特集:子どもの権利促進に向けた法整備と課題
2022年6月15日、議員立法である「こども基本法案」と内閣提出の「こども家庭庁設置法案」および関連法案が参議院で可決され、成立した。2023年4月1日に施行される。
こども基本法は、憲法および国連・子どもの権利条約(以下「条約」)の精神にのっとり、すべての子どもが「心身の状況、置かれている環境などにかかわらず、その権利の擁護が図られ、将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現」を目指すと宣言する(1条)とともに、子どもの権利条約の4つの一般原則(差別の禁止/子どもの最善の利益/生命・生存・発達に対する権利/子どもの意見の尊重)を基本理念に掲げた(3条)。
条約の批准(1994年)から28年を経てようやく、このような理念が「基本法」として結実したことの意義は大きい。こども家庭庁設置法案で「こどもの権利利益の擁護」が同庁の任務のひとつとして明示されたこと(3条)とあわせ、子ども施策のあり方を転換していく足がかりとなることが期待される。
他方、「こども施策」の定義では子どもの権利擁護への明示的言及がなく、子どもの権利を基盤とする政策が本当に展開されていくかどうか、依然として定かではない。今回は設置が見送られた子どもオンブズパーソン/コミッショナーのような独立機関について、設置に向けた前向きな検討を速やかに進めていくことが求められる。
とくに不安が残るのは、条約および基本法を学校教育の現場で効果的に実施させていくための十分な取り組みが行われるかどうかという点である。
文部省(当時)が条約発効直前の1994年5月20日に発出した通知で学校現場における条約の積極的実施を促さず、条約批准によって学校が変わる必要はないという印象を与えたこともあって、学校には子どもの権利の考え方が依然として十分に根づいていない。頭髪規制をはじめとする不合理な校則が近年になってあらためて問題化していること、教職員による不適切な言動や理不尽な指導による不登校や自死(指導死)がしばしば生じていることは、その象徴である。また、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが2022年3月に実施したアンケート調査(1によれば、子どもの権利について「内容までよく知っている」と回答した教員は約2割に過ぎず、「全く知らない」「名前だけ知っている」と回答した教員があわせて3割にのぼるなど、子どもの権利に関する教員の理解が依然として不十分であることも明らかになっている。
今回、「教育施策は憲法と教育基本法を頂点とする教育法体系の下で行われるものである」などの理由で、教育行政は引き続き文部科学省(文科省)が担当していくものとされ、こども基本法にも特に学校教育に関する規定は設けられなかった。教育内容(カリキュラム)を含む学校教育全般までこども家庭庁の所掌事務に含めることが適切かどうかは慎重に検討すべき論点であり、このこと自体を過大に問題視するつもりはない。
一方、こども家庭庁設置法では、同庁の所掌事務のひとつに「こどもの権利利益の擁護に関すること」が挙げられているものの、カッコ書きで「他省の所掌に属するものを除く」と付記されている(4条18号)。いじめ防止対策推進法に基づく「いじめの防止等に関する相談の体制その他の地域における体制の整備に関すること」が同庁の所掌事務のひとつとしてとくに挙げられていること(同17号)を考えれば、いじめ以外の子どもの権利侵害については同庁の管轄外であるとも解釈できる。
国会審議では、こども基本法案の提案者を代表し、木原稔衆議院議員(自民党)が、「学校教育についても、法律の定義上、子ども施策と位置づけることはできる」「条約の4原則について定めた子ども施策の基本理念も、当然、学校教育にも及ぶ」旨の答弁を繰り返した。しかし、前述の文部省通知を引き合いに出して「現行教育法体系のもとでも条約の趣旨が考慮されてきた」という趣旨のことを述べている(衆院内閣委員会、5月13日)点からしても、不安を払拭することはできない。
「こども家庭庁設置法案」の可決時に衆参内閣委員会がそれぞれ行った附帯決議では、「特にこどもの教育に関しては、こども施策に関する総合調整機能を担うこども家庭庁と教育行政をつかさどる文部科学省との緊密な連携の確保を図ること」が促されている。「こども基本法案」に対する附帯決議でも「教育及びこどもの福祉に係る施策のより一層の連携確保」が要請されており、とくに人権/子どもの権利教育を含む子どもの権利擁護との関連で、文科省がこれまでの消極的姿勢を転換することが必要である。
この点、文科省が12年ぶりに改訂を予定している「生徒指導提要」で、子どもの権利条約およびその4つの一般原則への言及が初めて盛りこまれ、「同条約の理解は、教職員、児童生徒、保護者、地域にとって必須だといえます」と強調される見込みであること(2022年7月22日現在の改訂素案)は、遅きに失したとはいえ、子どもの権利の理念を学校現場に根づかせていくための重要なきっかけとなりうる。
国連・子どもの権利委員会は、教育の目的(条約29条1項)に関する一般的意見1号(2001年)で「子どもは校門をくぐることによって人権を失うわけではない」(パラ8)と述べ、意見表明・参加権を含む子どもの人権を学校現場で保障していくことの重要性を強調した。
また、初等中等教育学校制度における人権教育に焦点を当てた国連「人権教育のための世界プログラム」第1段階(2005~2009年)の行動計画は、「教育に対する権利に根ざした(rights-based)アプローチ」を掲げるとともに、添付文書で「権利に根ざした学校」の具体的あり方を示している(2。
いまこそこれらの国際的指針を実行に移していくべき時である。この点、日本ユニセフ協会が最近開設した、CRE(Child Rights Education:子どもの権利を大切にする教育)を推進するためのサイト(3は参考になろう。
そこでも紹介されているユニセフ英国の「権利を尊重する学校」プログラムは、生徒が前向きな人間関係を発展させること、いじめや停・退学を減らすことなどに有効だという結果が出ている。スコットランド(英国)では、すべての公立初等・中等学校(2,400校)がこのプログラムに参加できるようにするための資金を政府が拠出する予定である。
またウェールズ(英国)では、2021年カリキュラムおよび評価(ウェールズ)法で、子どもの権利条約と障害者権利条約に関する教育関係者の意識啓発を図ることが、校長をはじめとする管理職や地方当局などに対して義務づけられた(64条)。かねてから「子どもの権利アプローチ」を推進してきたウェールズの子どもコミッショナーは、このような法改正の動向も踏まえ、教育現場に子どもの権利アプローチを根づかせるための指針を2022年3月に発表している(4。こうした取り組みも参考にすることが求められる。
ウェールズの子どもコミッショナーが発表した指針
「ザ・ライト・ウェイ:ウェールズの教育に対する子どもの人権アプローチ」
(2022年3月)
1:
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン
〈学校生活と子どもの権利に関する教員向けアンケート調査結果〉(2022年4月19日公開)
https://www.savechildren.or.jp/scjcms/press.php?d=3898
2:
ヒューライツ大阪のサイトに掲載されている日本語訳を参照。
https://www.hurights.or.jp/archives/promotion-of-education/-1-20052007a.html
3:
ユニセフと考える「子どもの権利条約」を生かした学校・園づくり
https://www.unicef.or.jp/kodomo/cre/
4:
筆者の参照。https://note.com/childrights/n/ncca6549c1dff
ウェールズにおけるその他の取り組みについて、
https://note.com/childrights/n/ncdb5dcee7963に掲載したリンクも参照。