹立するが、旧ソ連と中国に制圧された。
 1954年、ソ連に対する国境防衛を強化し、兵士を地域に定住させて地域経済の振興を図ろうと新疆生産建設兵団(XPCC)が設立され、1955年には新疆ウイグル自治区が設置された。

暴動やテロの頻発

 1980年代には、ウイグル族の民族自治の拡大を求める動きや海外の汎トルコ主義者による独立を主張する声が大きくなった。そうした流れの中で、度々暴動やテロが起きている。
 例えば1990年4月、カシュガル近くのアクト県バレン郷で起こった「反革命暴乱事件」(バレン郷事件)では、トルキスタン人と主張するキルギス人たちが漢人の追放、新疆での核実験反対、産児制限反対、自治の拡大などを求め、約6000人が反革命罪で訴追された。1997年2月5日のグルジャ(イニン)事件では、マシュラップ(ウイグル族の地域コミュニティで行われる集まり)の禁止をきっかけに、新疆北部イリ地区のクルジャ(イニン)で民族間衝突によって多数の死傷者が出た。
 2009年7月5日のウルムチ騒乱では、同年6月に広東省韶関市の香港系玩具工場における「ウイグル族による漢族女性暴行事件が相次ぐ」というデマを発端に、100名以上の漢族従業員がウイグル族従業員を襲撃、ウイグル族2人が死亡し、ウイグル族・漢族合わせて約120人が負傷した。この事件を中国当局は海外の独立運動組織の煽動により計画的に引き起こされた「暴力犯罪」と見ているが、亡命ウイグル人組織の世界ウイグル会議は自発的に発生した平和的なデモに中国当局が発砲し、これに刺激されたデモ参加者の一部が暴徒化したと主張している。
 2013年10月には、ウイグル族がガソリンを積んだ自動車で北京の天安門に突入して自爆し(天安門広場自動車突入事件)、習近平が国家主席となり、初めて新疆ウイグル自治区を視察した2014年4月30日には、ウルムチ南駅が爆破された。

習近平政権のウイグル族への弾圧

 習近平政権がウイグル族への弾圧を強化したのは、2014年4月の爆破テロ事件がきっかけだったとも言われている。同政権は2014年5月、第二次新疆工作座談会で「社会の安定」が最優先事項だとして三毒(テロリズム・分裂主義・宗教極端主義)との徹底的な闘争を唱え、「生産力の発展こそあらゆる問題を解決する」として民生と経済の発展を掲げた。
 中国当局はテロ対策として締め付けを強め、その過程で、イスラム教徒を敵視し、強制収容所が設置されたと言われている。アメリカ国務省は推計で、100万人を超える新疆ウイグル自治区のイスラム教徒が強制収容所に送られたと見ている。
 中国は区域自治制度を設けており、憲法において「自治」の主な内容を、(1)少数民族出身者の当該地区の国家機関への政治任用、(2)現地の政治・経済・社会状況を勘案した地方法令の制定と財政管理、(3)国家の計画的指導を前提とした域内独自の経済活動と資源の優先的開発、(4)民族の文化遺産保護と民族文化の推進と規定している。つまり、各少数民族は自らの文字や言語を使用し、民族教育を実施する権利や、少数民族幹部を養成し、首長や人民代表主任に少数民族を当てる権利を有しているはずだ。
 しかし、新疆ウイグル自治区における資源や軍事の開発、ビジネスにおける利権の多くは、新疆生産建設兵団(XPCC)など漢族が中心的に握ってきた。中国政府は貧困対策事業を通してウイグル族の生活が豊かになったと強調するが、自治区では1949年に全区人口の約76%を占めていたウイグル族が2015年には47%にまで減少し、漢族は1950年代に数%だったのが、2015年には36%に増加している。漢族移住者による地元資源の剥奪感が増していることは確かであろう。
 2016年頃からは、再教育収容所などで徹底的な管理統制が行われるようになった。「厳打攻堅会戦前方指揮部(三毒分子に徹底的な打撃を加えて攻撃防御する会戦の前線指揮部)」が設けられ、インターネット、文化、メディアを統制している。個人情報(出入国情報、発言・行動記録、家族や友人関係など)をITで紐付け、人工知能で評価する「一体化聯合作戦平台(プラットフォーム)」を運用し、三毒分子になりうる人々を「職業技能教育培養訓練転化センター」に送り、社会更生のためだとして職業訓練を受けさせている。

国際社会の対応ー日本はどうあるべきか

 テロや独立派の封じ込めという名目の中国政府の統制はエスカレートし、共産党への忠誠心をイスラム教の信仰に優先させようとしている。中国政府による新疆での貧困対策事業は企業や仲介業者に多額の補助金を出す形をとっており、それが収奪的な構造を有し、ウイグル族の労働者の意志を十分に確認していないのであれば、「強制労働」の可能性は否定できないはずだ。しかし、中国政府は貧困削減や民族団結の効果をプロパガンダによって大々的にアピールしている。
 ウイグル族の強制労働には、日本企業を含む多くの国際的ブランドも関わっていると指摘されている。アメリカ、EU、カナダ、イギリスは2021年3月、ウイグル族など、民族的・宗教的マイノリティに対する抑圧的行為に対して中国に制裁を課した。同年12月16日には、アメリカ連邦議会上院が新疆ウイグル自治区からの輸入品について、強制労働で生産されていないという証明を義務付ける法案を可決した。
 10月21日、フランスの国連代表部は国連総会の第3委員会(人権)の会合で日米英仏を含む43カ国を代表して「中国新疆ウイグル自治区の人権状況を特に懸念している」と表明した。これに対し、中国は「根拠もなく中国を非難している」と反発し、「内政干渉をすべきではない」といった理由から、キューバを含む62カ国が対抗する共同声明を出した。
 人権はそもそも普遍的に捉えられるべきであるし、経済活動のためのヒト、モノ、カネの国際的な移動が増大し、国境を越えた経済活動が当たり前になったグローバル社会において、内政干渉の論理は通らない。日本も政府と企業が共に人権、民主主義、自由など人間社会における重要な普遍的概念を重視し、長期的視野から中国との関係を捉え、日本が貫くべき理念と具体的行動を示すべきである。さらに、私たち一人ひとりが消費者として、投資家として、強制労働の疑いがある製品を購入したり、強制労働に加担している企業に投資している可能性があることを肝に銘じるべきであろう。


no163_p4-5.jpg2021年4月に行われた国会議員やメディアとのウイグル問題の勉強会。
向かって一番左が筆者。


注:
中国政府は少数民族の一つとして「ウイグル族」を規定するが、後述する歴史的経緯から、少数民族としての位置付けを受け入れない人たちもいる。