特集:二つの国連条約委員会による日本報告書審査
障害種別を超えた13の障害者団体で構成される「日本障害フォーラム」(以下、JDF)は、2004年、障害者の権利を推進することを目的に結成された。2014年に日本が締結した国連障害者権利条約(以下、権利条約)の初回対日審査に向け、JDFはパラレルレポート(以下、パラレポ)作成のための特別委員会を立ち上げて、これまで3つのパラレポを国連に提出してきたのである。
「DPI女性障害者ネットワーク」(以下、DPI女性ネット)は、JDF構成団体ではないため、1つめのパラレポ(事前作業部会用)作成時はヒアリング団体として意見を述べる立場であった。私は、2014年から「DPI日本会議」の常任委員として活動していたが、DPI日本会議はJDFの構成団体の1つである。そこで2019年6月よりDPI日本会議常任委員としてJDFの会議に参加し、直接意見を出せるようになった。そこでは主に、6条「障害のある女性(以下、 障害女性)と少女の権利」、そして17条「個人がそのままの状態で尊重される権利」では、優生保護法問題に関する部分を担当してきた。同年9月の事前作業部会にも国連欧州本部へ渡航し、ブリーフィングに参加したが、発言した6名のうち女性は私一人だった。そもそも特別委員会の構成メンバー約30名のうち、障害女性は私を含めたった3名のみである。
女性であり障害者であることから困難が幾重にも重なり、その解消が困難になることを、障害女性の複合的・交差的差別と言う。女性であることと障害者であることを切り離すことはできないが、女性施策には障害者視点がなく、障害者施策にはジェンダー視点がないため、制度の谷間に落ちて救済されにくい。2012年にDPI女性ネットがまとめた複合差別実態調査報告書では、就労率や収入の低さ、介助を受ける側という立場の弱さなどから性被害を受けやすいこと。一方で、障害者は一括りにされて性のある存在として尊重されず、性別クロス集計データも乏しいため可視化が困難であることが明らかになった。そして障害者らを「不良な子孫」と位置づけ、不妊や中絶手術を強要してきた優生保護法は、障害者のSRHR(性と生殖に関する健康と権利)を奪ってきた。この問題が未解決であることから、1996年に母体保護法に改正された現在でも、手術の強要が、他の病気等を理由に行われているおそれがある。
こうした課題を、2009年から始まった「障がい者制度改革」の場や第7・8次日本政府報告書審査時に女性差別撤廃委員会(CEDAW)に伝え、障害者施策と女性施策の両方に、障害女性の課題を盛り込むことを求めた。CEDAW総括所見では、優生保護法問題に強い勧告が出されため、国会でとりあげられたことをきっかけに、その後2018年1月の全国初の強制不妊手術に対する提訴に繋がった。こうした経験から、特に初回となる今回の権利条約対日審査に、期待するところが大きかったのである。
障害女性に関係する条項は、6条だけでなく、5条「平等と非差別」16条「虐待からの自由」など多岐に渡る。課題が山積する中で、今回特に2点に絞って委員に訴えた。
1点目に、あらゆる法律に、「障害女性の複合的・交差的差別を認識し、実態を把握し、実効性のある施策を講じること」とした文言を入れる。そのための審議会等への障害女性の参画。次に、性暴力防止のため、優生保護法の全面解決と、包括的性教育の実施をすること。
上記2点を中心に、8月22日・23日の対日審査の前に行われた公式ブリ―フィングや、会議の合間に国連内のカフェやロビーなどで、委員に資料を渡して日本の現状を伝えた。
権利条約委員は18名中11名が女性であるが、中でも日本の担当(ラポーター)で、障害者権利条約の第6条創設に尽力した韓国のキム・ミヨン氏のことをあげておきたい。対日審査では、彼女をはじめ6名の委員から、20以上の質問があり、障害女性に関する関心の高さがうかがえた。
特に私の印象に残ったのは、施設や家庭内での異性介助による性的被害を、どのように防止していくのかを15条「拷問及び非人道的な扱いからの自由」において質問されたことである。日本の虐待防止法では、異性介助は心理的虐待という分類になっている。しかし、嫌だと訴えても、「職員は仕事でやっているのだから大丈夫。そんなことを言うあなたがおかしい」と言われたという証言もあり、まるで介助を受ける側の問題であるかのように扱われている。この質問に対して厚労省は本人の希望があれば94%以上の事業所で同性介助が実現していると答弁していたが、障害女性たちの声からは、自ら同性介助を求めにくいという現状がある。このギャップを、政府が認識すらしていないということが非常に大きい問題だと感じる。
また16条において、障害女性たちが性的被害を受けた場合に、加害者を適切に処罰できているのか、という質問に対して、政府は刑法の罪状を羅列するのみで、全く答えになっていない。
それでも、内閣府が、複合的・交差的差別については、現在、内閣府障害者政策委員会(以下、政策委員会)で検討されている改正障害者差別解消法の基本方針に、障害女性の実態把握や課題を盛り込むよう検討していると、検討中のことに言及したこと、また国内では使うことのない「複合的・交差的差別」という文言を国連の場で発言したことについては一定評価できる。
しかし、ほとんどの回答が、2022年7月の政府レポートを読み上げるだけのものであり、「日本の施設は桜の花見もできる」との発言も飛び出した。これには、あまりの怒りから議場で野次を飛ばし、国連の職員から制止される仲間もいた。キム・ミヨン氏は閉会あいさつで、政府と私たち市民社会からの報告とに大きなギャップがあることを指摘し、「障害者やその家族らとしっかり協議してほしい」と、涙で声を詰まらせながら語った。後にその理由を聞いたところ、「大勢駆けつけた日本の障害者を見て、自分たちの姿を投影し、みなさんの思いを日本政府に伝えたいと思ったら、涙が出てきた」と語った。
藤原さん(左)が、通訳者と共に委員に説明
DPI女性ネットのメンバーと国連ロビーで
その後公表された総括所見は、先進国の中で唯一、33の全条項に渡って書き込まれた。私たちが求めたことは、ほぼそのまま反映され、障害女性に関する文言は14の条項に渡っている。
対日審査で内閣府が触れた前述の基本方針や、2023年度からの第5次基本計画策定の審議は、終盤を向かえ、近々パブリックコメントが公募されることになる。これまでも「障害女性」に関する事項を盛り込むよう政策委員に働きかけてきたが、案にきちんと反映されているのか検証し、総括所見の文言を根拠にした意見を出していくようにしたい。
また、17条ではパラグラフ38b項において、障害女性や少女に対する不妊や中絶手術の強要を明示的に禁止すること。そして、あらゆる医学的処置について、インフォームドコンセントを確保することが求められた。適切な情報を得たうえでの、十分な本人同意が強調されたのであり、これは母体保護法の配偶者同意の削除や、刑法堕胎罪の撤廃にも繋げていけるのではないかと考える。
総括所見のあらゆる条項に盛り込まれた「当事者参画」は、「私たち抜きに私たちのことを決めてはならない」とする権利条約スローガンそのものである。特に女性や弱い立場にある知的・精神障害者等が強調されており、この総括所見は国や地方自治体に出されたものであると同時に、市民活動団体やそこで活動する私たち個人も、しっかり受け止めるべきことでもある。障害者団体におけるジェンダー認識が、この総括所見をきっかけに進んでいくことにも期待したい。
最後に、国連ロビイングのためのカンパなど多くの支援をいただいたみなさまに感謝すると共に、障害女性の課題をメインストリームにすべく取り組んでいくので、これからもご支援・ご協力をお願いしたい。
「DPI女性障害者ネットワーク」
URL:https://dwnj.chobi.net/